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第22話 救世主と、俺
しおりを挟むルシアンは泣きやんだ後、俺に小さな巾着袋を渡した。
何を言うかと思えば、非常に簡単だ。
ランベールは失恋して自棄になって死のうとしてるので、俺がまだランベールのことを好きだって、帰りを待っていると伝えればいい。
要約するとそんな感じ。
つまり俺に、この巾着袋に髪を入れてランベールに渡してこいということだ。んでもって、あなたの帰りを待っています。帰ってきたら結婚しましょうと言う。ってこと。
ランベールは強い騎士だ。何度も悪魔と戦って勝っているし、国境へ行ったこともある。俺がそう伝えるだけで、今の悪魔であれば負けることはない、とのこと。
「無理だろ!」
恋人、もしくは恋人になっていない相手がこのお守りを渡すことは、女性側からの求婚になるという。
現代日本だったら、なんだか死亡フラグビンビンな設定だが、それだけでこの袋は強力なお守りになるそうだから侮れない。
「無理だろ」
旅立ちは1週間後。
つまりそれまでに決意を固めなくてはいけないのだ。
自分が死ぬか。マサトが死ぬか。
「あー、もう。もう!」
どうしろって言うんだよ。なんでこんなに悩まないといけないんだよ。
浮気したヤリチンは、悪魔の使いになって殺されるほどに悪いことだって言うのかよ。それほどまで俺は極悪人だってのかよ泉花ちゃんー!!
いや。俺が悪魔の使いに選ばれたのは泉花ちゃんの意思ではないってことだったよな。でもさ、結局俺が女神様に手を出したからこうなったんだろ。こうなったんだよな? あぁもう、俺にも誰か救世主来てよー! 誰か助けてよー!
とか騒いでも仕方ないので、俺は短刀をぐっと握って、寮から外へ出た。
コンコン。
こんな夜更けに、起きてはいないだろうか。
勝手知ったる王宮。そこに神殿直伝の魔術を覚えてしまった俺に、死角はない。
ということで、俺はマサトの部屋に忍び込んでいます。
目的は一つ。
ノックをしても返事がないため、俺は魔術で鍵を開けて中に入る。
広い広いベッドの上、そこで彼は眠っていた。
良かった。あの後ルシアンがマサトのところに来て一緒に寝ていたらヤバいところだった。男同士のセックス現場に居合わせるとか、どうしたらいいのか分かんねぇ。
足音を立てないように近づくと、俺はベッドの上に乗る。
高級なベッドにも関わらず、俺が乗るとギシッと音を立てる。
しかしマサトが起きる気配はなかった。
ふぅと俺は息を吐き、持ってきた短刀を振り上げる。
これしかない。すまないマサト君。俺はやっぱり、弱い。どうしようもなく弱い。ここで頑張っている君のようにはなれないんだ。
振り上げた短刀に迷いはもうない。
そのまま俺は、マサトの髪を一房切り取った。
パサリと散った髪を、俺はルシアンからもらった小さな巾着袋に入れる。
俺が最後にランベールにできるのは、きっとこれくらいだ。
「チトセ、さん?」
ふ、とマサトが目を覚ます。
おいおいおい。今のタイミングかよ!
俺は短刀を隠そうとしたが、ばっちりマサトには見られてしまった。けれどマサトは何か言うことなく、俺に抱きついてきた。
「良かった。戻ってきてくれたんだ!」
「ちょっ、マサト君!?」
「あのね。僕の力じゃダメだったんだ。悪魔が、悪魔が増え続けてる……どうしよう。ランベールさんが死んじゃうかもしれないんだって。どうしよう。どうしようチトセさん。僕、僕、どうすればいいのか、分からんない」
寝ぼけているのかもしれない。マサトは必死に俺に抱きつくと、そう言い放つ。
ごめん。
俺はそう言って、マサトを抱きしめ返した。
マサトは何も悪くない。何も苦しむ必要はない。俺が決断するのが遅くなったせいで、この幼い救世主まで苦しめてしまった。
「大丈夫だよ。俺がなんとかする。な?」
「ランベールさんを、助けてくれる?」
「俺にできるかなぁ」
「チトセさんじゃないと、できないよ。だから、僕の髪じゃ意味がないよ」
ドキリとした。
こいつ。寝ぼけたように見えて分かってやがったのか。
「な、なんの」
ふふ、とマサトが笑って、俺の隠した短刀を指差す。
「僕の髪をお守りに入れようとしたんでしょう。なんで? ランベールさんは僕の髪なんていらないと思うよ」
あー。と俺は唸る。目が泳いでいるせいか、マサトの追及には容赦がない。
上手い言い訳をしようと思うが、どうにも思いつかない。
仕方ない。俺はこの10歳くらい年下の少年に、白状しないといけないのかよ。
「俺より、救世主の髪の方が力がありそうだろ?」
悪魔の使いの髪なんて、悪魔を引き寄せてしまうだけじゃないのか。
ランベールに俺の髪なんて渡したら、本当にランベールが死んでしまうかもしれない。
俺はきっと、ランベールが旅立つと同時に命を絶つだろう。
けれどその前に、明日、俺はこのお守りをランベールに渡す。俺の気持ちと一緒に。それはきっと、最後に、死ぬ前にランベールに会いたいと願う俺のわがままだ。俺の弱さだ。
けれど俺が死んだ後、ランベールの手に俺の欠片があってはいけない。
悪魔の使いの欠片なんて、いらない。ランベールは幸せになるのだ。俺以外の、誰かと。
だから。だからこのお守りには。
「誰だって、好きな人が一番の救世主じゃないの?」
酷く純粋な瞳が俺を射抜く。
「僕にとってはルシアンが救世主だったみたいに。ランベールさんにとってはチトセさんが、チトセさんにはランベールさんが救世主だと思う。あの日のことのせいで、二人は別れたんでしょう。きっと僕には、二人に何かを言う資格はないと思う。二人が決めたなら、口出しはできないと思う。でも、僕、二人に、幸せになってほしい」
優しいな。どこまでも、マサトは。
俺はこうなれなかった。
俺がマサトみたいになれれば、世界は変わっていたのかもしれない。俺の手には、暖かい何かが残っていたのかもしれない。
「ありがとな、マサト」
けれどこれで、十分な気がした。
誰も愛してくれないと拗ねて、逃げていた俺を見つけてくれた人がいた。暖かい気持ちを、分け与えてくれた。
ならばきっとその人のためにできることをするのが、せめてもの俺の恩返しなんだろう。
いつの間にか俺の心には、ランベールが俺を選ばないことを恐れていた気持ちがなくなっていた。
あれほど逃げていたのに。
俺は世界の平和とランベールの命と天秤にかけられたら、どちらを取るだろう。きっとどちらも取ることができずに、自分の死を持って贖おうとしてしまうだろう。
きっとランベールも、同じ気持ちなのだ。
決して、俺のことを選ばなかった訳でも、俺を愛していなかった訳でもない。
俺たち、不器用だから。
どちらかを選べと言われ、選べなくなってしまう。選ばなかった方にこだわって動けなくなって、結局どちらも投げ捨ててしまう。
おそらく、マサトとルシアンは。
そんな選択を迫られた時に、両方選べる人なのだろう。
それが王子であり、救世主だ。
そしてそんな不器用な選択しかできないのが、騎士であり救世主のなりそこないだ。
「ありがとな。でもやっぱりこの髪、もらっていい?」
「どうして?」
「俺の髪を渡す勇気が、ないんだ。だからさ、俺がマサトの髪を持っていたい。そしたらなんか、勇気が出る気がするだろ? いい大人が、馬鹿みたいだって笑う?」
笑わないよ。マサトが呟く。
そうして俺の手を握って、そっと祈りを囁く。
「女神さま。どうかチトセさんとランベールさんに幸せを。どうか。どうかお願いします」
俺には、ランベールだけじゃない。
俺の幸せを願ってくれる人ができた。
それだけで、この世界に生まれ直した意味があるように思った。
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