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第5章:純血エルフの村

第45話 デュベの墓

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 二人のくだらないケンカを傍で見ていた朝陽は、もぞもぞと体を揺らす。
 フルーバの村に来てからずっと考えていたことがあった。おそらく、リヴィルの許可がないとできないことだ。つい先ほどまでリヴィルに毛嫌いされていた朝陽は、半ば諦め、言い出せずにいた。
 しかし今は違う。もしかしたら、リヴィルは朝陽の願いを聞き入れてくれるかもしれない。

 朝陽は意を決して口を開いた。

「あのっ、リヴィルさん。お、お願いがあります」
「なんだ。ソロモンの黒歴史ならいくらでも教えてやる」
「そ、そうではなくてですね。その。あのぉ……」

 しかし、気に入られたからと言って簡単に許されることでもないだろう。もしかしたらまた怒らせてしまうかもしれない。
 曖昧な言葉ばかりを発するアサヒに苛立ったリヴィルは、眉間にしわを寄せる。

「なんだ。はっきり言え」
「うぅ……」

 足元に黒猫がすり寄り、「ミアウ」と鳴いた。朝陽は黒猫を見下ろし、唾を飲みこむ。

「あの……っ。お願いします。フルーバの村に、一つお墓を建てさせてもらえませんか」
「墓? 誰の墓だ」
「えっと。アストレラ地区の魔王のお子さんです」
「なに……? 魔族の墓をわが村に、だと……?」

 リヴィルが低い声で唸ると、部屋の気温が下がった気がした。

 朝陽はカタカタ震えながら、説明する。
 朝陽とドロリスやデュベの関係。先日デュベが大魔王の呪いで亡くなったこと。デュベがエルフに憧れていたこと――。

 一通り朝陽の話を聞いたリヴィルは、ソチネを窺い見ながら顎をさすった。

「……ソロモンは、どう思う」
「私は何も言わないわ。あなたが決めて」
「ふむ……」

 リヴィルは、デュベの魂魄が入っている黒猫を観察した。はじめは警戒して足でつついていたが、無害だと判断したのか両手で撫でまわす。

「見たところ、魔族の子の魂魄に穢れはないようだ」

 冷静な表情と声とは裏腹に、リヴィルの猫を撫でる両手の動きが激しい。

「死んだ者はただの肉と骨の塊だ。そこに種族など存在しない。……そう考えることにする」

 目を見開く朝陽に、リヴィルが頷いた。

「好きなところに墓を建てろ。その子どもが喜びそうな場所へ。フルーバの景色がよく見える場所へ」
「リヴィルさん……ありがとうございます……本当に……」
「……お前は聖木を救ってくれた恩人だ。このくらいのことを許さないほど、私は狭量ではない」

 妖精が、墓を建てるのにオススメな場所を教えてくれた。色とりどりの小さな野花が風に揺れる、小高い丘の上。朝陽はそこに穴を掘り、黒猫の中にいるデュベの魂魄に呼びかける。

「デュベ。出ておいで」

 顔を出したデュベの魂魄は、すぐに墓には入らず、フルーバの村を一周してから戻って来た。楽しかったのか、魂魄がほんのり紅色に染まっている。
 フルーバの村を堪能した魂魄は、ふよふよと朝陽が掘った穴の中に入っていった。

 リヴィルが朝陽の元に訪れる。彼は、透明の石と百合の花を持っていた。

「フルーバの村では、愛する者が眠る場所に水晶と百合を添える。この子にもそれを」
「……ありがとうございます。リヴィルさん」

 朝陽の元いた世界に比べると質素でささやかな墓だが、きっとデュベは喜んでいるだろう。

 朝陽は黒猫を抱き、ドロリスを呼んだ。

《どうした》
「ドロリスさん。今、フルーバというエルフの村に来ています。そこに、デュベのお墓を建てました」
《おい。お前、そんなことをして許されるのか。エルフ族に殺されてしまうぞ》
「はい。村長のリヴィルさんに許可をいただきました。ほら、ドロリスさんも見てください」

 黒猫を通して、ドロリスの瞳にデュベの墓が映る。

《……美しい》
「ああ、気に入ってもらえてよかったです。お墓に入る前に、デュベの魂魄はフルーバの村を一周したんですよ。とても楽しそうでした。それに――」

 夢中で話す朝陽をドロリスが遮る。

《アサヒ》
「は、はいっ」
《ありがとう》
「……はいっ」

 黒猫は顔を上げ、リヴィルを見た。

《お前が、村に魔族の墓なんぞを建てることを許可した奇特なエルフか》
「ふむ。やはり私は魔族が嫌いだ」
《感謝する》
「……かまわん。子を亡くす悲しみに種族など関係あるまい。この子の墓は私が守ろう。だからお前は安心しろ」

 次に黒猫はソチネに声をかける。

《お前の話はアサヒからよく聞いている。こいつは案外我が強く世話をするのも大変だろうが、これからもよろしく頼む」
「なっ……。ど、どうして魔王がアサヒの保護者ぶってるの!? アサヒの保護者は私だし、アサヒの恋人も私だし、アサヒの――」
《……やはりアサヒから聞いた通りの女だな》

 黒猫は最後に、デュベの魂魄が眠る墓に顔を向けた。

《よかったな、デュベ。お前が憧れていたエルフの村だ。黒い草木しかないうちとは大違いだ。美しい景色は案外お前によく似合う。お前もアサヒに感謝しなさい。それに、アサヒをここに連れてきたヒト族と、この地で眠ることを許したエルフ族にも》

 墓土から伸びた茨が水晶に巻き付き、四輪の黒いバラの花が咲いた。
 黒猫は目を瞬き、バラの匂いを嗅ぐ。

《……魔族は礼をするときに黒いバラを贈る。これはデュベからお前たちへの感謝の気持ちだ。どうか受け取ってやってくれないか》

 ソチネとリヴィルは一輪ずつバラを手折り、そっと手で包んだ。
 朝陽は二輪手折り、一輪を黒猫に渡す。

「ドロリスさん。一輪はあなたに向けてですよ。お受け取り下さい」
「……ああ」

 一輪のバラが光り、消えた。ドロリスの元に召喚されたのだろう。
 ドロリスとの通信が切れた黒猫は、またただの猫になった。
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