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第一章 駆け出し冒険者は博物学者
#16
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豚鬼。
小鬼と並ぶ、駆け出し冒険者の討伐対象となる魔物である。ゴブリンほどの知性はないが、大鬼ほどの膂力もなく、複数で対すればそれほど恐れる必要がないといわれている。
オークは全て雄性体で、繁殖は人間・亜人・その他人型の魔物の雌性体の胎を借りる為、特に女性冒険者などからは蛇蝎の如く忌み嫌われている。
ちなみに、「主人公が、攫われた村娘を救出する為に、オークの集落に単身乗り込む」というエピソードは、冒険譚の序盤の典型的な展開であり、最近では敢えて善良なオークやオークと恋に落ちる村娘といった邪道な展開を描く劇作家も増えて来たとか。
なお、オーク肉は食用に足るが、好んで食肉処理をしたがる業者が少ない為、あまり一般には出回らない。その味は魔猪に劣る為、強いてそれを求める好事家も多くない。
★☆★ ☆★☆
ゴブリンの村を抜け、更に北へと行くと、そこでゴブリンがオークと戦っていた。
数の上ではゴブリン約50匹に対し、オーク12匹。だが負傷者の数はゴブリンの方が多い。それでも、じっくり観察していると、ゴブリンは負傷しているものの犠牲者はなく、オークは殆無傷に近いものの、戦線はじりじり後退している。
ゴブリンは巧にオークの標的を誘導し、一定以上の打撃を受けず、またオークの前進を防いでいた。
こうして勝てないまでも時間を稼ぎ、また疲労を誘って撤退に追い込むのが、この方面のゴブリン将軍の戦術のようだ。この防御を抜くのは、かなり難しいかもしれないな。
そんな戦場の様子を見届けたうえで、更に北を目指す。
その先にあったのは、やはり、オークの集落であった。
集落としての規模は、多く見積もっても50そこそこだろう。しかし、ゴブリン村の戦力を考えると、総力戦になったら全滅覚悟。つまり半数を南のカラン村に向けている現状は、明らかに有事体制であり、ゴブリン村としては、その体制を長く続けることは出来ないということだ。
一方のオークの集落にとっては。
ゴブリン村を全滅させても、オーク側も全滅したら意味がない。オークの生存目的は繁殖だ、などといわれているように、彼らも相応に社会的な魔物なのである。にもかかわらず、全滅の恐れのあるゴブリン村との全面戦争を選択した理由。
それは、オークの集落のすぐ北側にあった。
◇◆◇ ◆◇◆
それは、超巨大な蜘蛛の巣。
森の一角を覆おおい尽くすような、巨大な蜘蛛の巣であった。
それを見た俺の本能と前世の知識は、全力で危険信号を発した。
「異世界転生」と「蜘蛛型魔物」。俺にとってこの組み合わせは、悪夢としか言いようがない。
もしかしたら、甘味をお供えすれば御利益ごりやくがあるのかもしれないが、ちょっと機嫌(気分)を害したら、たちどころに滅ぼされてしまう、かもしれない。
勿論、「蜘蛛型魔物」といってもピンからキリまであり、全く労せず倒せる相手なのかもしれないが、そんな命がけのギャンブル、御免蒙こうむる。
いや、そんな冗談半分の前世知識は脇に置いておいても、オークが全力で距離を取ろうとしている時点で、この巣の主の脅威度が知れようというものだ。
そう。おそらくこれが、元凶。
必要な情報を掴むことが出来たと判断し、俺はすぐにカラン村に帰還した。
◇◆◇ ◆◇◆
「オークの襲撃に巨大な蜘蛛の巣、ですか」
カラン村の村長宅で、今回の一件の担当者であるギルド職員・ヨシュアさんに報告した。
「はい。おそらく蜘蛛型魔物が巣を作り、その巣を恐れたオークが南側に逃げ出してゴブリン村と戦争になり、ゴブリン村が脱出の為に放った先遣隊が廃坑に巣食った一団であり、またこの村を襲撃した一団、だと思います。
そしてそれがわかった以上、手を打てますでしょう」
「ゴブリンと同盟、ですか。屈辱ですね」
「そう腐るものでもないと思いますよ。
ゴブリンには話が通じる。オークには通じない。ならゴブリンと共闘し、のちにゴブリン村をその蜘蛛型魔物に対する監視兼防壁にする。蜘蛛型魔物が南下してきたとき、ゴブリンたちとの戦いを観察すれば、撤退すべきか村ごと避難すべきかすぐにわかるでしょう。そしてその為の時間も、ゴブリンたちに稼いでもらえます」
「成程。勿論、この村に対する補償は必要でしょうけどね」
「それは当然でしょう。というか、その蜘蛛型魔物に関しては、我々は知らない筈はずのことですから、『カラン村襲撃の罪を赦したうえ、ゴブリン村の脅威となっているオーク殲滅に協力する』のです。相応の対価をせしめる必要がありましょう。具体的には、一定期間の強制労働、ですか?」
「そのあたりはこちらで詰めましょう。ともかくアレク君。今回はご苦労でした」
◇◆◇ ◆◇◆
ハティスの街に帰還して、すぐ。
俺は孤児院のベッドにぶっ倒れ、それから三日間目を醒まさなかった。
そして、普通に歩けるようになるまでは、更に五日間かかった。
その間に、カラン村の一件は全て解決した。
ゴブリン村を襲っていたオークは、ゴブリンと冒険者の共同作戦で全滅した。
戦術としては、ゴブリンたちがオークを誘い込み、退路を断った冒険者が一匹ずつ殲滅するという形を取ったのだという。
カラン村とゴブリン村は改めて講和が結ばれ、ゴブリン村は襲撃とオーク撃退の補償として向こう三年間、一定人数のゴブリンをカラン村の人足兼警護役として派遣することになった。
☆★☆ ★☆★
カラン村の村人たちとゴブリン村のゴブリンたちの確執は、一朝一夕で無かったものにはならなかった。しかし、秋の収穫の時期までには村の被害は復旧し、冬を迎える頃には殆どの村人はゴブリンたちがいる生活を日常のものとして受け入れていた。
ゴブリンたちも三年間の労役の中で人間語を学び、より村人に近しく寄り添うことになった。
ゴブリンたちの労役の期限である三年が過ぎた後も、ゴブリンたちは(今度は正当な商取引として)カラン村に労働力を提供し、対価として野菜や工業製品などを受け取り、その生活水準を向上させていった。
更にその後、この地が戦火に呑まれた時。
カラン村のゴブリンたちは、村人とその先にあるハティスの住民が避難する時間を稼ぐ為に奮戦し、最終的に全滅したという。
この地方から逃れた難民たちが辿り着いた地では、勇猛な兵士のことを【ゴブリン・エリート】と呼び、「人ならざる人の友」たる彼らの健闘を讃え、後世にまでその雄姿を伝えたのである。
小鬼と並ぶ、駆け出し冒険者の討伐対象となる魔物である。ゴブリンほどの知性はないが、大鬼ほどの膂力もなく、複数で対すればそれほど恐れる必要がないといわれている。
オークは全て雄性体で、繁殖は人間・亜人・その他人型の魔物の雌性体の胎を借りる為、特に女性冒険者などからは蛇蝎の如く忌み嫌われている。
ちなみに、「主人公が、攫われた村娘を救出する為に、オークの集落に単身乗り込む」というエピソードは、冒険譚の序盤の典型的な展開であり、最近では敢えて善良なオークやオークと恋に落ちる村娘といった邪道な展開を描く劇作家も増えて来たとか。
なお、オーク肉は食用に足るが、好んで食肉処理をしたがる業者が少ない為、あまり一般には出回らない。その味は魔猪に劣る為、強いてそれを求める好事家も多くない。
★☆★ ☆★☆
ゴブリンの村を抜け、更に北へと行くと、そこでゴブリンがオークと戦っていた。
数の上ではゴブリン約50匹に対し、オーク12匹。だが負傷者の数はゴブリンの方が多い。それでも、じっくり観察していると、ゴブリンは負傷しているものの犠牲者はなく、オークは殆無傷に近いものの、戦線はじりじり後退している。
ゴブリンは巧にオークの標的を誘導し、一定以上の打撃を受けず、またオークの前進を防いでいた。
こうして勝てないまでも時間を稼ぎ、また疲労を誘って撤退に追い込むのが、この方面のゴブリン将軍の戦術のようだ。この防御を抜くのは、かなり難しいかもしれないな。
そんな戦場の様子を見届けたうえで、更に北を目指す。
その先にあったのは、やはり、オークの集落であった。
集落としての規模は、多く見積もっても50そこそこだろう。しかし、ゴブリン村の戦力を考えると、総力戦になったら全滅覚悟。つまり半数を南のカラン村に向けている現状は、明らかに有事体制であり、ゴブリン村としては、その体制を長く続けることは出来ないということだ。
一方のオークの集落にとっては。
ゴブリン村を全滅させても、オーク側も全滅したら意味がない。オークの生存目的は繁殖だ、などといわれているように、彼らも相応に社会的な魔物なのである。にもかかわらず、全滅の恐れのあるゴブリン村との全面戦争を選択した理由。
それは、オークの集落のすぐ北側にあった。
◇◆◇ ◆◇◆
それは、超巨大な蜘蛛の巣。
森の一角を覆おおい尽くすような、巨大な蜘蛛の巣であった。
それを見た俺の本能と前世の知識は、全力で危険信号を発した。
「異世界転生」と「蜘蛛型魔物」。俺にとってこの組み合わせは、悪夢としか言いようがない。
もしかしたら、甘味をお供えすれば御利益ごりやくがあるのかもしれないが、ちょっと機嫌(気分)を害したら、たちどころに滅ぼされてしまう、かもしれない。
勿論、「蜘蛛型魔物」といってもピンからキリまであり、全く労せず倒せる相手なのかもしれないが、そんな命がけのギャンブル、御免蒙こうむる。
いや、そんな冗談半分の前世知識は脇に置いておいても、オークが全力で距離を取ろうとしている時点で、この巣の主の脅威度が知れようというものだ。
そう。おそらくこれが、元凶。
必要な情報を掴むことが出来たと判断し、俺はすぐにカラン村に帰還した。
◇◆◇ ◆◇◆
「オークの襲撃に巨大な蜘蛛の巣、ですか」
カラン村の村長宅で、今回の一件の担当者であるギルド職員・ヨシュアさんに報告した。
「はい。おそらく蜘蛛型魔物が巣を作り、その巣を恐れたオークが南側に逃げ出してゴブリン村と戦争になり、ゴブリン村が脱出の為に放った先遣隊が廃坑に巣食った一団であり、またこの村を襲撃した一団、だと思います。
そしてそれがわかった以上、手を打てますでしょう」
「ゴブリンと同盟、ですか。屈辱ですね」
「そう腐るものでもないと思いますよ。
ゴブリンには話が通じる。オークには通じない。ならゴブリンと共闘し、のちにゴブリン村をその蜘蛛型魔物に対する監視兼防壁にする。蜘蛛型魔物が南下してきたとき、ゴブリンたちとの戦いを観察すれば、撤退すべきか村ごと避難すべきかすぐにわかるでしょう。そしてその為の時間も、ゴブリンたちに稼いでもらえます」
「成程。勿論、この村に対する補償は必要でしょうけどね」
「それは当然でしょう。というか、その蜘蛛型魔物に関しては、我々は知らない筈はずのことですから、『カラン村襲撃の罪を赦したうえ、ゴブリン村の脅威となっているオーク殲滅に協力する』のです。相応の対価をせしめる必要がありましょう。具体的には、一定期間の強制労働、ですか?」
「そのあたりはこちらで詰めましょう。ともかくアレク君。今回はご苦労でした」
◇◆◇ ◆◇◆
ハティスの街に帰還して、すぐ。
俺は孤児院のベッドにぶっ倒れ、それから三日間目を醒まさなかった。
そして、普通に歩けるようになるまでは、更に五日間かかった。
その間に、カラン村の一件は全て解決した。
ゴブリン村を襲っていたオークは、ゴブリンと冒険者の共同作戦で全滅した。
戦術としては、ゴブリンたちがオークを誘い込み、退路を断った冒険者が一匹ずつ殲滅するという形を取ったのだという。
カラン村とゴブリン村は改めて講和が結ばれ、ゴブリン村は襲撃とオーク撃退の補償として向こう三年間、一定人数のゴブリンをカラン村の人足兼警護役として派遣することになった。
☆★☆ ★☆★
カラン村の村人たちとゴブリン村のゴブリンたちの確執は、一朝一夕で無かったものにはならなかった。しかし、秋の収穫の時期までには村の被害は復旧し、冬を迎える頃には殆どの村人はゴブリンたちがいる生活を日常のものとして受け入れていた。
ゴブリンたちも三年間の労役の中で人間語を学び、より村人に近しく寄り添うことになった。
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更にその後、この地が戦火に呑まれた時。
カラン村のゴブリンたちは、村人とその先にあるハティスの住民が避難する時間を稼ぐ為に奮戦し、最終的に全滅したという。
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