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第四章『主を遺す老臣』
54 影の仕事と変わり者
しおりを挟むヴィラの立てた計画に沿って、魔界は少しずつ、ゆっくりと広さを増して行く。
当初はスケジュール管理や作戦立案を行うだけで前線に出ないヴィラを軽視した魔族も居たが、実際の所、彼女も立派に悪魔なので別に弱い訳じゃ無い。
それどころか、科学技術に由る兵器の存在を知るヴィラが色々と注文を出して、優れた錬金術で造られた彼女の身体は、内蔵兵器も満載で実に剣呑だった。
粘り強い説得と、時折飛び出す暴力と、その後に下される処罰の数々に、魔族達も徐々にヴィラが逆らってはいけない存在だと悟る。
やっぱり魔族の支配には、暴力が一番適しているらしい。
その気になれば一気に魔界を広げてしまう事も可能だが、敢えてゆっくりと拡張する理由は、その地に住んでいる人族に避難の時間を与える為だ。
魔族からすれば奪われた物を取り返してるだけなのだが、だからと言って今居る住民を殺戮してしまえば、戦いを終わらせる事は難しくなるだろう。
其の方針を弱腰だと非難する声は魔族内にもある。
けれどもその事を声高に主張する者達には、周りの者がこう言った。
「そんな事はベラ様に勝てる様になってから言え」
……と。いやいや、実におかしい。
でも寿命の長い種も多く混じる魔族には、幾度と無い敗戦を経験した者も多く居る。
そして彼等は知っているのだ。
人族との戦いで危うい所まで追い込まれた魔族を救ったのは、ベラを始めとする四天王だと。
勿論魔族達とて懸命に戦ってはいたが、あの時の状況は其れだけでは到底ひっくり返せなかった。
故に四天王の立てた方針に反対するなら、せめてその力を上回ってからでなければならないと、多くの魔族は考えたのだ。
勇者の力が消滅する際に大量の人族が死んだので、人族領には魔族に追い立てられて避難する住民を受け入れれるだけの場所がある。
寧ろ人が集まった方が、立て直しは早く済む筈だった。
其れに人族領と一口に纏めて呼んでいるが、今の人族国家は以前の様に一致団結もしていない。
どの国も新しい勇者を望んだのは同じなのに、どの国が勇者ケーニスを殺してあの災厄を引き起こしたのかと、大揉めに揉めて連合は分裂してしまったのだ。
だからもう少しばかり圧を加えてから、個別に停戦を持ち掛けてやれば、戦わずに領土を割譲させる事も出来るだろう。
既にアニスは戦後を見据え、交易の計画を練り始めていた。
まあつまり、大筋は僕等の立てた計画通りに、この戦いは終着を迎える。
そんな訳で、僕はピスカと共に人間領にやって来て居た。
戦争が終わりに近いからこそ、出来る限り緩やかな形で決着する為の工作は欠かせない。
だがアニスは既に次を見据えた仕事に入っており、彼女の代わりとなって扉の魔法による転移が可能なのは仲間内では僕だけなのだ。
今回の目的は、魔族に対して多大な憎しみを抱く人族の有力者の排除である。
其の憎しみに、特に理由は無い。
戦争によって発生する利益を享受する立場でも無いのだが、熱烈に魔族の脅威と忌まわしさを人々に説き、連合軍の再結成を呼び掛けていた。
人族には今、強い不安が蔓延しており、その不安を煽る形でその有力者は発言力を高めている。
放って置くには少しばかり強い火種と言えるだろう。
「レプト様は変わってるね~。そんなに強いし、偉いのに、こうやってずっと何かのお仕事してて」
闇に潜んで潜入しながら、ピスカが話しかけて来る。
勿論声は外に漏れない様に遮断してあるが、其れでも緊張感の無い、別の言い方をすれば非常にこの手の作業に慣れ親しんだ、余裕のある態度だった。
……ピスカにはこんな感じの裏仕事ばっかりさせてるからなぁ。
「ごめんね、裏方ばっかりで。でも今回はピスカ達が動き回って情報を集めてくれた御蔭で、上手く殆どの事態に先手が取れたよ」
肩に留まったピスカの頭を、僕は指先で軽く撫でる。
別にこんな事で働きに報いれるとは思わないが、でも其れでも何かしたくなったのだ。
そんな僕の気持ちを察したのか、ピスカはふふっと笑みを溢す。
「大丈夫! 私は楽しーよ。単なる妖精だった私が魔王軍の四天王、影王だよ! 期間限定でも大出世なんだから。でもレプト様は私達の王様なのに、なんでかなって」
そう言えば、ピスカは可愛らしい見た目の割りに、その身体一杯の野心のある子だった。
此処最近は特に、人族国家の王達の動向を見張って居た為、僕と彼等の差が気になったのだろう。
いやまあ彼等は彼等で統治者としての仕事には忙しい筈だけれども。
それでも僕みたいに色々と手を出したりする王は、恐らく居ない。
「うーん、例えばなんだけど、ピスカが王様で、リンゴを食べたいと思ったとするよ。そしてピスカがリンゴを食べたいって言えば、誰かが持って来てくれるね」
頷くピスカに、僕は収納から取り出したウサギに切ったリンゴを一切れ渡す。
目を輝かせてリンゴを齧るピスカは、とても可愛らしく、餌付けをしてる気分になる。
多分ピスカの思う王様像はこんな感じだ。
「でももし自分で市場にリンゴを買いに出かけたら、小麦を挽いた粉が安く売ってて、アップルパイをつくろうってなるかも知れない。あるいは森にリンゴを取りに行ったら、蜂の巣を見付けて蜂蜜も一緒に取れるかも知れない」
アップルパイ、蜂蜜と、甘味の名前が上がる度にぴくりぴくりと反応するピスカ。
うん、今度何か作ってあげるね。
そう、確かに王として他人を動かす為のシステムを作り上げれば、望む物を誰かが運んで来てくれるだろう。
自分は管理、統治に専念すればそれで良い。
悪魔王グラーゼンの所などは、そのシステムが完全に出来上がってた。
だが僕は其れじゃ物足りないのだ。
皆と一緒に自分も動いて、思わぬ物を発見して、成功を一緒に喜びたい。
例えば今回は、グラーゼンへの土産にした白黒のモノリスや、勇者の力を消した対価にツェーレから巻き上げて涙目にした、先代魔王の形見の魔剣等が思わぬ余禄って奴である。
ツェーレの魔剣は、想いと魔力の籠った品と言う意味では中々に良い対価と言えた。
「だから僕は自分で動くのが好きなんだよ。でもほら、普通の王様が其れをすると、護衛とか一杯必要になるから却って迷惑なんだけどね」
リンゴを取りに森に入って熊に食われる王様とか居たら、国の恥も良い所だ。
音を立てずに扉を開き、大きな天蓋付のベッドで眠るターゲット、人族の有力者を発見する。
「そうね! 私、レプト様と仕事するの大好きよ。アニスちゃんも、ベラちゃんも、……ヴィラちゃんはちょっと怖いけど、好きよ」
こんな影の仕事をしながらでも明るい声で話すピスカは、多分人間の目から見れば理解しがたい恐ろしい化け物に見えるだろう。
しかし僕はその明るさが愛おしい。
僕の放つ眠りの魔法が、人族の有力者の睡眠を、更に深い物にした。
何があっても起きないような、深い深い眠りに。
「そうだね。僕も皆と仕事するのが好きだよ。でも次はもっと面白い仕事がしたいね」
僕は燭台の蝋燭に火を付けて、其れをわざとひっくり返す。
部屋の主が起きない為、消す者の居ない火はすぐに燃え広がって……、もう後は見るまでも無い。
「さ、帰ろう。明日にでもアップルパイを作るから、皆で一緒に食べようか」
門の魔法を発動させて、僕とピスカは魔族領へと帰還した。
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