アタル

桐野 時阿

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第一章 フジマ アタル

優等生

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 「2年C組、設楽秋」


 新学期の始まりを告げる始業式で、僕は担任から呼名された。


 150人にも及ぶ全校生徒が、体育館に敷き詰められ、今か今かと呼名されるのをじっと待っていた。そのためだけに登校していると言っても過言ではない。つまり、だるい。


 呼名された僕は、「はい」と短く返事をし、椅子のズズッという独特の音だけに気をつけて立ち上がる。そして、ステージ上の教徳高校宰相、立花清へ向けて一礼する。僕らの入学式で司会を務めたバーコード親父だ。相変わらず、見るたびに吹き出しそうになる。


 ほどなくして、全員の呼名が終わり、宰相、立花は降壇した。


 いよいよだ。


 150名あまりの聴衆を前に今、教徳高校長、藤間中流ふじま あたるがステージへ登壇した。上背があるわけでもない、年齢も僕と同じまだ16歳、容姿だって、特別大人びているわけでもなく、幼すぎず、どこか中性的でそれほど周りが言うような「神」を思わせる男ではなかった。去年一年間の藤間の活躍を考えれば、確かに校内で「神」ともてはやすのも分からなくはなかった。


 藤間は、登壇し終えると教卓の上に置いてあるマイクスタンドから、静かにマイクだけを取り、口を開いた。


 「おはよう、皆さん。今日から晴れて新学期が幕を開ける訳だが、私から言えるのはただ一つ、去年の苦労を無駄にしない、且つ活かしてほしい。……近々メディアで実績をもてはやされた私の顔を立てろと言っているのではない。ぜひ、君たちの成長のほどを、私に見せてくれ、期待している。以上だ」


 藤間は、言い終えるとマイクを戻し、そのまま、来た方向とは逆の方向から降壇した。そして、一度降壇したかと思うと、今度は一人の男性を携えて再び登壇した。やや藤間より背の高いその男性は、いつの間にかステージ上に用意されていた椅子に座った。見ると、僕らと年齢は変わらないように思えた。


 藤間は、再びマイクを取り、今度は少しばかり表情を緩めて話出した。


「今、私が連れてきたのは、今年度から新たにこの教徳高校に転入することとなった、才田皇輔さいだ こうすけ君だ。2年A組で君たちと生活することとなる。それでは、才田君から一言もらおうか」


そう言って藤間は、椅子から立ち上がったその才田という男にマイクを渡した。教卓の前に立ってみると、やはり人並み以上に背は高く、顔も整っていて、一目で優等生であることがわかった。ただ、質素な短髪に赤縁メガネという組み合わせが、どこか優等生に似つかわしくない。


「ただいまあの藤間中流学校長からご紹介頂いたということで、とても光栄で恐縮至極ですが、今年度からこの教徳高校で生活を送らせて頂くこととなった、才田皇輔です。この高校のお話はかねがね新聞やテレビを通して知っておりましたが、まさかこんな私を栄えある一生徒して扱って頂けるとは夢にも思っては降りませんでした。このご恩は……云々」


と、才田の予想外な饒舌は続き、体育館内の生徒も呆れ始めたころに漸く、話は終わった。才田の話は、ほとんど藤間に対しての感謝や、媚びとも取れる誉言の数々だった。終盤に至っては、才田は藤間の目を見つめながら話していた。大衆の前でスクールラブを晒すのはやめてもらいたいものだ。


 結局、転入生、才田の紹介が済んだところで、始業式は終わりを告げた。宰相、立花が照り輝く頭を見せびらかすように一礼し、先頭を切って退場していき、続いて藤間や教員も退場していった。この日は始業式と清掃で終わりなので、午前中には帰れる。あとは、清掃を済ませて、とっとと帰るだけだけだ。僕が退場中、勝手にそう思って浮かれていると、左肩を誰かに叩かれた。僕は少し驚いたが、ほぼ反射的に後ろを振り返っていた。後ろを振り返るとたくさんの生徒がいたが、その中に見慣れない顔がいるのを発見した。一人だけ風変わりなほど顔の整った好青年、才田だった。才田が僕を? 一瞬そう考えてみたものの、すぐに考えを却下し、不思議に思いながらもまた前を向き直った。


「どうして無視するんだい?」


声がした。ついさっきまでマイクから聞こえていた声だった。僕は、その言葉と動作が一致していたため、慌ててまた後ろを振り返った。今度はより近くにその顔があった。近ければ近いほど、顔が整っていることが実感できた。


「君、僕を無視したね」


才田は、僕の目をしっかり見つめながら言った。だが、表情は緩んでいて、優しい目をしていた。


「あ、いや。君だと思わなかったから……」


僕は正直に答えた。しかし、才田は答えない。


 しばらくして、僕の表情からなにかを悟ったのか、才田は僕の制服のそでを掴んだ。


「わかった。少し、二人だけで話せないか?」


「え、」咄嗟に出た言葉だった。そしてまた沈黙を作らぬよう、すぐに言葉を発した。「い、いいけど」


「よし。じゃあ、誰もいないところがいいな。……屋上ある?」


「あるよ」と言いそうになったが、僕は少し考えた。確か、まだこの高校が荒れていたころ、タバコの不始末が原因で火事が起こったために、今は屋上は立ち入り禁止だったはずだ。僕はそれを考慮して、才田に伝えた。


「あるけど、今はだめだ。立ち入り禁止になってる」


立ち話していたせいか体育館には、すでに二人だけとなっていた。


「いいじゃん、そういうの。行こうぜ! 案内してくれ!」


才田は、意外にも破天荒らしい。先ほどまでの優等生発言は嘘のようだった。


「本気? 結構危ないと思うけど」


「大丈夫だ、俺がついてる。さぁ、行こうぜ!」


いつの間にか僕は才田に乗せられていた。どこからか自信が漲ってくるようだった。


「じゃあ、行こうか。掃除はサボっても大丈夫かな」


「問題ないだろ」


「ところで、自己紹介まだだったね。僕は……」


「設楽君だろ。設楽秋君」


「なんで……」


「控え室で学校長が話してたよ。彼は君の才能を認めていたよ、本当はすごいやつだって。親友かい?」


これは僕としては意外だった。まさか藤間が、僕を認めていたとは。僕は、藤間によく呼び出されていた。アドバイスを貰いたいと言われたが、一度としてまともなアドバイスをしたことはなかった。藤間の話によれば、何人かの生徒に時々アドバイスを求めていたという。その中で、まともなアドバイスをしたやつが何人いたのかはわからない。少なくとも僕は、最低の評価をされていたと考えていたので、全然予想だにしない答えだった。だが、その答えを受けて、僕は訝しんだ。


「まぁ話は出来るけど、親友ってほどじゃない」


「そうか。……俺はね、正直あいつが嫌いだ。憎たらしいほどに」


耳を疑って、僕は才田を見た。僕の心に騙されたような衝撃が走る。この時ばかりは声が出なかった。


「あれだけ全校の前で学校長を誉めまくれば俺の株があがる。幸い誰も疑ってない。……これでいいんだ」才田は、下を向いて笑っていた。「これで、いい」
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