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しおりを挟む釘目掛けて金槌を振う。一本打ち終われば、口に咥えていた釘を取り、再びガンガンと板に打ち込んでいく。
マルゴットお婆さんの家の屋根は雨漏りをしていた。今は一カ所だけの様だが、怪しく思う個所は他にも幾つもある。
この家はそれなりに広いが、旦那に先立たれたお婆さんは此処に一人暮らしだ。
近くには息子夫婦の一家も住んでるらしいけど、それでもマルゴットお婆さんは多分少し寂しいのだろう。
僕は屋根に上がり、その全てに板を打ち付けて屋根を補強している最中である。
屋根の上は日差しが心地良く、ヨルムは屋根の上に寝転がって日向ぼっこを楽しんでいた。
ちょっと羨ましい。僕もマントを着たままでは少し暑いのでマントは脱いでお婆さんに預けてる。
今日は風がとても気持ち良い。
家は大分古くなっているから、本当は僕なんかじゃ無くて専門の業者さんに頼んだ方が良いとは思う。
勿論その事はちゃんとお婆さんに伝えたけれど、でも困ったように笑顔を浮かべていたので、それ以上は言わなかった。
だから出来る限りの事は今此処でしておこう。雨漏り個所だけじゃ無く、少しでも不安に思った場所は全て補強を施して行く。
釘を板に打ち込むのは結構楽しい。無心になれるし、綺麗に補強出来た時は達成感もある。
どの位そうしていただろうか。屋根の補強も粗方終わり、僕は大きく息を吐く。
その時、不意に僕へ下から声がかけられた。
「ユーディッドさーん、御祖母ちゃんがお昼御飯にしましょうって」
えっ、誰?
……マルゴットお婆さんを訪ねて来たお孫さんでした。
作業に夢中になり過ぎて、お婆さんを訪ねて来てたのに気付かなかったらしい。
町中とはいえちょっと気を抜き過ぎである。
「ユーちゃんありがとねぇ。屋根を一杯直してくれたってマーレがいってたよ。お昼は沢山こさえたから食べて行ってねぇ」
頭を下げるマルゴットお婆さんに、僕は笑って首を振った。
別に大した事では無い。例え早く終わっても、午前中はお婆さんと話でもして潰す心算だったのだ。お昼食べたかったし。
お孫さんの名前は今知った。どうやらマーレというらしい。
同い年位だろうか?
ぱっちりとした目の、可愛らしい赤毛の少女だ。僕を、というよりもヨルムを興味深そうに見つめて居る。
お昼は鳥のクリーム煮とパンだった。クリーム煮には鳥肉以外にもキノコや玉葱、芋等がゴロゴロとしており、食べ応えは充分だ。
鶏肉を木匙で崩し、クリームと絡めてからヨルムの鼻先に持って行く。
すると大きく口を開くので、零さない様に放り込む。
「わぁ、御祖母ちゃんに聞いてたけれど本当に賢いのね。ねぇ、私からでも食べるかしら?」
本当に興味津々なのだろう。
マーレさんが、がばっと自分のクリーム煮をすくって勢い良く差し出して来るが、ちょっとそれは多すぎる。
勿論丸呑みにするのだから食べれ無い事は無いのだろうけど、多分慣れてないしぼたぼた零すからやめて欲しい。
「ちょっと多いかな。一口分はその半分くらいで、じゃないと零しちゃうから」
僕の注文に、マーレさんは一旦匙を引っ込めた。その時にヨルムの好物が肉である事も言っておく。
ヨルムが他の人の手から物を食べるかどうかは、その人を気に入るか次第なのだけど、マルゴットお婆さんのお孫さんなら大丈夫だろう。
そして予想通り、今度は零さないよう慎重に、恐る恐る差し出された匙の上の鶏肉を、ヨルムは大きく口を開けて飲み込んだ。
マーレさんがその顔に満面の笑みを浮かべる。とても微笑ましい。
マルゴットお婆さんはお昼御飯を本当に沢山作ってくれていたので、家を出た後も若干苦しい位に食べてしまった。
けれど何時までも気を緩めてはいられない。
今から行くのは貧民街だ。のんびりとした普通の市街地とは違い、生きる為に必死な人達が集まってる場所である。
一歩踏み込んだ瞬間から、余所者には常に監視の目が付く。
獲物になるか、敵ではないか、投げ掛けられる視線は僕を値踏みするかの様だ。
服の中で、ヨルムがシュルシュルと音を立てて鳴く。
うん、僕も気付いてる。
口入れ屋を目指して歩く僕に、気配を殺して後ろからつけて来ていた影が、不意に僕の方へと駆け出した。
凄い勢いで僕を追い抜き様に、懐へと延びる腕。目指す先は僕の財布で、つまりはスリだ。
「てい」
でもその動きは僕には充分見えている。腕をチョップで叩き落とし、逃げる暇を与えずその襟首を引っ掴む。
そして今のスリよりも巧みに気配を消していた、恐らくはこの犯行の本命であろうもう一人が此方に迫って来る前に、襟首を捕まえたスリを拘束して盾にする。
「はい、お終い。まだまだ甘いね二人とも」
僕はそうやってスリを無力化出来る事をアピールしてから、捕まえて居た其れを解き放つ。
解放されて合流し、僕を憎々し気に睨むのは、10に満たない二人の子供だ。
名前は聞いた事が無いので知らないが、貧民街にくると偶にちょっかいを出して来るので顔はしっかり覚えてる。
「でも僕だから良いけど、冒険者に絡むのはやめときなよ。上手く行っても行かなくても、只じゃすまない事になるからさ」
貧民街では、子供であろうとも何らかの手段で稼がなければ食に困る。
けれど幾ら生きる事に必死だからって、スリを見逃す冒険者ばかりじゃない。
例えばトーゾーさんは僕には優しいけれど、それは親しい後輩であるからとか、仲間だと認めてくれてるからだ。
見知らぬ者がスリを行おうとしたのなら、例え相手が子供でも斬るだろう。
敵対者に容赦はない。彼はそんな価値観を持っている。
別にトーゾーさんが殊更に厳しいのではなく、寧ろ僕が甘いだけだ。
「うるせえ、説教してんじゃねえ!」
「バーカバーカ!!!」
走って逃げて行く二人に、僕は溜息を一つ吐く。
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