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8.確信
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さて、どうしたものかな。
彼と別れた後、私は独り、夕暮れの廊下を歩きながら帰り道を考えをまとめた。
学園のアイドルであるリイネと急に交際する事になったヴァンフォート。大人しく内気だった筈のリイネの変わりよう。教会が検知したという第二級魔法。私から失われたという、幻術のスキル。
犯人をあの男だと決めてかかれば、全ての辻褄が合うではないか。
問題は、彼が本当に強奪のスキルの所持者であるか否か。それに全ての私の考え通りだとして、彼にどうやって自分のやった事を認めさせるかだ。
「………」
寮へ戻ろうとしていた私は思い直して、職員室の方へと向かった。
授業は全て終わっている。今の時間職員室にいるのは部活動の顧問を担当していない、数名の先生だけだろう。そう暇人の先生だけ。
「失礼致します」
「フレア」
案の定、アイレス先生は暇そうに雑務をこなしていらっしゃった。
「倒れたって聞いたぞ、大丈夫か?」
「ええ」
「本当か? くれぐれも無理はしないようにな」
「アイレス先生、あの、少しお話が……今、お時間よろしいでしょうか?」
彼は意外そうな顔をしたけれど、すぐに人気の少ない自分のデスク側へと私を促した。
「座れ、飲めよ」
と、煎れたばかりの紅茶を差し出してくる。私は硬直してしまったが、遠慮するなと強引に差し出してきた。
「……話って?」
「……退学しようと思ってます」
アイレス先生は思わず口に含みかけていた自分の分の紅茶を吹き出しそうになっていた。それからまじまじと私の顔を見た。
なんとなく、昔の事を思い出した。私がまだ八歳だった時の事。上手く出来ないダンスのお稽古が嫌で、仮病を使って侍女を騙そうとした。
「退学したあとは、どうする?」
「以前から興味のあった、歌手の勉強をしてみようと思っています」
「……歌手?」
「変ですよね、私なんかが」
「変じゃあない。やりたい事なら堂々と、胸を張って言え。でも、変ではないけど、厳しい道だぞ」
「分かっています」
「いや、断言していいが、分かっているつもりなだけだ。辛い事があったタイミングで、別の可能性を模索してみたんだろう。自分では賢い選択だと思っている。でも僕に言わせれば、それはただの逃げだ。冷静になれば、本当に選ぶべき道は分かる筈だ」
「……例えば?」
「学園を卒業してから、歌手の道に進む。今は力を蓄えろ。趣味と学業の両立、お前なら出来るだろう?」
「……」
「この学園にお前を追い込むものがあるなら、一つずつ取り除いていこう。全部話せ。手伝うよ。僕はお前の担任で、それが僕の仕事だ」
溜め息を、我慢した。
普段は生徒と一緒になってふざけ合っているような先生なのに、どうしてこう、その言葉には重みがあるのだろう。
ごめんなさい先生、本当に。
「……先生、私、自分の素質が知りたいんです」
「素質?」
「王宮に呼ばれるような歌姫は、魅了のスキルを持っている方も少なくないと聞きます。私がそれを持っているか、知りたいんです」
「……別に魅了のスキル持ちが歌手の全てじゃないぞ」
「でも持っていれば有利です。先生、お願いします。そのスキルがあるかどうかだけ、知りたいんです。もしないとしたら、諦める理由にもなるかも」
先生は明らかに狼狽して、頭を掻いた。スキルの診断書は誰の目にも触れさせないというのが原則だからだ。魔導士にとってスキルは最重要といっていい個人情報であり、守秘は教員の義務である。
だが、本人のスキルの一つを本人が知るだけであるならば、一々そこまで目くじらを立てる事もないだろう。彼ならそう考えてくれる筈。
「……ちょっと待ってろ」
そう言って彼は、自分のデスクの上から三番目──一番大きな引き出しの鍵を開け、中からリストを取り出した。私はじっと彼の動向を窺っていた。
彼は、私には絶対に見えないように、クラス全員分の診断書をめくり続けた。やがて私の名前を見つけたのだろう。一枚の紙に注目し、入念に吟味した。
「……残念だったな」
それから、言いづらそうにこう続けた。
「どうやら魅了のスキルは、所持していないようだ」
「……そうですか」
「だけどがっかりするな、夢を諦めるのはナンセンスだぞ。魅了でなくても、有用なスキルは他にもたくさんあるんだ、例えば……」
「アイレス先生!」
不意に背後から声がした。中年の教師がデスクの向こうから叫んでいた。
「何です教頭!?」
「明日のテストの問題だがね! 酷いよ君! これちょっと確認したまえ!」
アイレス先生は彼には見えないように舌打ちしてみせた。
「生徒と話してるんですよ! 後にして下さい!」
「先生、私はいいですから、教頭のお話を……」
「いいわけあるか」
「また問題教師なんて呼ばれてしまいますよ。私、待ってますから……」
「アイレス先生!」
彼は私と教頭の顔を見比べて、それから深い溜め息を吐き出した。
「……黙らせてくる。待ってろ」
「はい」
そう言って彼は乱暴に立ち上がり、ズンズンと教頭の方へ歩み寄っていった。
デスクには、今彼が放り投げていったスキルの診断書。
「……」
なんだこりゃあ、と思う。
上手くいきすぎている。流石に今日のところはリストが何処に保管されているのかの確認だけのつもりでいたのに。
教頭のデスクの方では、二人の話がヒートアップしている。広い職員室、少ない教員。私は回りの目を存分に警戒しながら、そっとデスクの上に手を伸ばした。
(……本当にごめんなさい。先生)
心の中でそう謝罪しがら、さりげなーく紙をめくる。
そうして、お目当ての名前を探しだしたのである。
彼と別れた後、私は独り、夕暮れの廊下を歩きながら帰り道を考えをまとめた。
学園のアイドルであるリイネと急に交際する事になったヴァンフォート。大人しく内気だった筈のリイネの変わりよう。教会が検知したという第二級魔法。私から失われたという、幻術のスキル。
犯人をあの男だと決めてかかれば、全ての辻褄が合うではないか。
問題は、彼が本当に強奪のスキルの所持者であるか否か。それに全ての私の考え通りだとして、彼にどうやって自分のやった事を認めさせるかだ。
「………」
寮へ戻ろうとしていた私は思い直して、職員室の方へと向かった。
授業は全て終わっている。今の時間職員室にいるのは部活動の顧問を担当していない、数名の先生だけだろう。そう暇人の先生だけ。
「失礼致します」
「フレア」
案の定、アイレス先生は暇そうに雑務をこなしていらっしゃった。
「倒れたって聞いたぞ、大丈夫か?」
「ええ」
「本当か? くれぐれも無理はしないようにな」
「アイレス先生、あの、少しお話が……今、お時間よろしいでしょうか?」
彼は意外そうな顔をしたけれど、すぐに人気の少ない自分のデスク側へと私を促した。
「座れ、飲めよ」
と、煎れたばかりの紅茶を差し出してくる。私は硬直してしまったが、遠慮するなと強引に差し出してきた。
「……話って?」
「……退学しようと思ってます」
アイレス先生は思わず口に含みかけていた自分の分の紅茶を吹き出しそうになっていた。それからまじまじと私の顔を見た。
なんとなく、昔の事を思い出した。私がまだ八歳だった時の事。上手く出来ないダンスのお稽古が嫌で、仮病を使って侍女を騙そうとした。
「退学したあとは、どうする?」
「以前から興味のあった、歌手の勉強をしてみようと思っています」
「……歌手?」
「変ですよね、私なんかが」
「変じゃあない。やりたい事なら堂々と、胸を張って言え。でも、変ではないけど、厳しい道だぞ」
「分かっています」
「いや、断言していいが、分かっているつもりなだけだ。辛い事があったタイミングで、別の可能性を模索してみたんだろう。自分では賢い選択だと思っている。でも僕に言わせれば、それはただの逃げだ。冷静になれば、本当に選ぶべき道は分かる筈だ」
「……例えば?」
「学園を卒業してから、歌手の道に進む。今は力を蓄えろ。趣味と学業の両立、お前なら出来るだろう?」
「……」
「この学園にお前を追い込むものがあるなら、一つずつ取り除いていこう。全部話せ。手伝うよ。僕はお前の担任で、それが僕の仕事だ」
溜め息を、我慢した。
普段は生徒と一緒になってふざけ合っているような先生なのに、どうしてこう、その言葉には重みがあるのだろう。
ごめんなさい先生、本当に。
「……先生、私、自分の素質が知りたいんです」
「素質?」
「王宮に呼ばれるような歌姫は、魅了のスキルを持っている方も少なくないと聞きます。私がそれを持っているか、知りたいんです」
「……別に魅了のスキル持ちが歌手の全てじゃないぞ」
「でも持っていれば有利です。先生、お願いします。そのスキルがあるかどうかだけ、知りたいんです。もしないとしたら、諦める理由にもなるかも」
先生は明らかに狼狽して、頭を掻いた。スキルの診断書は誰の目にも触れさせないというのが原則だからだ。魔導士にとってスキルは最重要といっていい個人情報であり、守秘は教員の義務である。
だが、本人のスキルの一つを本人が知るだけであるならば、一々そこまで目くじらを立てる事もないだろう。彼ならそう考えてくれる筈。
「……ちょっと待ってろ」
そう言って彼は、自分のデスクの上から三番目──一番大きな引き出しの鍵を開け、中からリストを取り出した。私はじっと彼の動向を窺っていた。
彼は、私には絶対に見えないように、クラス全員分の診断書をめくり続けた。やがて私の名前を見つけたのだろう。一枚の紙に注目し、入念に吟味した。
「……残念だったな」
それから、言いづらそうにこう続けた。
「どうやら魅了のスキルは、所持していないようだ」
「……そうですか」
「だけどがっかりするな、夢を諦めるのはナンセンスだぞ。魅了でなくても、有用なスキルは他にもたくさんあるんだ、例えば……」
「アイレス先生!」
不意に背後から声がした。中年の教師がデスクの向こうから叫んでいた。
「何です教頭!?」
「明日のテストの問題だがね! 酷いよ君! これちょっと確認したまえ!」
アイレス先生は彼には見えないように舌打ちしてみせた。
「生徒と話してるんですよ! 後にして下さい!」
「先生、私はいいですから、教頭のお話を……」
「いいわけあるか」
「また問題教師なんて呼ばれてしまいますよ。私、待ってますから……」
「アイレス先生!」
彼は私と教頭の顔を見比べて、それから深い溜め息を吐き出した。
「……黙らせてくる。待ってろ」
「はい」
そう言って彼は乱暴に立ち上がり、ズンズンと教頭の方へ歩み寄っていった。
デスクには、今彼が放り投げていったスキルの診断書。
「……」
なんだこりゃあ、と思う。
上手くいきすぎている。流石に今日のところはリストが何処に保管されているのかの確認だけのつもりでいたのに。
教頭のデスクの方では、二人の話がヒートアップしている。広い職員室、少ない教員。私は回りの目を存分に警戒しながら、そっとデスクの上に手を伸ばした。
(……本当にごめんなさい。先生)
心の中でそう謝罪しがら、さりげなーく紙をめくる。
そうして、お目当ての名前を探しだしたのである。
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