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9.アレス、また怒る

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まさかの風呂場で殴り合いをしている所を、大きな音で駆け付けた従者たちに見られ、アレスに強く殴られ気を失ったオルフェが運ばれていった。

アレスは怒りのままその辺りに捨て置けと命令したにも関わらず、従者たちはオルフェを自室へと運ぼうとした。それもなんだか気に食わず、自分のベッドに寝かすように指示をする。
真っ赤に腫れたオルフェの頬を見て、今回の花嫁候補滞在のために準備していた医者を従者が呼ぶ。

医者とは言っているが、普段はこの神の国でフラフラと遊んでばかりいる花の神だ。ミレイアという名の彼女は、花の良い香りがするシップをオルフェの体中に貼り、アレスを睨みつけた。
「人間相手に無理をしてはいけないよ。そんなことも知らないのかな、戦と勝利の神は」
カァっと来て再び手を上げかけるが、どうにか抑える。彼女に帰られてしまえば、人間を診る医者などいない。
医学を司る神もいるにはいるが、戦の神であるアレスとはとんでもなく仲が悪い。

ミレイアはそんなアレスの様子にため息を落とすと、そっとオルフェの髪を撫でた。
「いいかい。人間はもろいんだ。君がいつものような調子で殴ったりなんてしていたら、すぐに死んでしまうよ。君は、生贄を殺した神と不名誉な称号をもらうつもりなのかい?」
「こいつが先に、手を出した」
「だろうね。だが、見たところ、無理矢理なセックスでもしたんだろう?これだから、今まで奥手だった男は困る。本来男性の肛門は、出すところで入れるところじゃないんだ。セックスに使うならきちんと慣らして、しっかり準備しないといけない。いっそ、ディアンにでも習うといい」

「しかし、昨日は慣らさなくても入った」
「だから、昨日は媚薬を使ったんだろう?聞いたよ。まったく。神の薬を使ったんだ。おそらく痛みなんてほとんどないはずさ。おっと、しかし勘違いしてもらっては困る。神の媚薬なんてのは劇薬だ。使い続けると、精神をおかしくする。容量用法を守って正しく使ってくれよ」
では、あの酒を飲ませればいいとアレスが思ったのを分かったのか、先手を取ってミレイアが言う。

「さて」
ミレイアが医療道具をしまい、椅子から立ち上がる。
「肛門だけじゃない、中も切れている。薬を塗ったから明日の朝には治っているが、おそらく、この打撲と傷だ、熱を出すと思う。君のベッドを占領させる訳にもいかないだろう?今の内に移動させよう。彼は私の薬でぐっすり眠っているから。ほら、早く」

眠っているオルフェは、人形のように美しい。
真っ白な肌にかかる黒髪をどけると、苦しそうにオルフェの口が動く。真っ赤なそれに口づけたい気持ちを抑え、頬を撫でる。何回か殴ったため、痛々しいほどに腫れ、シップの貼られたそこ。

あれほど拒絶していたのは、本当に痛みからだったというのか。
昨日はあれほど乱れて求めていたくせに、今日の様子は全く違った。薬がなかったせいで、アレスのことを恐れて逃げようとしているのだと思ったが、違うのだろうか。
ならば、少し。ほんの少しばかり、酷いことをしてしまったのかもしれない。
いや、先に手を出したのはオルフェなのだが。

アレスもだいぶ殴られたし噛みつかれたし、とんでもないところを蹴り上げられもした。しかし、体格差だけでなく、そもそもが人と神。攻撃されてその場での痛みはあるが、傷が残るわけでもなし、痛みさえすぐに引いてしまう。
それを、同じように殴ったのはやりすぎだったかもしれない。

「よい」
アレスの短い言葉に、ミレイアが首をかしげる。花のように美しい桃色の髪がさらりと流れた。それをアレスは見て、ふと思う。ミレイアの髪も、美しいとは感じる。美しいもの、醜いもの、それが分からないほど無粋な神ではないつもりだ。
しかし、男の、それも自分を蹴り上げて、顔も腫れあがったような人間に対して、どうしてこんなに欲を感じるのか分からない。

一度抱いたからなのか。

「なんだい?変な顔をして」
「だから、良いと言っている。こいつはこのままここに寝かせる」

ミレイアが可笑しな表情をして固まる。
「あ、いや、でもね。彼はけが人なんだよ」
「今日、これ以上手を出したりはしない」
「うん。それは疑ってないけどね。こんな状態の彼に手を出したら、さすがの私もドン引きするけどね。そうじゃなくて、ゆっくり休めないだろう、君も彼も」
「構わない」

「だから……って、相も変わらず話の通じにくい男だな、君は。無理矢理犯されて、殴られて失神させられた相手と同じベッドになんて誰が寝たいと思うか!ということだよ。君のために言ってるんじゃない。彼のために言っているんだ。いいね。同じベッドに寝ることは、医者として許可できない」

お前の許しなど、誰が請うか。
アレスはそう言い返そうとして、ぐっと堪える。敵に回すと、色々とうるさく厄介な相手だ。昔からの馴染みの相手でもある。短気なアレスになんだかんだ言いながら付き合ってくれる貴重な相手だ。
アレスが拳を降ろしたのを見て、おや、とミレイアが首をかしげる。

「君の意見に真っ向から反対したから、殴られる覚悟くらいはしていたのだけど。まぁいい。君の部屋とつながって隣にもう一つベッドルームがあるだろう。今まで誰も使ったことのないゲストルーム。そこに寝かすことなら、許可しよう」

今まで使ったことはないが、常に掃除はされた綺麗な部屋だ。
分かったとアレスは頷く代わりに、オルフェを抱き上げた。
体が熱を持ち始めている。ミレイアの言ったことは本当なのだろう。
アレスはそっとその額に口づけると、そのまま隣室へと運んだ。

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