上 下
8 / 15

8.確信

しおりを挟む
 さて、どうしたものかな。

 彼と別れた後、私は独り、夕暮れの廊下を歩きながら帰り道を考えをまとめた。

 学園のアイドルであるリイネと急に交際する事になったヴァンフォート。大人しく内気だった筈のリイネの変わりよう。教会が検知したという第二級魔法。私から失われたという、幻術のスキル。

 犯人をあの男だと決めてかかれば、全ての辻褄が合うではないか。

 問題は、彼が本当に強奪のスキルの所持者であるか否か。それに全ての私の考え通りだとして、彼にどうやって自分のやった事を認めさせるかだ。

 「………」

 寮へ戻ろうとしていた私は思い直して、職員室の方へと向かった。

 授業は全て終わっている。今の時間職員室にいるのは部活動の顧問を担当していない、数名の先生だけだろう。そうの先生だけ。

 「失礼致します」

 「フレア」

 案の定、アイレス先生は暇そうに雑務をこなしていらっしゃった。

 「倒れたって聞いたぞ、大丈夫か?」

 「ええ」

 「本当か? くれぐれも無理はしないようにな」

 「アイレス先生、あの、少しお話が……今、お時間よろしいでしょうか?」

 彼は意外そうな顔をしたけれど、すぐに人気の少ない自分のデスク側へと私を促した。

 「座れ、飲めよ」

 と、煎れたばかりの紅茶を差し出してくる。私は硬直してしまったが、遠慮するなと強引に差し出してきた。

 「……話って?」

 「……退学しようと思ってます」

 アイレス先生は思わず口に含みかけていた自分の分の紅茶を吹き出しそうになっていた。それからまじまじと私の顔を見た。

 なんとなく、昔の事を思い出した。私がまだ八歳だった時の事。上手く出来ないダンスのお稽古が嫌で、仮病を使って侍女を騙そうとした。

 「退学したあとは、どうする?」

 「以前から興味のあった、歌手の勉強をしてみようと思っています」

 「……歌手?」

 「変ですよね、私なんかが」

 「変じゃあない。やりたい事なら堂々と、胸を張って言え。でも、変ではないけど、厳しい道だぞ」

 「分かっています」

 「いや、断言していいが、分かっているつもりなだけだ。辛い事があったタイミングで、別の可能性を模索してみたんだろう。自分では賢い選択だと思っている。でも僕に言わせれば、それはただの逃げだ。冷静になれば、本当に選ぶべき道は分かる筈だ」

 「……例えば?」

 「学園を卒業してから、歌手の道に進む。今は力を蓄えろ。趣味と学業の両立、お前なら出来るだろう?」

 「……」

 「この学園にお前を追い込むものがあるなら、一つずつ取り除いていこう。全部話せ。手伝うよ。僕はお前の担任で、それが僕の仕事だ」

 溜め息を、我慢した。

 普段は生徒と一緒になってふざけ合っているような先生なのに、どうしてこう、その言葉には重みがあるのだろう。

 ごめんなさい先生、本当に。

 「……先生、私、自分の素質が知りたいんです」

 「素質?」

 「王宮に呼ばれるような歌姫は、のスキルを持っている方も少なくないと聞きます。私がそれを持っているか、知りたいんです」

 「……別に魅了のスキル持ちが歌手の全てじゃないぞ」

 「でも持っていれば有利です。先生、お願いします。そのスキルがあるかどうかだけ、知りたいんです。もしないとしたら、諦める理由にもなるかも」

 先生は明らかに狼狽して、頭を掻いた。スキルの診断書は誰の目にも触れさせないというのが原則だからだ。魔導士にとってスキルは最重要といっていい個人情報であり、守秘は教員の義務である。

 だが、本人のスキルの一つを本人が知るだけであるならば、一々そこまで目くじらを立てる事もないだろう。彼ならそう考えてくれる筈。

 「……ちょっと待ってろ」

 そう言って彼は、自分のデスクの上から三番目──一番大きな引き出しの鍵を開け、中からリストを取り出した。私はじっと彼の動向を窺っていた。

 彼は、私には絶対に見えないように、クラス全員分の診断書をめくり続けた。やがて私の名前を見つけたのだろう。一枚の紙に注目し、入念に吟味した。

 「……残念だったな」

 それから、言いづらそうにこう続けた。

 「どうやら魅了のスキルは、所持していないようだ」

 「……そうですか」

 「だけどがっかりするな、夢を諦めるのはナンセンスだぞ。魅了でなくても、有用なスキルは他にもたくさんあるんだ、例えば……」

 「アイレス先生!」

 不意に背後から声がした。中年の教師がデスクの向こうから叫んでいた。

 「何です教頭!?」

 「明日のテストの問題だがね! 酷いよ君! これちょっと確認したまえ!」

 アイレス先生は彼には見えないように舌打ちしてみせた。

 「生徒と話してるんですよ! 後にして下さい!」

 「先生、私はいいですから、教頭のお話を……」

 「いいわけあるか」

 「また問題教師なんて呼ばれてしまいますよ。私、待ってますから……」

 「アイレス先生!」

 彼は私と教頭の顔を見比べて、それから深い溜め息を吐き出した。

 「……黙らせてくる。待ってろ」

 「はい」

 そう言って彼は乱暴に立ち上がり、ズンズンと教頭の方へ歩み寄っていった。

 デスクには、今彼が放り投げていったスキルの診断書。

 「……」

 なんだこりゃあ、と思う。

 上手くいきすぎている。流石に今日のところはリストが何処に保管されているのかの確認だけのつもりでいたのに。

 教頭のデスクの方では、二人の話がヒートアップしている。広い職員室、少ない教員。私は回りの目を存分に警戒しながら、そっとデスクの上に手を伸ばした。

 (……本当にごめんなさい。先生)

 心の中でそう謝罪しがら、さりげなーく紙をめくる。

 そうして、お目当ての名前を探しだしたのである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

【完結】婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

婚約者と義妹に裏切られたので、ざまぁして逃げてみた

せいめ
恋愛
 伯爵令嬢のフローラは、夜会で婚約者のレイモンドと義妹のリリアンが抱き合う姿を見てしまった。  大好きだったレイモンドの裏切りを知りショックを受けるフローラ。  三ヶ月後には結婚式なのに、このままあの方と結婚していいの?  深く傷付いたフローラは散々悩んだ挙句、その場に偶然居合わせた公爵令息や親友の力を借り、ざまぁして逃げ出すことにしたのであった。  ご都合主義です。  誤字脱字、申し訳ありません。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

お姉様は嘘つきです! ~信じてくれない毒親に期待するのをやめて、私は新しい場所で生きていく! と思ったら、黒の王太子様がお呼びです?

朱音ゆうひ
恋愛
男爵家の令嬢アリシアは、姉ルーミアに「悪魔憑き」のレッテルをはられて家を追い出されようとしていた。 何を言っても信じてくれない毒親には、もう期待しない。私は家族のいない新しい場所で生きていく!   と思ったら、黒の王太子様からの招待状が届いたのだけど? 別サイトにも投稿してます(https://ncode.syosetu.com/n0606ip/)

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...