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3.最後の涙

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 ……十年前。

 「……犬しか友達がいないだなんて、哀れな子ねえ」

 「お義姉様おやめ下さい、アリアに聞こえますよ?」

 ……五歳の時からずっと、私は二人の義姉にからかわれ続けてきました。

 私達三姉妹は全員、お義父様──フォーカス・リルフォード男爵との血の繋がりはありません。

 優秀でしたが、子を成す能力を失っていたお義父様が、家名を残す為に拾った孤児、それが私達です。

 私達は、孤児院での貧しい暮らしから脱却する代償に、お義父様の魔術を受け継ぐよう、日々厳しい訓練を強いられてきました。

 お義父様の不幸だったところは、三人もの娘を養子をとって、誰一人その魔術を引き継ぐに値する才能に恵まれていなかった事でしょう。

 それでも、二人の義姉は私に比べれば要領がよかったと思います。致命的に落ちこぼれだったのは私だけで、未だに初歩的な炎の魔術ですら殆ど成功した事がありません。

 二人の義姉にとって、ラーバートの厳しい教育のストレスの捌け口は、自分より出来損ないの私だけだったのです。

 「きゃっ」

 突然に、イルが私の頬をなめてきました。

 「こら、イル」

 以前彼が、レイシアお義姉様に同じ事をした時に、汚ならしいと激昂され、暴力をふるわれた事があって、それ以来、安易に人の顔をなめるのはやめるよう、しつけようとしてきました。

 けれど人懐っこい彼は、全く懲りません。私の言い方に迫力がないのもいけないのでしょう。人間相手でなくても、強く物事を主張できない。自分で自分を、どうしようもない奴だと思います。

 「……慰めてくれているのよね」

 まるでこちらの言葉が理解出来ているように、イルは、キャンと吠えてみせました。

 「ありがとう……大好きです」

 身体を抱きしめ、私は深く溜め息をつきました。

 小さな身体からは、お日様の匂いがしました。彼と過ごす時間が、私にとってどれほど貴重な癒しだったか。彼がいなかったら、私はとっくに駄目になってしまっていたかもしれません。

 彼は私の、大切な友達なのです。



 ────



 「……ワン!」

 ……小屋の扉を開けると、いつものようにイルが喜んで私の元に駆け寄ってきます。十年前は私が簡単に抱えられる大きさだった彼も、今は、持ち上げる事も困難なくらい立派に成長しました。

 もうおじいちゃんの筈なのですが、子供の時と変わらずずっと元気です。相変わらず人の顔をなめるのが大好き。彼を見ていると、ずっとこのまま元気でいてくれるような気がします。

 そんなものは幻想だと、知ったばかりだというのに。

 「……イル。私達、追い出されちゃいました」

 私の言葉に耳を動かして、彼は少し首を傾げてみせました。

 「……ごめんね、イル。私が頼りないせいで、あなたまで巻き込んでしまって……」

 涙が、溢れそうになりました。

 イルは黙って私の顔を眺めていましたが、突如。

 「ワンワン!」

 元気に鳴いて屋敷の出口である門の方へと歩いていきます。そうしてチラリとこちらを振り返り、もう一鳴きしました。

 私は、少し笑ってしまいました。

 散歩だとでも思っているのかしら。

 でも、そうだよね……イル。

 強くならなければ。これからはイルの餌も新しい寝床も、私が用意しなくちゃならない。私が頑張らないと、彼まで不幸になってしまうのです。

 街へ降りて、お仕事を探します。男爵令嬢というプライドなど捨てて、どんなお仕事でもしなければ。

 私はこれを最後の涙と誓って立ち上がり、イルの後を追いました──。 
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