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ハハキトク、スグカエレ~電報メール~
しおりを挟む━━『ハハキトク、スグカエレ』━━
そのメールは、あるアパートに引っ越した日から送られてくるようになりました。元々、迷惑メールが送られてくること自体、当たり前の現代。そのメールも、ただの迷惑メールだと思っていたのです。
けれど、日を増すごとに違和感を感じ始めました。これは、迷惑メールじゃないんじゃないかと……。そう思うと少し怖くなりました。
なので、大家さんに訪ねに行ったのです。すると、大家さんは渋い顔をしてこう言いました。
「あたしにもよくわからないんだけどね。ここに入居した人ばかり、そのメールが来るみたいなんだよ。でもあたしは携帯もパソコンもやらないから、来たことがなくてね。だけどさ、何人か出てっちまったんだよ。幻聴が聞こえたとかで。商売上がったりさ!」
大家さんも困っている様子でした。確かにこのアパートは出入りが多いとは、聞いていました。けれど、変な噂もなかったし、手頃な家賃でバストイレつき。この辺りでは、比較的綺麗でリーズナブルな物件ではあるのです。
◆◇◆◇◆◇◆
それからも2日置きにくる、戦時中のような電報メール。
『ハハキトク、スグカエレ』
『チチキトク、スグカエレ』
『ソボキトク、スグカエレ』
毎回、人が違うだけで同文のメール。『危篤』と聞くだけですごく不安になり、身震いしてしまいます。
それに送られた日に限って、誰かの気配がするのです。まるで、誰かが電報を届けに来たかのように。
◆◇◆◇◆◇◆
二週間が過ぎた辺り、別の気配がし始めました。部屋の中に誰かが居るような………。しかし、見渡しても誰もいません。
それは決まって、真夜中なのです。私になにかを伝えたがっているような、悪い感じのしない気配。
◆◇◆◇◆◇◆
そんなある日、私は大家さんに呼び出されたのです。
「ちょっと聞いておくれよ!ここ土地の前の所有者の親族に連絡がとれたんだけどね!ここ、昔と言うか、戦争中に疎開者を受け入れてたらしいんだ!それで、電報について聞いてみたら!2日置きによく電報を配達員が持って来てたんだってさ!
……だけどね、戦時中だったもんだから届けに来るのが精一杯で、来たとたんに息を引き取っちまってたらしい。それにね……。疎開者たちも栄養失調者がバタバタ出ちまって、電報に返事も出来ずに亡くなっちまってたらしいよ」
◆◇◆◇◆◇◆
今日もまた一人、アパートを去っていきました。怖い感じは全くしないのに。ちょっとでも不安になっただけで、場所を変えてしまうのはどうだろうと気楽に構えていました。ただ私が、のんびりなだけなのでしょうか。
◆◇◆◇◆◇◆
……今夜もまた、人の気配がします。今日こそは確認しようと、じっと感覚を研ぎ澄ませました。すると、押入れから気配を感じます。私は慎重に、押入れの襖を開けました……。
………そこには人魂が一つ。淋しそうに光っていました。私に気がついたのか、ぱっと消えてしまいます。
「あ!」
叫ぶまもなく、気配は消えてしまいました。………人魂があった場所に、一枚の古ぼけた紙が落ちています。
そこには………、ただ一文が記されていました。
『カエリタイ』
私は無意識にそれをそこから出しました。何となくだけど、このメッセージを送ったら何か変化があるかもしれない。私は明かりをつけ、それをスマホのカメラで撮りました。そして……、送信元が空欄の最初の電報メールの返信に添付し、送信しました。
◆◇◆◇◆◇◆
………それから暫くの間、電報メールは来なくなりました。何がどうなったかはわからないけれど、電報もメールも、相手の返事がないと不安なのは同じじゃないかなって思います。その思いが双方に伝わっていたのなら、私も嬉しい。
◆◇◆◇◆◇◆
………一年が経ちました。私は結婚することになり、ここを去ることを決めました。
そんな最後の日の夜、私の枕元にもんぺ姿の綺麗な女性が立っていました。怖い感じはやっぱりありません。私に顔を近づけ、優しく微笑みます。
『……ありがとう。あなたのお陰でやっと帰れます。……お幸せに』
そう言うと、ふっと消えました。
◆◇◆◇◆◇◆
私がアパートを後にする日、大家さんが言いました。
「あんた、何かしたかい?あのメールがぱったりなくなったんだと!……成仏出来たんかねぇ。あんたは幸せにおなりよ」
◆◇◆◇◆◇◆
私は大したことはしていません。でもそれが"彼ら"にとって、最善だったのなら、何よりです。
おしまい
◆◇◆◇◆◇◆
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