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12、5 閑話:サーガの願い
しおりを挟むアシール様は不思議な方です。
成人手前位の男性の御姿ですが、とても穏やかで理知的な黒い瞳をされています。
自分は魔王だから偉いと仰り、尊大な言葉使いもなさるのですが、でも実際にはとても我々を気遣って下さいます。
労働量も一番多く、魔術を使用してとは言え、村の整備の大半はアシール様の手に依る物。
森へ狩りや採取にも出掛け、更には私達に魔術の講義もなさいます。
それどころか、時には子供の遊び相手を務めてくださる事すら……。
私が父より聞いて抱いていた支配者のイメージとは、アシール様は掛け離れた方でした。
アシール様と私の最初の出会いは、決して幸せな物ではありません。
私の住む村は、人間に滅ぼされました。
大人の男性は皆殺しにされ、女子供は奴隷として売る為に捕まったのです。
村長たる父も、敵の頭目に首を切られて死にました。
……拘束された私の目の前で。
「我は魔王、魔王アシール。娘よ、汝が助けを求める声に応じ、この世界に喚び出されし者」
人間達からアシール様が私達を救いだしてくれた時の言葉です。
私は自分の祈りなんかが魔界に届いていた事に驚き、そして次に『ならなんでもっと早く助けてくれなかったの』と喉から出かかった言葉を飲み込みました。
何故なら私の目の前に立つアシール様は、傷だらけで血塗れだったから。
魔界から出て来たばかりの魔王は決して強い存在では無い。
魔族の伝承にも確かにそうありました。本来ならば安全な場所にお招きし、崇め、そして守護して戴く事を願い出るのが務めなのです。
なのに私は父を殺された絶望から、犯されそうになった恐怖から、この方を死地に招いてしまった。
遅くなったの何て当然です。だって私が心底救いを求めて祈ったのは、父が死んだその瞬間なのですから。
「娘よ、名乗れ。そして我を喚びし者として一つだけ願いを言うが良い。我はその願いを叶える為に此処に来た」
人間は憎いです。
でも私にはアシール様に人間への復讐を願い出る事は出来ませんでした。
もし私が其れを願えば、この方は命に代えても其れを果たしてくれるでしょう。そう、命に代えても。
「村長アック・フリッグの娘、サーガに御座います。アシール様、どうか我等をお導き下さい」
私はこの方に死んで欲しくない。この方だけは失ってはならない。そんな風に思いました。
もしかすれば其れは、私が魔族でアシール様が魔王だからこそ生まれた、本能に近い気持ちなのかも知れません。
でも其れでも、伸ばされた手は優しく、私はその手を握りたかった。
「願いは確かに聞き届けた。サーガよ。汝は、汝等は、この魔王アシールが守り導こう」
私はこの言葉を、例え死すとも忘れる事は無いでしょう。
アシール様の御考えはとても難しく、時折真意を測りかねます。
人間と密貿易をしていた行商人を、アシール様は見逃し、そしてあろう事か大金を払って契約なさいました。
何故そんな真似をするのかと、内心憤りも覚えたのですが、其れは私達の魔族の為でした。
中立地域を点在する隠れ里との取引は利益が少なく、けれど危険は付き纏うので、何らかの方法で別に利益を生み出せる商人で無ければ手は出さないのだそうです。
その何らかの方法が人間との取引だっただけで、私達に必要な物資を届けてくれている事に違いは無いのだとか。
もし仮にあの行商人達を排除すれば魔族領からの物資は途絶え、少しずつ中立地域の魔族達は衰退する。
そしてその恨みは、きっとこの村に向けられるだろうとの事でした。
人間との敵対は神々の大戦以降続いており、私よりも魔王たるアシール様こそが、人間は敵だと強く認識しておられます。
しかしその決着はもっと大きな規模でつけるべきで、目の前の人間一人を殺す事に躍起になったり、人間の造り出した道具までをも忌避する事に然して大きな意味は無いとアシール様は仰いました。
そもそも何故人間から得た貨幣が魔族との取引に使えるのかを考えたなら、両者の間の取引は単なる公然の秘密として様々な場所で行われている筈だとも。
アシール様はお優しく、私達の事を常に考えてくれています。
なのに私はあの方の考えを察せず、あの方の見えている物が見えません。
其れがとても悲しいです。
アシール様は良く私を褒めてくださいます。とても嬉しいです。
でも頑張り過ぎるな。ゆっくり成長すれば良いとも良く仰います。
私は隣に並んであの方を支えたいのに、遠ざけられている様で、そのお言葉を聞くのは少し寂しいです。
魔力操作を頑張りました。強化魔術を頑張りました。幻想魔術を頑張りました。治癒魔術を頑張りました。
武器を使った戦いは、未だ少し苦手ですが、それも頑張りたいと思ってます。
けれどもやっぱり……、足りません。
アシール様は異変を探り、解決する為に魔物領に行くと仰いました。
供になる事を希望しましたが、あの方は受け入れてくれませんでした。
わかっています。多少魔術が使えるようになり、多少レベルを上げた所で、魔物領では足手纏いにしかならないと。
治癒魔術の使い手が一人は村に居て欲しいとのお言葉も、きっと嘘では無いのでしょう。あの方は嘘など仰いません。
村の皆は、役に立てるところで役に立てば良いじゃないと私を諭してくれました。
しかしそうではないのです。
私は、私は唯、あの方の、アシール様のお傍に居たい。役に立ったとお褒め戴きたい。
其れが私の願いなのです。
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