上 下
65 / 129
第五章『約束の人』

65 入学式、其処に居てはならぬ人

しおりを挟む

 ランドセル以外にも学習机が必要だとは盲点だったが、教科書も含めて全てを買い揃えて、遂に巧は小学校の入学式の日を迎える。
 桜の花弁が舞い散る中を、小学校に向かって巧と僕、そして母親役のアニスが歩く。
 桐生家の子息である巧は、本来は名家の子息らが通う私立の学校に行くべきなのかも知れないが、僕と巧は話し合い、家から近い公立を選んだ。
 巧は幼稚園に通っていなかった為、既にグループの出来ている公立の学校に通う事への不安は多少あるが、家柄が物を言う環境に巧を送り込むのは僕が嫌だった。
 もし何れはそう言った名門に通う必要があるにしても、もう少し色々と物事がわかってからの方が良いだろう。
 人脈だろうが何だろうが、多少の出遅れは僕や配下の悪魔がその気になれば簡単に取り返せるのだから、今は自由にのびのびと過ごせば良い。
 
 そんな事を考えながら、巧と手を繋いで歩いていた僕は、けれども小学校の校門をくぐった瞬間、心臓を鷲掴みにされたかの様な衝撃を受ける。
 僕の目を奪ったのは、僕等より前を、僕と巧がそうしている様に母親と手を繋いで歩く、一人の女児。
 恐らくは巧と同じ、この学校に新しく入学する児童なのだろうが、……そんな事があり得る筈は無かった。

 何故?

 頭の中を疑問が駆け巡る。
 彼方は、母親も女児も僕の方は振り返らずに、手続きを済ませて会場である体育館へと歩いて行く。
「レプト、どうしたの?」
 ……思わず、足を止めてたらしい。
 巧が手を引き、僕の顔を心配そうに見上げている。
『なんでもないよ、大丈夫』
 そう言おうとして口を開くが、声は喉に貼り付いて口から出なかった。
 何とか笑みだけを作り、巧に向かって頷く。

「巧君、あそこでね、今日から此処の学校に通いますって挨拶するの。私と一緒に行きましょうか」
 そんな僕の様子を見かねたのか、間に入ってくれたのはアニス。
 受付の方を指さしながら、逆の手を巧に向かって差し出す。
 本当に助かる。
 巧は此方を見上げるが、僕は笑顔で頷き、巧の手を離した。
 

 二人が学校職員の方に向かっていくのを見送ってから、僕は大きく息を吐く。
 まさか此の世界で此処まで動揺する事になるとは思わなかったが、……でも今でもまだ信じられない。
 そんな事はあり得ない筈なのだ。
 だって僕がさっき見た女児は、姿形こそ変わっていたが、間違いなくイーシャの生まれ変わりだったから。
 僕は胸に手を当てる。
 こんな事は偶然ではあり得ない。
 グラモンさんの生まれ変わりである巧が居る世界と時代に、同じくイーシャの生まれ変わりが同世代で居るなんて。

 だったら此れは必然だった。
 誰かが仕組んで、そうしたのだ。
 その相手は、当然僕の事も知ってるのだろう。
 グラモンさんとイーシャの共通点は、僕を召喚したって以外には無いのだから。

 こんな真似が出来るのは神性か天使か、或いは僕と同じ悪魔かだ。
 其れも生まれ変わりを操作出来るなら、そう言った特殊な力を持つ、かなり高位の存在の筈。
 多分其れは悪魔で、イーシャは其れと契約したのだろう。
 生まれ変わりを操作して、イーシャが何を望むのか……、此れは自惚れでは無く、僕との再会に違いない。
 そして対価は、その悪魔に魂を取られる。

 ……クソの様な、展開だ。

 僕の胸を嫉妬と怒りが焼き焦がす。
 これ程に怒りを感じた事は、僕自身覚えが無い。


 あの時、イーシャとの別れの際、「もう悪魔召喚なんてしちゃダメだよ」って言った僕に、彼女は「嫌よ」と答えた。
 そしてイーシャはこうも言った。
「私、次は偶然じゃ無く実力でレプトを呼んで、それで絶対に逃げられない契約で縛るわ」
 其れは果たされなかった約束だ。
 本当は少し其れを楽しみにしてたけど、果たされないなら果たされないで良かったのに。
 時間が流れ、僕はイーシャはあの世界で幸せになって、悪魔召喚なんて馬鹿な真似は忘れたんだろうと思ってたから。

 でも実際は、イーシャは僕じゃ無くて別の悪魔を呼び出した。
 偶然なのか、僕に辿り着けなかったから仕方なくなのか、或いは悪魔を召喚し切れる実力を身に付けたのが年老いてからで、僕にその姿を見られたくなかったのか……。
 どうしてなのかはわからない。
 だが大事な事は、僕以外の悪魔が彼女に触った事だ。
 例えイーシャが自分から呼び出して願ったのだとしても、決して許せなかった。 
 イーシャは僕の召喚主だったのだ。理屈じゃ無く、彼女は僕のだ。
 何を勝手に薄汚い手で其れに触っている。何を考えて僕以外を呼び出してその魂を触らせた。


 胸を焼く炎が、口から零れそうである。
 調べよう。敵を。イーシャと敵の契約を。其れをぶち壊す術を。
 恐らく敵は、敢えて今日、イーシャの姿を僕に見せたのだろう。
 何時か来る、イーシャと僕の再会を演出する為に、或いは僕を苦悩させて楽しむ為に。
 相手は僕を侮っているのだ。

 けれども同時に、其れが故に僕は時間の猶予を得た。
 

 この報いは必ず。
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

姫騎士様と二人旅、何も起きないはずもなく……

踊りまんぼう
ファンタジー
主人公であるセイは異世界転生者であるが、地味な生活を送っていた。 そんな中、昔パーティを組んだことのある仲間に誘われてとある依頼に参加したのだが……。 *表題の二人旅は第09話からです (カクヨム、小説家になろうでも公開中です)

元悪役令嬢はオンボロ修道院で余生を過ごす

こうじ
ファンタジー
両親から妹に婚約者を譲れと言われたレスナー・ティアント。彼女は勝手な両親や裏切った婚約者、寝取った妹に嫌気がさし自ら修道院に入る事にした。研修期間を経て彼女は修道院に入る事になったのだが彼女が送られたのは廃墟寸前の修道院でしかも修道女はレスナー一人のみ。しかし、彼女にとっては好都合だった。『誰にも邪魔されずに好きな事が出来る!これって恵まれているんじゃ?』公爵令嬢から修道女になったレスナーののんびり修道院ライフが始まる!

天職はドロップ率300%の盗賊、錬金術師を騙る。

朱本来未
ファンタジー
 魔術師の大家であるレッドグレイヴ家に生を受けたヒイロは、15歳を迎えて受けた成人の儀で盗賊の天職を授けられた。  天職が王家からの心象が悪い盗賊になってしまったヒイロは、廃嫡されてレッドグレイヴ領からの追放されることとなった。  ヒイロは以前から魔術師以外の天職に可能性を感じていたこともあり、追放処分を抵抗することなく受け入れ、レッドグレイヴ領から出奔するのだった。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

記憶喪失の転生幼女、ギルドで保護されたら最強冒険者に溺愛される

マー子
ファンタジー
ある日魔の森で異常が見られ、調査に来ていた冒険者ルーク。 そこで木の影で眠る幼女を見つけた。 自分の名前しか記憶がなく、両親やこの国の事も知らないというアイリは、冒険者ギルドで保護されることに。 実はある事情で記憶を失って転生した幼女だけど、異世界で最強冒険者に溺愛されて、第二の人生楽しんでいきます。 ・初のファンタジー物です ・ある程度内容纏まってからの更新になる為、進みは遅めになると思います ・長編予定ですが、最後まで気力が持たない場合は短編になるかもしれません⋯ どうか温かく見守ってください♪ ☆感謝☆ HOTランキング1位になりました。偏にご覧下さる皆様のお陰です。この場を借りて、感謝の気持ちを⋯ そしてなんと、人気ランキングの方にもちゃっかり載っておりました。 本当にありがとうございます!

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

神々の仲間入りしました。

ラキレスト
ファンタジー
 日本の一般家庭に生まれ平凡に暮らしていた神田えいみ。これからも普通に平凡に暮らしていくと思っていたが、突然巻き込まれたトラブルによって世界は一変する。そこから始まる物語。 「私の娘として生まれ変わりませんか?」 「………、はいぃ!?」 女神の娘になり、兄弟姉妹達、周りの神達に溺愛されながら一人前の神になるべく学び、成長していく。 (ご都合主義展開が多々あります……それでも良ければ読んで下さい) カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しています。

アイスさんの転生記 ~貴族になってしまった~

うしのまるやき
ファンタジー
郡元康(こおり、もとやす)は、齢45にしてアマデウス神という創造神の一柱に誘われ、アイスという冒険者に転生した。転生後に猫のマーブル、ウサギのジェミニ、スライムのライムを仲間にして冒険者として活躍していたが、1年もしないうちに再びアマデウス神に迎えられ2度目の転生をすることになった。  今回は、一市民ではなく貴族の息子としての転生となるが、転生の条件としてアイスはマーブル達と一緒に過ごすことを条件に出し、神々にその条件を呑ませることに成功する。  さて、今回のアイスの人生はどのようになっていくのか?  地味にフリーダムな主人公、ちょっとしたモフモフありの転生記。

処理中です...