えっ、そんな事するの

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エピローグ

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「どういうこと。その封筒何」

「………」

僕は、スーツケースと仕事のバッグを持ったまま、隣の部屋からふらふらになって出て来た妻を見た。
 妻がドアから押し出されるように出てくるとドアが閉められ鍵のかかる音がした。

妻は、立つのも大変な様子だ。何をしていたんだろう。

「あなた、これは、その。……ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
「何を謝っているんだ。それに封筒はなんだ」
「こ、これは」

「とにかく部屋に入りなさい」
ふらふらな腰で部屋に入っていく妻を見ながら、疑問しか浮かばなかった。

部屋に入ると玄関でいきなり妻が、土下座した。
「あなた、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」

「腰がふらふらな理由はなんだ」
僕は明子をそこまでいかした事がないが故に、この時は理解できなかった。
「…………」

三十分程、妻は土下座したままだった。
僕はそれを無視して、部屋に上がると、手洗い、うがいをして部屋着に替えて、リビングに戻ると、妻は、まだ玄関に居た。

「明子、こちらに来なさい」

妻がふらふらになりながら、リビングの床に座る。

「なぜソファに座らない」
そう言って、妻の側に行った時だった。

なんだ、この匂いは。あの匂いじゃないか。
「明子、お前まさか」

妻が、大きな声で泣き始めた。

その声を聞いたんだろう。
「お母さんどうしたの」
子供が自分の部屋から出て来た。
「ああごめんな。お母さん。お父さんと大事な話が有るから、お菓子持って部屋に居てくれ」
「はーい」

「明子、話して貰わないと分からない」

それでも泣き続けた。十分も泣くと涙が出なくなったのか
「ごめんなさい。スーパーで補助プログラムを紹介されて……」

妻は、信じられない事を言い始めた。小遣い欲しさに自分の体を他人に売った事。それを隣の住人に録画され、脅された挙句、体を金で提供した事。
 全く理解できない事だった。

頭が完全に動いていなかった。何をどうすればいいか分からなかった。

不倫。売春。なんなんだ。

別れる選択。短絡過ぎる。子供の事、学校の事もある。じゃあどうする。
別居するか。それがいいかもしれない。でもこれじゃあ泣き寝入りだ。
別れて慰謝料取って、子供は実家に預けて独身に戻るか。それもいい。

「明子、何が不満だったんだ」
「何もありません」
「じゃあ、どうして」
「…………」

どうしようもない。
「明子、何か言いたい事あるか」

また、妻は謝り続けた。

「明子、実家に帰れ。子供は僕の実家に預ける。学校に近いからな」
「実家に帰るのは許してください」
「では、僕が出る。お前と今まで通りに暮らすのは無理だ」

「もう、絶対にしません。スーパーも辞めます。お願いです。ここに居させてください」
「勝手にしろ。子供は実家に連れて帰る。お前の様な女に子供を育てる権利はない」
「…………」

僕は、子供に実家に行く事を告げた。遊びに行くのと間違えたのか。喜んでいる。
「子供の身の回りのものは、明日取りに来る」

僕は子供手を引いて廊下に出ようとした時、
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。いかないで。子供を連れて行かないで」
「何を言っている。そんな汚れた女が子供を育てる権利はない」

僕は、子供手を引いて玄関に行こうとすると
「お母さんは行かないの」
「行かない。お父さんと一緒にいく」
「でも…」
「来なさい」

その日は、タクシーで実家に戻った。僕の実家は、マンションから車で五分位だ。
実家に事情を説明し、当分子供を預かって貰う事にした。

明日は、色々荷物を取りにいかないといけない。取敢えずマンスリーマンションでも借りよう。

夫が子供を連れて出て行ってしまった。まだ、事態が把握出来ていなかった。急な事で頭が回っていない。

どうしよう。どうしよう。
隣の男との事も有ったのか、そのまま床に寝てしまった。

僕は翌日、当面必要な荷物を持って行く為にマンションに戻った。
ドアを開けると変な匂いがした。
「臭い」
廊下で妻が横になっている。一瞬自殺かと思ったが、鼻に指をやると息をしている。

なんだ、寝ているだけか。

「明子、こんなところで寝ていたのか。シャワーを浴びなさい」
「えっ、あ、あなた。戻って来てくれたの」
「違う。荷物を取りに来ただけだ。とにかくシャワーを浴びなさい。匂うぞ」
「…………」

そう言えば、隣の男とした後、シャワーも浴びて無かった。汗臭いし、あれも匂うのかな。
急いで、風呂場に行ってシャワーを浴びた。何とか夫がいるうちに出て、もう一度話をしないと。

急いでシャワーを浴びてお風呂場を出るとダイニングの椅子に夫が座って待っていた。
「あなた、待っていて下さったの」
「…明子。ブラジャーを取れ」
「えっ」
「今すぐに」

夫の目は笑っていなかった。私は仕方なく、ブラウスを脱ぎ、ブラを取った。

夫が近づいて来た。
「明子、これはなんだ。ここも、ここも、ここもだ」
「体を売ったのは一度や二度じゃないだろう。僕が帰って来た時、良く平気な顔をしていたものだな。
お前が寝ている時、あそこの内股にもキスマークが有った。お笑いだよ。
 僕に抱かれながら別の男の事でも思っていたか」
「そんな…」

「これにサインして送ってくれ。慰謝料は隣の男に請求する。お前は払えないだろうからな」

これって。離婚届。

「裁判に持ち込むのは勝手だ。一部の勝つ要素もお前にはないがな。子供の親権も当然僕だ。あの子が不憫だがな。それと、三ヶ月以内に出て行ってくれ。ここは売る。嫌な思いでしかないからな」
「…………」

「もう帰る。子供の学校のものは、また後で取りに来るがじゃまするなよ」

夫はそれだけ言うと、荷物を持って玄関から出て行った。

 涙も出なかった。ほんの軽い気持ちでしたことが、どれだけいけない事だったか、段々分かって来た。

 ずっと、自分だけ責めていた。だけどどうしてこうなったの。
山田さんの誘いに乗らなければ。私が欲を出さなければ。

警察に電話した。全部ばらして、スーパーの連中を道連れにしてやる。警察に行ったが証拠はあるのかと聞かれて、無いと答えるとそれでは、どうしようも無いと言われた。

隣の男のUSBは、合意によるものにしか見えないという事で証拠扱にならなかった。
 考え込んでいる私に婦人警官がとんでもない事を言った。
「高橋さん。あなたが行った行為は売春に当たります。刑罰の対象です。しかしあなたが、協力を…。されている所を踏込めば、証拠になるわ。それが出来るならあなたの行為を不問にしましょう」

「そんな…」

警察としては、一人の女性の売春の罪を追求するよりその元締めを逮捕した方がはるかに効果的だ。司法取引という程の事もない。
この女性は協力するだろう。




夫との事は、スーパーにはバレていない。月曜日普通に出勤した。山田さんが近づいて来た。
「高橋さん」
「あっ、山田さん。おはようございます」
「おはようございます。ねえ、お願いがあるのだけど」

あのことだろう。
「だめかな。午後四時から」

躊躇するようなそぶりを見せた後、下を向いて
「分かりました」
「本当。助かるわ」

パートが終わり一度、家に帰った時、担当の婦人警官に電話した。
「今日の午後四時です」
「分かりました」

いつものように事務所に行くと主任が、
「ご苦労様」
と言って、倉庫の扉を開けて奥の部屋に私を連れて行った。

「今日も一時間コースです。そこのマットに横になって下さい。アイマスクします」

言われた通りに横になった。アイマスクをされるとドアが閉まる音がした。

少ししてドアが開いて直ぐに締まる音がした。

「ふふふ、始めましょうか」
気持ち悪い声だった。

ゆっくりとブラウスのボタンが外されて、ブラが露わになる。ブラの上から手が強引に胸を掴んだ。
 この人あまり慣れていない様だ。

背中に手が回されてブラのホックが外され、胸が露わになった時、外が賑やかになった。
「なんだ」

男が手を止めた。その時、何人かの人が小屋に入って来た。直ぐにアイマスクを取って、ブラを胸にやると、目の前にあの婦人警官が居た。私を相手した男はもう連れ出されている。
「高橋さん。ご協力ありがとうございました。洋服を整えた後、署まで同行願います。事情聴取したいので。あっ、裏から出ますので」

私は警察でパートタイム主婦向け補助プログラムについて話した。関わっていた人達も。隣の男の事も。

解放されたのは、午後八時を過ぎていた。

疲れた。警察署の玄関を出ると見覚えのある人が立っていた。

「あなた」
「警察から色々聞いたよ」

立ち止まっている私に

「明子、帰るぞ」

涙が止めどもなく流れて来た。
「ごめんなさい。あなた」


 私は、これですべてが許されたのだと甘い気持ちを抱いたが、それが間違いだと直ぐに気付かされた。
家に帰ると主人の両親と子供が待っていた。私をまるで汚物の様に見るお義母さんの目。

「子供はやはり実家から学校に通わせましょう。淫乱屑女が触るとこの子が穢れるわ」
「………」
何も言う事ができなった。

お義父さんが口を開いた。
「お前はどうするんだ」
「子供には母親が必要だ。だが俺が居ない間にこの女がどんな事するか分からない。俺も子供を実家から通わせたい」
「そんな………」

「そうか。母さん。子供を連れて実家に帰ろう。必要な勉強道具と当面の洋服をまとめてくれ」
「分かりました」
お義母さんは、あらかじめ用意していたのだろうスーツケースを持ちながら子供部屋に入った。

夫は子供の事を考え、離婚しない事にすると言った。夫が出張中は勝手にしろとも。
私は夫が出張中、家で家事をして過ごした。でも何日もしていればやることが無くなる。

アルバイトをしたかったが、あの噂がどこまで近所に知られているのか分からず怖くてできなかった。

夜の営みが叶う事は無かった。当たり前の事。食事も食べてくれる日が少なくなった。
口も必要な事以外話さない。

 私は昼間の孤独と夫の態度が耐えられず、夫の実家に電話して子供に会いたいと言ったが、即行で拒否された。


 警察から家に戻って三ヶ月。私は離婚届をテーブルに置いて家を出た。



-――――

 始めは、事実を知った夫が高橋明子に一方的に別れを告げて離婚してというシナリオを描いたのですが、それでは、スーパーの補助プログラムの一味が野放しのままになると思い、後半を書き直しました。
 夫が甘すぎるというお考えの方多く居られると思います。でもこういう終わらせ方もありかなと考えて書いています。

 エピローグにしては少し長くなりました。

ちょっと頭休めに書いた短編小説です。
お楽しみ頂けましたでしょうか。

面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。


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