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第25話  二つの魔法薬と、俺 

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今日の昼前、騎士団は出発する。
もう朝だというのに、俺は非常にテンパっていた。

魔術書とやらを読み込んだのに、記憶を消す薬を作れない。ならば愛情だとかそんなのを消す薬を作ろうとしたが、そんなものは魔術書には載っていない。
やばい。このままだと俺が死んで、ランベールが後を追いかねない。百歩譲って後を追わなかったとしても、なんかランベールにまたトラウマ残しちゃう。
やばい。やばい。

「育った愛情というのはね、いかに神の霊薬だろうと消すことができないんだよ」
俺の上から魔術書を覗き込んで、サリエが言う。

「もしそんな便利な物があるなら、私はそれを使って君とランベールを引き裂いていたはずだよ」
「うーん。じゃあこの、記憶消す薬教えてよ。なんかうまくいかないんだよな」
ふん、とサリエが鼻を鳴らす。
「どおっして君は、君が死ぬための準備を、私が手伝うと思ってるの!」
「えぇー。いいじゃん。頼むよ」

コツン。
サリエは、青と赤の二つの瓶を取り出した。
「青い瓶は、記憶を消す薬。赤い瓶は、苦しまずに死ぬ薬」
「準備がいいな! 青いのをランベールが飲んで、赤いのを俺が飲むってこと?」
「違う。君は薬程度では死ねないよ。魔力のこもった剣か、悪魔の爪のようなものでしか、死ねない。だからこれは二つとも、ランベールに渡す」

二つの、瓶。
その中に入っている水薬。

「女神の言っていたことは本当だ。君はランベールと結婚することなく死ねば、その魂は消えることとなる。私は君が死んだら、ランベールにすべて話そうと思う」
「えっ」
「青い瓶の薬を飲めば、ランベールは君のことを忘れて生きていくだろう。きっと、ほどほどに幸せにね。でも、世界を救った君のことをランベールが救いたいと望めば、もし、君の魂が消えるまでに間に合えば」
冥婚、というんだ。サリエが語る。
「色々あって結ばれなかった相手が、死後に結ばれる。それを冥婚と言う。もし君が死んですぐにランベールがこの赤い薬を飲めば、君の魂が消える前に間に合えば。君たちの魂は結ばれ、生まれ変わって幸せな……」

がしゃん。
俺はその赤い瓶を、薙ぎ払うようにして机の上から落とした。
瓶の中の薬は床に沁みて、広がる。

「俺の覚悟、舐めんなよ」
「どうして!」
サリエが激昂する。いつもの端正な顔が、怒りに歪んだ。

「私は憎んだ。憎んだよ。大切な人を殺した王を、この世界を、私を救ってくれない救世主を。君だって憎んでいいんだ! 違う。幸せになっていいんだ! 幸せになれないというなら、大切な人を連れていってもいいじゃないか。どうして、どうしていつも、私たちだけがこんな思いをしなくちゃいけないんだ!」
「うん。そうだな」

俺はそっと、サリエを抱きしめる。
ごめんな。俺はこの男を、助けることはできない。
悪魔に堕ちたと言う人たちに、何をしてあげることもできない。

「君が死んで、めでたしめでたし? 君を守ると誓った騎士は、君のことを忘れて。王子と救世主は呑気に結婚して。めでたしめでたし? ねぇ。そんな世界、見たくないよ。私たち悪魔は、幸せにはなってはいけないの?」
「でも、俺はさ。今あるこの幸せを、壊したくないんだ。どうすればいいか分かんないけど。なぁ、サリエ。サリエは本当に、この国を、この世界を滅ぼしたい?」
「決まってる! 私は、こんな世界なんて……」
「きっと、迷いがあるんだろ」
おそらく。サリエが悪魔に堕ちきっていない理由は、魔力の高さだけではない。
迷っているのだ。悪魔に魂を売りながらも、この国を、愛している。だからきっと、俺が死ぬことを本気で止めない。
この悪魔は、優しすぎるのだ。
俺のことを思ってランベールに二つの薬を用意したり、俺の幸せを祈ったり。

「俺は、サリエの過去のことを聞かないし、聞くつもりはない。俺はそれを抱える自信はないからさ。でも、俺が言うのもなんだけど、サリエの救世主もきっとどこかにいるはずだよ。それは残念ながら、俺じゃなかったけど」
うん。静かに、サリエが頷く。
「最後まで、ありがとな。この薬、ちゃんとランベールに渡してくれ」
俺が青い瓶を視線で示すと、サリエは小さく、頷いた。



最後の瞬間をどこで迎えよう、なんて思って俺が選んだのは、あの森の小屋だった。
出発の準備に追われているだろう今、ランベールがここに来ることはない。
もう、出発までは時間がない。俺は見送りに行くつもりはなかった。
見送らずに、ここで死ぬつもりだった。

小屋に入ると、案の定そこには誰もいなかった。
窓から明るい陽射しが差し込んでいる。
光が差し込んだ机の上、見覚えのある布が、置いてある。

ドクン。
布、巾着袋。ルシアンが俺に渡し、俺がランベールに渡した、お守り。

ドクン。
そっと触れる。中には、俺の、違う。マサトの髪が、入ったまま。

ドクン。
ランベールはもう出発する。このお守りを取りにくる時間はないはずだ。

ドクン。
いらなかった? 俺のプロポーズは、迷惑だった?

ドクン。
違う。大丈夫だ、落ち着け。
ランベールはそんなことをする人じゃない。きっとうっかり忘れたとか、ここにもう一度来るつもりだったとか。

ドクン。
「くそっ」
ダメだ。
思考が悪い方に行ってしまう。そんなことはない。俺はランベールを信じる。俺を愛してると言ってくれたじゃないか。
俺が、俺、を……。

「くっそぉ」
ダメだ。
ランベールは俺の渡したお守りを置いていった。置いていったのだ。
俺のことを拒絶した。
俺なんて、いらない、と。

ギィイイイイ!
恐ろしい声が、小屋の外から響いてくる。
あぁ、悪魔が来た。
悪魔が、世界を滅ぼしに来たのだ。

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