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第5話 夢現(ゆめうつつ)1 規視夢編
しおりを挟む━━比較的空気が穏やかな昼前。とあるマンションの通路を慣れた足取りで歩く。数あるなかのひとつの扉の前に徐に止まった。ゆっくりとチャイムを数回鳴らしたが、家主が出てくる気配はない。溜め息混じりに立ち去った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
━━私は立ち尽くしていた。斜め前の、半開きになっている扉の中を凝視している。
……そこには、薄暗い室内からこちらに足だけ投げ出した男と血溜まり。「私が殺したの? 」と心の中で自問するが答えは出ない。ふとチャイムが規則正しく数回鳴った。「ああ、彼とも約束してたんだっけ? 」と思うが説明出来ないし面倒でもあり、遣り過ごす。
私は知っていた。数回鳴らして出なければ、寝ていると判断して彼は出直すことを。そして、そのまま去っていく足音を聞いた。
このときの判断をすぐあとに後悔することになる。そんなことは、今の私にはわからない。
……それから、体感にして数秒。斜め右後ろの廊下から、男が現れる。隣に住む無精髭の男。
私は知っていた。恋人である彼は、こんな状況でも表情が変わらないことを。何せ、窓越しに訪問するような男だからだ。
「……ああ、"ゴミ"を散らかしちゃだめじゃないか。大丈夫、俺が片付けておくよ」
明らかに殺したのは私だと思っている。だから、"いつものように掃除"する。私が脱ぎ散らかした服などを片付けるが如く。病むほどに私を好きで、病むほどにきれい好き。
彼はまず、血溜まりを避けて奥に向かう。二階連結マンションの上階にあたる部分に玄関があるデザイナーズマンションのため、ガラス張りの手すりの下に広いリビングが見える。通路も鉄アレイのように真ん中が長めで狭い。狭いといっても人二人が並んであるけるくらい。拓けた場所に、観葉植物と二人かけの濃いパステルカラーのソファーがある。そこにも血の跡があり、彼は持参した鞄から用具を取りだしては丁寧に拭いていく。
拭いている場所に半透明の人がちらつく。……これは私の記憶だ。そう、"彼"はいつも明るくて楽しかった。あのソファーでいつも笑いあっていた。
掃除が目の前の渋いグリーンソファーに移ると、その映像もふっと消える。まるで、思い出までも消し去るように。
ああ、そのソファーもよく"彼"と笑いあっていた。……だけど、今日は違ったの。何があったのか、やけにイライラしていて。そんなつもりないのに、押し倒してきた。だから私、「やめて! 」って叫んだ。拭き終わると共に、その映像も消えた。
……あれ? そのあとのことがわからない。無意識化で?
その瞬間、何者かの気配を感じて身震いした。見られてる? どこから? 誰……?
その気配はにやりと笑ったような気がした
◇◆◇◆◇◆◇◆
再び同じ道を進む。流石に陽も高い。もう起きていてもおかしくない。
毎回彼女は時間にも予定にもルーズだ。迎えにいくたびに、「あれ? そうだったっけ? まぁいいや」と気楽なもんだ。……そうなる理由を俺は知っていた。彼女は他にも男がいる。何人いるかはわからない。でも、それでも俺は彼女を問い詰めてまでも別れたいなんて思っていないんだ。彼女が別れたいって言われなければ、俺は知らないふりして付き合っていく。辛いけれど。
扉の前に再び立つ。数回またチャイムを鳴らすが出ない。溜め息混じりに一か八かドアノブを回してみた。……回った。「無用心だな、昨日から閉め忘れてないだろうな? 」と呟きながら扉を開く。
一歩玄関に踏み出した俺は、そこから動けなくなった。真っ直ぐいった突き当たりに彼女が倒れていた。……頭から、大量の血を流しながら。
俺は乱暴に靴を脱ぐと、彼女に駆け寄り抱き締めた。「どうして……どうして……」動揺して言葉がでない。こんなことになるなら、最初にきたときに入っていればよかった。今更後悔しても遅い。……抱き締めた体からだらりと腕が垂れる。きっと彼女はもう……。「誰だ、誰が彼女を……」そう思いながら横たえ、ふらりと立ち上がる。
周りは"異常にきれい"だった。彼女の部屋のはずなのに、隅々まで掃除が行き届いている。家主の性格を考えると、……まだ見ぬ他の男の誰かがやっているのだろう。彼女を奪われた悲しさと共に、悔しさも沸き上がってくる。
ふらふらと家の中を歩き回った。彼女を抱き締めたときについた血がベタベタと触れた場所についていく。静かだった。空調の音だけの部屋。
……どこを見ても、"誰"もいない。息をしていない彼女と俺だけだった━━
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