上 下
40 / 63
第5章:純血エルフの村

第39話 残念壮年エルフ

しおりを挟む
 しかし、朝陽をソチネの婚約者だと信じているエルフたちが、朝陽を丁重にもてなしてくれたのは事実だった。翌朝村を歩いているときも、すれ違うエルフが立ち止まり、わざわざ挨拶をしてくれた。中には家の庭で積んだ野花の花束や果物を贈ってくれる者もいた。
 腕いっぱいの贈り物を抱えた朝陽が、ソチネの隣で参ったように呟いた。

「うーん。騙してるみたいで申し訳ないな……」
「大丈夫! いつかは本当になることなんだから」
「うん……?」

 怪訝な顔をする朝陽をよそに、ソチネは両腕を広げて気持ちよさそうに深呼吸をする。

「あー! フルーバの空気はいつ来てもおいしい~!」

 フルーバに来てからのソチネは本当に楽しそうだった。話しかけられてはエルフと一緒に笑い声を上げる。村を歩いているだけでも、ずっとニコニコ笑っていた。

 ソチネがソロモンだと知っているフルーバの村民には、ソチネは別人格を演じなくてもいい。また、正体を隠さなくていいので、普段のような窮屈な服を着る必要もない。町でいるときよりも気楽で楽しいことは、当然のことだろう。

 ひっきりなしにエルフに話しかけられているソチネに、朝陽は言った。

「ソチネさんは、フルーバの村で人気者なんですね」
「まあね。魔力が高い種族のエルフは魔術とも関りが深いの。だから昔から縁が深くてね。フルーバの村民とは特にそう」
「どうしてなんですか?」
「今から百三十年くらい前かな。私、当時の魔王に襲われてたこの村を救ったのよね。その日から英雄扱いされちゃって」
「そりゃ果物の山をいただくわけですね。いやあ、ほんとにすごい人なんだな、この人」

 朝陽とソチネがまったりとフルーバの村で過ごしていると、息を呑むほど美しい姿をした壮年の男性エルフが、大きく腕を振って全力ダッシュしてこっちにやって来るのが視界に入った。

 走りながら、彼は何かを叫んでいる。

「嘘だろあいつが番を見つけただとまさかそんなヒト族であいつに見合うやつなどいるわけがなかろう誰だそいつは顔を晒せぇぇぇぇーーーー!!」

 エルフと朝陽の目が合った。エルフは歯ぎしりをして、さらに足を速めた。
 そして朝陽の首を掴み、鼻と鼻がくっつきそうなほど顔を近づける。

「グェェェッ!」
「貴様がソロモンの番か!? どこの馬の骨だ、あぁ!? どうやってソロモンをかどわかしたぁ!」

 朝陽の顔が、窒息してだんだんと青くなっていく。こんな状況で問いかけに応えることもできず、朝陽はただ「あぅぅ」や「ぐはぁ」などという無意味な言葉を吐くので精一杯だった。

 見兼ねたソチネが、半笑いで壮年エルフを窘める。

「リヴィル。そろそろ離してあげないと、私の婚約者が死んじゃうわ。ぷぷ」

 その言葉にリヴィルが涙をぶわっと溢れさせ、朝陽を指さし喚き散らした。

「ソロモン!! なぜこのような冴えない男を番に!? 私に相談もなく、なぜ!!」
「あなたは私のお父さんなの? 違うわよね。ただの親友よね」
「親友だから言っている!! いいか!? どうせこの男もお前の端正な顔立ちと莫大な資産目当てで寄ってきただけに決まっている!! 今までお前が何人の男に資産と時間を奪われたと思っているんだ! その度に大泣きするお前の相手をする俺の気持ちにもなれ!!」

 反論できず、顔を真っ赤にして俯くソチネ。その様子からして、リヴィルの言ったことは本当のことのようだ。
 朝陽はリヴィルの腕を叩き、掠れた声で訴える。

「リヴィルさん……っ。違います、僕は……」
「お前の話など聞いていない!!」
「僕は……ソチネさんの魔術に惚れこんだんです……っ!!」

 リヴィルは目を見開き、疑いの目を向けたまま朝陽から手を離す。

「ほう。ソロモンの魔術に惚れただと? 顔でも資産でもなく?」
「ゲホッ……ガハァッ……。は……はい。ソチネさんの魔法陣や……ソチネさんの儀式をしているときの凛々しい姿……。あれほど美しいものを、僕は見たことがありません……。だから、ずっとソチネさんのそばでいたくて……」

 朝陽の胸ぐらを掴んでいた手を緩め、フッと笑うリヴィル。
 なんとか事なきを得たと思い安堵のため息を吐いた朝陽の頬に、力いっぱいの拳が飛んできた。

「そこは普通性格で惚れたと言うところだろうがぁ!!」
「ブアァァッ!」

 倒れた彼の前で仁王立ちするリヴィルの目は、いつ手を下してもおかしくないほど殺気立っていた。

 しかし、とリヴィルは顎をさすりながらソチネに視線を送る。

「これまでの男に比べたらまだマシな男だな。バカ正直なこいつと違い、今までの男は嘘で塗りつぶされた甘い言葉ばかり吐いていたようだからなあ。なあ、ソロモン?」

 ソチネはニッコリ笑い、返事をする代わりに地面を指さした。

「リヴィル。それ以上私の黒歴史をアサヒに暴露するつもりなら、足元の魔法陣を発動させるからね」

 リヴィルと朝陽は一目見て、それが腹をすかせたケルベロスのマリンちゃんがいる檻の中に繋がる転移魔法陣だと気付いた。朝陽は、短時間でこれほど完成度の高い魔法陣を描いたソチネにうっとり。一方リヴィルは、「仕置きにしてはキツすぎる!!」と大慌てで魔法陣から出た。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【毎日20時更新】銀の宿り

ユーレカ書房
ファンタジー
それは、魂が生まれ、また還るとこしえの場所――常世国の神と人間との間に生まれた青年、千尋は、みずからの力を忌むべきものとして恐れていた――力を使おうとすると、恐ろしいことが起こるから。だがそれは、千尋の心に呪いがあるためだった。 その呪いのために、千尋は力ある神である自分自身を忘れてしまっていたのだ。 千尋が神に戻ろうとするとき、呪いは千尋を妨げようと災いを振りまく。呪いの正体も、解き方の手がかりも得られぬまま、日照りの村を救うために千尋は意を決して力を揮うのだが………。  『古事記』に記されたイザナギ・イザナミの国生みの物語を背景に、豊葦原と常世のふたつの世界で新たな神話が紡ぎ出される。生と死とは。幸福とは。すべてのものが生み出される源の力を受け継いだ彦神の、真理と創造の幻想譚。

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

S級アイテムショップ店長の俺は、盗みにくる冒険者を配信しながら蹂躙する

桜井正宗
ファンタジー
 異世界マキシマイズのあるアイテムショップ店長・カインは、若くして起業。自前のお店を持っていた。店長クラスしか持ちえない『ダンジョン露店』ライセンスを持ち、ダンジョン内で露店が出来た。  だが、ダンジョン内ではアイテムを盗もうとする輩が後を絶たなかった。ダンジョン攻略を有利に進めたいからだ。……だが、カインは強かった。とにかく強かった。攻撃され、一定のHPになると『大店長』、『超店長』、『極店長』へとパワーアップ出来たのであった。その店長パワーでアイテムを盗み出す冒険者を蹂躙する――。

異世界おにぃたん漫遊記

ざこぴぃ。
ファンタジー
 希望高校一年の桃矢、早紀、舞の三人は防災訓練の途中で避難ルートから抜け出し、事故に合う。気が付くとそこは見たことのない山小屋だった。山小屋での生活を強いられていく中でそこが異世界であることに気付いた三人。 元の世界へと帰りたい早紀と、なぜか山小屋での生活を続けたい桃矢。 果たして三人はどうなってしまうのか。そして、その世界とは……!? 2023.2.1〜2023.7.25 著・雑魚ぴぃ イラスト・tampal様

アダルトショップごと異世界転移 〜現地人が大人のおもちゃを拾い、間違った使い方をしています〜

フーツラ
ファンタジー
 閉店間際のアダルトショップに僕はいた。レジカウンターには見慣れない若い女の子。少々恥ずかしいが、仕方がない。観念してカウンターにオナホを置いた時、突然店内に衝撃が走った。  そして気が付くと、青空の広がる草原にいた。近くにはポツンとアダルトショップがある。 「アダルトショップと一緒に異世界転移してしまったのか……!?」  異世界に散らばったアダルトグッズは現地人によって「神の品」として間違った扱いをされていた!  アダルトショップの常連、森宮と美少女店員三田が「神の品」を巡る混沌に巻き込まれていく!!

討妖の執剣者 ~魔王宿せし鉐眼叛徒~ (とうようのディーナケアルト)

LucifeR
ファンタジー
                その日、俺は有限(いのち)を失った――――  どうも、ラーメンと兵器とHR/HM音楽のマニア、顔出しニコ生放送したり、ギャルゲーサークル“ConquistadoR(コンキスタドール)”を立ち上げたり、俳優やったり色々と活動中(有村架純さん/東山紀之さん主演・TBS主催の舞台“ジャンヌダルク”出演)の中学11年生・LucifeRです!  本作は“小説カキコ”様で、私が発表していた長編(小説大会2014 シリアス・ダーク部門4位入賞作)を加筆修正、挿絵を付けての転載です。  作者本人による重複投稿になります。 挿絵:白狼識さん 表紙:ラプターちゃん                       † † † † † † †  文明の発達した現代社会ではあるが、解明できない事件は今なお多い。それもそのはず、これらを引き起こす存在は、ほとんどの人間には認識できないのだ。彼ら怪魔(マレフィクス)は、古より人知れず災いを生み出してきた。  時は2026年。これは、社会の暗部(かげ)で闇の捕食者を討つ、妖屠たちの物語である。                      † † † † † † †  タイトル・・・主人公がデスペルタルという刀の使い手なので。  サブタイトルは彼の片目が魔王と契約したことにより鉐色となって、眼帯で封印していることから「隻眼」もかけたダブルミーニングです。  悪魔、天使などの設定はミルトンの“失楽園”をはじめ、コラン・ド・プランシーの“地獄の事典”など、キリス〇ト教がらみの文献を参考にしました。「違う学説だと云々」等、あるとは思いますが、フィクションを元にしたフィクションと受け取っていただければ幸いです。  天使、悪魔に興味のある方、厨二全開の詠唱が好きな方は、良かったら読んでみてください! http://com.nicovideo.jp/community/co2677397 https://twitter.com/satanrising  ご感想、アドバイス等お待ちしています! Fate/grand orderのフレンド申請もお待ちしていますw ※)アイコン写真はたまに変わりますが、いずれも本人です。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し

gari
ファンタジー
 突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。  知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。  正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。  過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。  一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。  父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!  地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……  ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!  どうする? どうなる? 召喚勇者。  ※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。  

処理中です...