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しおりを挟むその日、アンデッドと戦うオリガの町に、悲報と朗報が同時に飛び込んで来た。
悲報はミステン、アイアスと共に三公国を成していたシルバル公国の首都が完全に陥落した事だ。
時間の問題とは言われていたが、それでもシルバル公国の滅亡は他の戦線にも大きな影響を与えるだろう。
シルバル公国を潰したアイアスのアンデッド軍が、かの地で新たに生まれた死者を仲間に加えて、此方にやって来る可能性はかなり高い。
勿論そのままシルバル公国に隣接する別の国へ攻め込んだり、或いは別方面で戦うドワーフの国への戦線に加わる事は充分にあり得る。
だがそれでも地理的な関係や、三公国の成り立ちの因縁から考えても、次の狙いはミステンであると考えるのが妥当なのだ。
ミステンはシルバル公国とも国境を接している為、彼の国を潰したアンデッドの軍はそのままミステンに歩を向ける事が可能だった。
アイアス方面からの敵軍を食い止めるだけでも精一杯のミステンには、其方側の対処にまで回せる戦力が存在しない。
つまりシルバルに次いでミステンの滅亡も時間の問題となった訳である。
しかし其処で、この状況を打破出来る希望となる朗報が飛び込んだ。
その朗報とは、トルネアス軍とハルサウスの冒険者達、援軍の先駆けがミステンに到着したとの報だった。
援軍の数は、トルネアスが将軍である弓姫率いる2000と、同じく将軍の剣聖率いる2000で、そしてハルサウスからの冒険者は500名。
此れはどちらも想像以上の、物凄い数の援軍だろう。
トルネアスからの援軍の数はミステンの総兵力の倍以上だし、ハルサウスからやって来た冒険者達だってミステン国内の冒険者総数よりも多い数なのだから。
此れだけの数が援軍がやって来たのであれば、亀の様に町に籠って防衛して居た僕達も、遂に反撃に打って出れる。
無論数の上ではミステンの総兵力と援軍を全て合わせても尚、膨大な数を誇るアンデッド軍には遠く及ばない。
けれど守りに徹せず此方から打って出るのなら、今までは使えなかった強い味方の力を借りる事が可能だった。
其の強い味方とは、天に輝く太陽だ。
闇夜に紛れてやって来るアンデッドは手強く恐ろしい相手だが、陽光から逃げ惑うアンデッドを狩る事は容易い。
アンデッド軍が侵攻して来るのは当然だが夜である。故に防衛戦は必ず夜に行われた。
しかしだ。
此方から攻める事が可能であるならば、態々相手の得手とする時間帯を選ぶ必要は欠片も無い。
実は昼間に攻めたのならば、オリガの町に集った戦力だけでも国境の砦を奪い返せるとの判断を本部は下していたらしい。
勿論相応の犠牲は出るだろうし、其処まで犠牲を払ったとしても、少なからず破壊されて防衛力の下がった砦では再び侵攻されれば守り切る事は困難だろう。
ならば無駄な犠牲は出さずにオリガに籠って居た方が、持ち堪えるだけなら効率が良いのだ。
だが状況は大きく変化する。
昼間に国境の砦を落としても守り切れる、否、更にその先へと攻め込めるだけの戦力が援軍として到着した。
そして敵もシルバル公国を陥落させて膨れ上がったアンデッド軍が此方を目指す。
此処から先は、如何に先手を取るかの戦いになるだろう。
敵が昼間の陽光を凌げる拠点を奪う事で相手の活動範囲を限定し、常に此方から、昼にのみ戦いを仕掛けるのが理想だ。
相手は活動時間に制限があったとしても、疲れとは無縁の死者である。常に理想通りに戦いを仕掛けられるとは限らない。
だからこそシルバル公国方面からのアンデッド軍がやって来る前に少しでも多くの拠点を奪い、有利な体勢を整えて置く事は何よりも重要と考えられた。
パラクスさん曰く、以上が本部の考えなんだそうだ。
ではそれが具体的に僕等にどんな影響を及ぼすのかと言えば、ミステンに到着した援軍がオリガに入るのを待たずに、今から国境の砦を攻める模様。
つまりハードワーク継続のお知らせである。
完全に援軍が来たら休みを取る心算だっただけに、アテの外れたショックは大きい。
しかし説明されれば、その意義が理解出来る程度の知恵を僕は身に付けてしまっていた。
必要だと理解出来るのに、休みが欲しいと駄々を捏ねるなんて真似は、さぞかしみっともないだろう。
……全てはアンデッド、そして邪教団が悪いのだ。
この憂さは彼等に思う存分にぶつけるしかなかった。
等と決心してみたものの、陽光を避けて砦に籠るアンデッドへ突撃する戦いで、実は僕の活躍の場はあまりない。
防衛戦なら弓は思う存分威力を発揮するし、斥候は得意だし、言い方は悪いけど侵入してきた工作員への暗殺の真似事だって出来る。
でも突撃戦でモノを言うのは、小器用さじゃなくて純粋な火力。
そして僕に一番欠けている物が、その火力であった。
せめて城壁を守る弓兵でも居たなら、狙撃戦に活躍の場はあったのだけど、日の光を避ける為に砦に籠ったアンデッドにそんな物が求めれよう筈もない。
けれども突撃戦では僕が役に立たない分を補って余りある……、否、余りあるどころじゃ無い活躍をする人がうちのチームには存在する。
「いくぞおぉぉぉッ!!!」
突撃する冒険者達の先頭を走るカリッサさんが、攻撃を周知する為に叫べば、周囲の冒険者達は一人を除いて大慌てで距離を開ける。
万一彼女の攻撃に巻き込まれたなら、粉微塵になる事はもう既に皆が知っているからだ。
陽光に動きを鈍らせながらも、砦の門を守る為に立ちはだかる下位アンデッド達が、カリッサさんの大剣の一撃に塵と化す。
まるで草でも刈るかの如く大剣を振るってアンデッドを蹴散らしながらも、彼女は駆ける足を止めない。
突出し過ぎて孤立しかねない勢いのカリッサさんの突撃だが、それでも彼女の背を守る人間はちゃんと居る。
カリッサさんが振り回す大剣を欠片も恐れず、距離を取らなかった唯一人、群れに斬り込んだ彼女を背後から襲おうとしたアンデッドを微塵に切り刻んだのはトーゾーさん。
トーゾさんはカリッサさんの振う大剣の動きを完全に把握し、その隙を埋めるかの様に刀を振るう。
僕等のチームで華のある活躍をするのはこの二人だ。
パラクスさんや僕はどちらかと言えば支援やサポートに動く事が多いから、あの二人みたいには目立たないのである。
カリッサさんとトーゾーさんの活躍に引きずられる様に、冒険者達がアンデッドの群れを引き裂いて行く。
陽光の下で動けるアンデッドは下位の者達ばかりで、しかも動きが夜に比べて鈍いのだから、冒険者の勢いを食い止めるには到底足りない。
あの調子なら、然程と気を必要とせずして砦の門まで辿り着くだろう。
「ユーディッド、そろそろ仕事だ。あそこと、あそこにアンデッドが結構潜んでる。門を開こうとしたら上から飛び掛かる心算だろう。先に排除しようか」
そう言いながら、パラクスさんの差し出した矢を見て僕は僅かに顔を顰める。
以前のアンデッドナイト討伐の際に使用したのと同じ、爆裂矢だ。
また作ったのか……。受け取りながら、内心溜息を吐く。
僕はこの爆裂矢がそんなに好きじゃなかった。
威力は凄いし、弓で射れるし、火力不足の僕にとっては有り難いアイテムなのだけど、正直危険物過ぎて扱うのが怖い。
だが確かに門を開こうとする上からアンデッドが降って来るのは、突撃隊にとって厄介な攻撃だろう。
爆裂矢を弓に番え、引き絞る。
例え全てのアンデッドをこの矢で排除出来なくても、門の上に危険がある事を突撃隊に知らせる役にも立つ筈だ。
放たれた矢は狙い違わず砦の門の上、隠れ潜むアンデッド達の間近で爆裂し、大輪の炎の花を咲かせた。
相変わらずの恐ろしい火力に、自分で射っておきながらも恐怖を感じてしまう。
でも2発、そして3発。
渡された矢の数だけ、念入りに門の付近を焼き払っていく。
これでもう門を打ち破るのに障害は無い。
程無くして、相変わらず部隊の先頭を駆けるカリッサさんの大剣に砦の門は破壊され、突撃隊は砦の中に突入して行く。
勿論本当に危険度が高いのは此処からだ。
陽光を避けて砦内に逃げ込んで居るアンデッドは、迎撃に出て来てた連中より余程格上である。
けれど不安は無い。
何故なら僕等は毎日毎日飽きが来るほど大量のアンデッドとの戦いを強いられ、その戦いの中で練度を磨いて来たのだ。
種々のアンデッドへの対処法は、もう既に身に沁みついてた。
砦の奪還はもう間違いないだろう。
そしてそれが、此れまで防戦一方だった僕等の反撃の始まりとなる。
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