4 / 8
4.怠惰(次女視点)
しおりを挟む
アリアがイルの後を追って、屋敷の門から出ていくのを、私は二階にある自室の窓から眺めていました。
どうやら本当に、犬だけ連れて屋敷を出ていくようです。
口元がニヤけてしまっている事を自覚します。
ああ、本当に、馬鹿な義妹だこと──。
アリアは昔っからそうでした。意気地がなさすぎて、自分の主張というものを殆どした事がありません。何もかも私やお義姉様、くそじじいラーバートの言いつけ通り。
いくらお義父様の意思とはいえ、あんな無茶苦茶な内容の遺言書、しかるべき場所に提出すれば協議を主張出来ます。まだ彼女にだって、正当な遺産を得られるチャンスはあったというのに。
……でもまぁ、それを教えてあげるほど、私はお人好しではありません。だってもし遺産の分配が変わってしまえば、大変ですから。
そうではなくとも、犬は論外としても、こんな資産と借金のどちらが多いかも分からぬ貧乏男爵家、とっくに未練などなかったところです。だから、私が一番、当たりクジを引いていたのです。
「うふふ……待っていて下さいね、エスメリオ様っ」
思わず、小躍りしてしまいます。
もういけすかない義姉やラーバートの顔を見なくて済む、その事実だけでも夢のよう。
何よりエスメリオ・ガンフォー子爵令息とは、以前舞踏会で一度ご一緒しただけの間柄ではありますが、十代の若さですでに何冊もの魔導書を世に送り出しているほどの秀才魔導士です。おまけに女性とも見まごう美貌の持ち主。
まさに才色兼備。私と彼との婚約が知れ渡れば、彼を狙っていたそこいらの公爵令嬢は、悔しさのあまり卒倒してしまう事でしょう。
優越感で頭がおかしくなりそうです。ああ、私ったら、国で一番の果報者なんだから!
鼻歌をうたいながら、荷物をまとめます。その時の私は有頂天で、まさか、この先に待ち受けているものが地獄のような結末だなんて、想像もしていなかったのです……。
────
「ミルリア……すみませんが、あなたとの婚約は破棄させてもらいます」
──ガンフォー子爵家にお世話になってから、三ヶ月ほどが経ったある日……。
会食の場で不意に切り出したエスメリオの言葉に、私は固まってしまいました。
思わず、周囲を見渡します。メイド達は何も聞かなかったような顔で皿を下げ、食後のワインを用意しています。
もう一度エスメリオの顔を見ました。あるいは珍しく、冗談を言って私の困る顔を楽しむつもりだったのかと思いました。
「……嘘、ですよね?」
「すみません」
けれど彼の顔付きは、至って真剣そのものでした。
「理由は簡単です……これは魔術を生業とする家同士の婚約。しかしあなたには、全くといっていいほど魔導士としての才能がない」
「そ、それは、何度も言うようですが、勉強中で……少しずつですが、成果は出ていますでしょう?」
「ミルリア、申し訳ありませんが、才能がないと言っているんです」
彼はこう続けました。
「今の調子で勉強をしても、いっぱしになる頃にはもう君は子供も産めないような年齢になってしまうでしょう。魔導士の家の政略結婚とは、より才能のある子供を産む事を一番の目的としています。分かりますか?」
「い、一人前になるまで、待って下さると言ったのに……」
「死にものぐるいで勉強してくれるというなら考えると、そう言ったのです。けれどあなたはどれだけ鞭を入れても、自分のペースを崩さないようだから」
「そんな……」
「こういう結果になってしまった事は申し訳ありませんが、これは父の意向です。覆りません」
「お、お義父様の意向って……エスメリオ様は……? エスメリオ様はどうお考えなのです? 何もかもお義父様の言いなりで、あなたご自身のお気持ちはないのですか──!?」
私は瞳を潤ませ、エスメリオ様にすがりつきます。私は、私自身の武器というものを承知しています。多少魔術の才がなくったって、どんな男も、私の涙は無視できないのです。
「……僕の気持ち、ですか」
──その筈でした。
聞かなければ、良かった。その瞬間のエスメリオの目が、何より一番こたえた。
「僕は魔導士の家の息子です。やがて家督を継ぐ者」
まるで汚物でもみるかのような、心のそこから面倒臭がっているような瞳。
「だから、あなたには何の魅力も感じません」
どうやら本当に、犬だけ連れて屋敷を出ていくようです。
口元がニヤけてしまっている事を自覚します。
ああ、本当に、馬鹿な義妹だこと──。
アリアは昔っからそうでした。意気地がなさすぎて、自分の主張というものを殆どした事がありません。何もかも私やお義姉様、くそじじいラーバートの言いつけ通り。
いくらお義父様の意思とはいえ、あんな無茶苦茶な内容の遺言書、しかるべき場所に提出すれば協議を主張出来ます。まだ彼女にだって、正当な遺産を得られるチャンスはあったというのに。
……でもまぁ、それを教えてあげるほど、私はお人好しではありません。だってもし遺産の分配が変わってしまえば、大変ですから。
そうではなくとも、犬は論外としても、こんな資産と借金のどちらが多いかも分からぬ貧乏男爵家、とっくに未練などなかったところです。だから、私が一番、当たりクジを引いていたのです。
「うふふ……待っていて下さいね、エスメリオ様っ」
思わず、小躍りしてしまいます。
もういけすかない義姉やラーバートの顔を見なくて済む、その事実だけでも夢のよう。
何よりエスメリオ・ガンフォー子爵令息とは、以前舞踏会で一度ご一緒しただけの間柄ではありますが、十代の若さですでに何冊もの魔導書を世に送り出しているほどの秀才魔導士です。おまけに女性とも見まごう美貌の持ち主。
まさに才色兼備。私と彼との婚約が知れ渡れば、彼を狙っていたそこいらの公爵令嬢は、悔しさのあまり卒倒してしまう事でしょう。
優越感で頭がおかしくなりそうです。ああ、私ったら、国で一番の果報者なんだから!
鼻歌をうたいながら、荷物をまとめます。その時の私は有頂天で、まさか、この先に待ち受けているものが地獄のような結末だなんて、想像もしていなかったのです……。
────
「ミルリア……すみませんが、あなたとの婚約は破棄させてもらいます」
──ガンフォー子爵家にお世話になってから、三ヶ月ほどが経ったある日……。
会食の場で不意に切り出したエスメリオの言葉に、私は固まってしまいました。
思わず、周囲を見渡します。メイド達は何も聞かなかったような顔で皿を下げ、食後のワインを用意しています。
もう一度エスメリオの顔を見ました。あるいは珍しく、冗談を言って私の困る顔を楽しむつもりだったのかと思いました。
「……嘘、ですよね?」
「すみません」
けれど彼の顔付きは、至って真剣そのものでした。
「理由は簡単です……これは魔術を生業とする家同士の婚約。しかしあなたには、全くといっていいほど魔導士としての才能がない」
「そ、それは、何度も言うようですが、勉強中で……少しずつですが、成果は出ていますでしょう?」
「ミルリア、申し訳ありませんが、才能がないと言っているんです」
彼はこう続けました。
「今の調子で勉強をしても、いっぱしになる頃にはもう君は子供も産めないような年齢になってしまうでしょう。魔導士の家の政略結婚とは、より才能のある子供を産む事を一番の目的としています。分かりますか?」
「い、一人前になるまで、待って下さると言ったのに……」
「死にものぐるいで勉強してくれるというなら考えると、そう言ったのです。けれどあなたはどれだけ鞭を入れても、自分のペースを崩さないようだから」
「そんな……」
「こういう結果になってしまった事は申し訳ありませんが、これは父の意向です。覆りません」
「お、お義父様の意向って……エスメリオ様は……? エスメリオ様はどうお考えなのです? 何もかもお義父様の言いなりで、あなたご自身のお気持ちはないのですか──!?」
私は瞳を潤ませ、エスメリオ様にすがりつきます。私は、私自身の武器というものを承知しています。多少魔術の才がなくったって、どんな男も、私の涙は無視できないのです。
「……僕の気持ち、ですか」
──その筈でした。
聞かなければ、良かった。その瞬間のエスメリオの目が、何より一番こたえた。
「僕は魔導士の家の息子です。やがて家督を継ぐ者」
まるで汚物でもみるかのような、心のそこから面倒臭がっているような瞳。
「だから、あなたには何の魅力も感じません」
0
お気に入りに追加
402
あなたにおすすめの小説
死に戻るなら一時間前に
みねバイヤーン
恋愛
「ああ、これが走馬灯なのね」
階段から落ちていく一瞬で、ルルは十七年の人生を思い出した。侯爵家に生まれ、なに不自由なく育ち、幸せな日々だった。素敵な婚約者と出会い、これからが楽しみだった矢先に。
「神様、もし死に戻るなら、一時間前がいいです」
ダメ元で祈ってみる。もし、ルルが主人公特性を持っているなら、死に戻れるかもしれない。
ピカッと光って、一瞬目をつぶって、また目を開くと、目の前には笑顔の婚約者クラウス第三王子。
「クラウス様、聞いてください。私、一時間後に殺されます」
一時間前に死に戻ったルルは、クラウスと共に犯人を追い詰める──。
さようならお姉様、辺境伯サマはいただきます
夜桜
恋愛
令嬢アリスとアイリスは双子の姉妹。
アリスは辺境伯エルヴィスと婚約を結んでいた。けれど、姉であるアイリスが仕組み、婚約を破棄させる。エルヴィスをモノにしたアイリスは、妹のアリスを氷の大地に捨てた。死んだと思われたアリスだったが……。
離婚します!~王妃の地位を捨てて、苦しむ人達を助けてたら……?!~
琴葉悠
恋愛
エイリーンは聖女にしてローグ王国王妃。
だったが、夫であるボーフォートが自分がいない間に女性といちゃついている事実に耐えきれず、また異世界からきた若い女ともいちゃついていると言うことを聞き、離婚を宣言、紙を書いて一人荒廃しているという国「真祖の国」へと向かう。
実際荒廃している「真祖の国」を目の当たりにして決意をする。
父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました
四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。
だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!
完結 お貴族様、彼方の家の非常識など知りません。
音爽(ネソウ)
恋愛
身分を笠に好き勝手する貴族たち、そんな状況を民が許すわけがなかった。
時代が変わりかけたそんな時の話。
アンブラ男爵家はとにかく見栄を張りたがる、そうして膨れ上がった借金を押し付けようと、最近頭角を現したソランズ商会に目を付けた。
「そうはいきません、貴方方の作った負債はご自分で!」
気の強いエミリアは大人しく嫁に行くものかと抗うのだ。
婚約破棄ですか? ならば国王に溺愛されている私が断罪致します。
久方
恋愛
「エミア・ローラン! お前との婚約を破棄する!」
煌びやかな舞踏会の真っ最中に突然、婚約破棄を言い渡されたエミア・ローラン。
その理由とやらが、とてつもなくしょうもない。
だったら良いでしょう。
私が綺麗に断罪して魅せますわ!
令嬢エミア・ローランの考えた秘策とは!?
お姉様は嘘つきです! ~信じてくれない毒親に期待するのをやめて、私は新しい場所で生きていく! と思ったら、黒の王太子様がお呼びです?
朱音ゆうひ
恋愛
男爵家の令嬢アリシアは、姉ルーミアに「悪魔憑き」のレッテルをはられて家を追い出されようとしていた。
何を言っても信じてくれない毒親には、もう期待しない。私は家族のいない新しい場所で生きていく!
と思ったら、黒の王太子様からの招待状が届いたのだけど?
別サイトにも投稿してます(https://ncode.syosetu.com/n0606ip/)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる