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36 北東魔族領
しおりを挟む完全に冬に入ってしまう前に、この戦いは終わらせねばならない。
何せ本格的な冬になると三、四カ月は雪で身動きが取れなくなってしまう。
選抜した十名の兵を、ガルと引き連れて北上する。
先に進軍した北西軍が、敵本拠に向かって道を切り開いてくれているが、北東魔族領は敵地にして戦地なのだ。
不測の敵との遭遇戦は幾度かあった。
そしてその遭遇した敵に、我は思わず顔を顰める。
別に敵が強かった訳じゃ無い。
此方は初陣の者ばかりだが、ダンジョン産の武器防具や、シュシュトリア特製の呪札を装備させているのだ。
充分に訓練も行ったし、油断さえせねば敵を問題無く圧倒出来た。
其処に更にガルが加わるので、初陣の緊張も、重ねた勝利に依る弛緩も、全て問題無くコントロールで来ている。
では何が問題だったのかと言えば、敵の編成の歪さだ。
北東魔族領への侵攻を行っているのに、敵部隊に魔族が存在しない。
敵の部隊を構成するのはストーンサーバントやアンデッド、そして中位吸血鬼のみ。
ストーンサーバントは石塊の人形に魔術を用いて作成する従僕の事で、まあ人の造りしゴーレムだと思えば凡そ正解だろう。
この中でストーンサーバントは特に問題では無い。そういった従僕使役を好む者は、人種を問わずに居るものだ。
まあ部下を率いず、従僕使役ばかりする者は、統率能力が欠如していると見做され、他者に人形遊び趣味と揶揄される事もあるのだけれど。
だがサーバントはさて置き、アンデッドの存在は不愉快であった。
アンデッドは死霊魔術に依り、人や獣の骸に仮初の命を吹き込む事で、ストーンサーバントと同じ様に従僕を造る。
眼前に立ち塞がったのは、生前の面影等残さぬゾンビやスケルトンではあったけれど、これ等は魔族の死体から造られていると見て間違いない。
まさか己が民に手を掛けたとは思いたくないので、恐らく墓を掘り起こしたのだろうが、其れでも不愉快である事に違いは無かった。
死貴族は己が死を超越したと思ってるが故に、死を弄ぶとは聞いていたが、目の当たりにすればこみ上げて来るのは怒り。
最後に、我が一番問題視したのは中位吸血鬼。
吸血鬼は須らく死貴族の下僕である。
死貴族の能力で、他の種族を強引に己が下位種に変化させるのだ。
戦力補充の為に人間に其れを施せば、劣化吸血鬼、或いは下位吸血鬼になり、魔族に其れを施せば中位吸血鬼、或いは上位吸血鬼と成る。
しかもその変化は、吸血鬼から他へと伝染もしてしまう。
進化の御裾分け等と奴等は称するが、そんな親切な物では決してない。
そもそも死貴族は魔族の進化種等では無く、死を克服こそしたが、代わりに可能性を食い潰してしまった行き止まりの変異種なのだ。
遠い親戚程度には思うが、奴等の更に下位種への変化を受け入れる事は、魔族の未来を閉ざす事に等しい行為だった。
死貴族の中でも多くの者は周辺との摩擦を考えて、身のまわりを吸血鬼で固める程度なのだが、此処の支配者は余程の阿呆なのだろう。
「この領は酷いな。姉よ」
北東魔族領内を一気に駆け抜け、敵本拠付近で北西軍に合流した我は、姉の顔を見て一言吐き捨てた。
其処には、領を二つに割った姉への批判も多大に含まれている。
この領内の村は驚くほどに貧しい。
此処に来る途中で立ち寄った村では、其処に住む者達に、涙ながらに窮状を訴えられた。
戦費と称して税は重いし、吸血鬼を養う為に血も取られ、徴兵されて城へ集められた者はまた新しい吸血鬼へと変化させられるのだ。
父を吸血鬼にされた事に怒り、残された母を大切にし、村を守らんと必死に働いていた息子が、徴兵されて城に連れて行かれる。
そして一ヶ月後、吸血鬼となったその息子が『支配者様に従え。さあ税を払え』と村に徴税に来て、母を足蹴にした。
そんな話が何処にでも転がっているのがこの北東魔族領なのだ。
無論姉にだってどうしようもなかったのだろうとは思う。
消滅させれば多数の敵が生まれる死貴族に、領内の過激派が協調して一気に国が割れる。
民の為を思って最善を尽くしていた心算が、其れを理解出来ぬ者等に台無しにされた。
この北東魔族領の惨状を見て、誰より心痛めたのは恐らく姉に違いない。
けれども、だからこそ我は言う。姉よ。この惨状は汝が甘かった結果なのだと。
恐らく、他に姉を責めてくれる奴は居らぬだろうから。
我の言葉を聞き、姉のまわりに控えていた、彼女の重臣達が熱り立って武器を抜く。
魔王とは言え余所者が、心痛める主君の傷を抉る発言をしたのだから当然だ。
「皆、やめなよ。今の弟に勝つのは私でも少し難しいから。どうやってそんなに鍛えたんだい。君は私の予想を超えるのが好きだね、愛しい弟。ああその通りだよ。この領の窮状は私のせいだ」
周囲の重臣達を手で制し、姉が言葉を発する。
確かに大分鍛えたが、姉を越えれたかどうかは微妙だろう。
ただし能力的な相性で言えば、実は我の方が有利なのだった。
姉の得意とする対抗魔術は、逆位の術式と同等以上の魔力をぶつける事で、敵の魔術を消滅させる。
解析の魔眼を持つ姉にしか使えない、超高等の魔術だ。
しかしそもそもの魔力量が桁違いに多い我に対しては、対抗魔術が切り札になり得ない。
当然魔術の天才である姉なら、他の魔術も無数に用意しているだろうから、それで全てが決まる訳では無いのだけれど。
「でもありがとう。そうやって言ってくれて。けどね弟、女の子にはもう少し優しくするものだよ。……まあ、反省は後回しにして、今は此処の馬鹿を何とかしよう。準備、出来てるよね?」
姉の女の子発言に、思わず笑いが漏れそうにる。
だがそう、今大事なのは、阿呆の支配者から北東魔族領を解放し、我が領への脅威を一つ取り除く事だ。
準備は当然出来ていた。
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