32 / 63
第4章:魔族の子
第31話 大魔王の呪い
しおりを挟む
◇◇◇
子守のために魔王城に呼び出された十回目の日、いつもと城の雰囲気が違った。灯ったり消えたりを繰り返す蝋燭。天井からぽたぽたと落ちる水滴。恐怖心を覚えるほど静かな空間。
玉座に座っているドロリスは、眠っているようにも死んでいるようにも見えた。彼女は口をほとんど動かさずに言葉を発する。
「来たか」
「あの。どうかしたんですか? 元気がないように見えます」
「……アサヒ。来てくれないか。デュベがお前に会いたがっている」
朝陽は首を傾げた。魔王城に呼び出されるのは、ドロリスの子の世話をするためだ。いつもであれば、魔王は当然のように子に会わせるのに、その時は一言朝陽に断った。
先ほどからずっと、いつもと違うことばかりが目につく。だからだろうか。朝陽はどうしようもなく不安になった。これから何か良くないことが起こりそうな、そんな予感がした。
ドロリスに連れられた先は、デュベ、ソフラン、ソチネの三人の寝室だった。
部屋の中に入った朝陽は、冷や汗を流す。
「こ、れは……」
朝陽の目に映ったのは、ベッドに横たわりうなされている、黒い瘴気を纏った子どもたちだった。
彼らに駆け寄った朝陽に、ドロリスが注意する。
「触れるなよ。お前にも呪いが移ってしまう」
「ドロリスさん……。どうしたんですかこの子たちは……っ」
感情の乗っていない声でドロリスは答えた。
「つい先日、大魔王の魂を持った者が生まれ落ちた」
「え……」
朝陽は、勇者パーティの魔法使いであるサルルが言っていた話を思い出した。
魔族のトップである大魔王は、百五十年前に勇者によって倒された。しかし大魔王も勇者同様、時を待てば転生者が現れる。
「……あの、ドロリスさん。大魔王が転生したことと、デュベたちが臥せっていることはなにか関係があるんでしょうか……?」
「大ありさ。大魔王が生を受けたから、私の可愛い子たちが臥せっている」
全身に痛みが走ったのか、ペトラが大声で泣き出した。ドロリスは、シーツをかきむしる彼女を抱き上げてあやす。
「今回の大魔王はなかなかに利己的なようでな。己が力を得るためであれば、同族であれど容赦するつもりはないらしい」
ドロリスが言うには、魔族には〝魔石〟や〝魂魄〟という、ヒト族にはない特別なモノがその身に宿っているそうだ。それらが大きければ大きいほど、強い力を得ることができる。
魔石や魂魄は己で鍛え磨くべきものなのだが、それでは時間がかかる上に限界がある。手っ取り早く強くなる方法、それが、同族からそれらを奪うことだった。
「魔族には努力を嫌う者も多い。だから同族同士の殺し合いが絶えないのさ」
朝陽は冷や汗を流す。
「まさか大魔王は……」
「同族の魔石と魂魄を片っ端から食らおうとしている。私のような力のある者は抗うことができるが、この子たちのように幼い者はそれができない」
デュベたちの体に纏わりついているのは、大魔王が放った呪い。抵抗するすべを持たない彼らは、苦しみながら死を待つしかない。
うっすら目を開けたデュベが、朝陽に気付き頬を緩めた。
「アサ……ヒ……。来て……くれた……」
伸ばされた手を掴もうとした朝陽をドロリスが阻む。
「触れるなと言っている。お前はこの子たちよりも弱いんだ。触れた途端に死ぬ」
「……治す方法は……ないんですか……」
「……少なくとも私は知らない。大魔王に逆らう方法など、私たちが知っているわけないだろう」
朝陽は目を擦り、声を絞り出す。
「この子たち……あと何日もちますか」
「……長くて三日ほどかな」
「分かりました。ドロリスさん。今すぐ僕を元の場所に戻してください」
涙を拭った朝陽の表情は、デュベたちの死を受け入れたようにはとても見えなかった。それどころか、諦めてたまるか、としかめっ面で唇を噛んでいる。
「おいアサヒ。何を考えている」
「大魔王に対抗する方法は、魔族よりもヒト族の方がよく知っているはずです」
「……おい、貴様。まさか我が子を助けようとしているのか」
ドロリスの問いかけに、朝陽は力強く頷いた。
「はい。僕はこの子たちを失いたくありません。なんとかして、助ける方法を見つけます」
「しかし……。ヒト族のお前がそんなことをしていいのか。魔族とヒト族は敵同士だぞ。お前が魔王の子を助けたとヒト族に知られたら、どうなるか……」
朝陽はムッとドロリスを睨みつけた。
「そんなことを言ってる場合ですか? あなたには僕のことを心配する余裕なんてないはずですよ」
「アサヒ……」
「時間がないんです。早く元の場所に」
「……分かった。しかしアサヒ、約束してくれ。このことは他言するなよ。私はお前が首を撥ねられるところなど見たくない」
朝陽が頷くと、ドロリスは不安そうな表情を浮かべながら指を鳴らした。
子守のために魔王城に呼び出された十回目の日、いつもと城の雰囲気が違った。灯ったり消えたりを繰り返す蝋燭。天井からぽたぽたと落ちる水滴。恐怖心を覚えるほど静かな空間。
玉座に座っているドロリスは、眠っているようにも死んでいるようにも見えた。彼女は口をほとんど動かさずに言葉を発する。
「来たか」
「あの。どうかしたんですか? 元気がないように見えます」
「……アサヒ。来てくれないか。デュベがお前に会いたがっている」
朝陽は首を傾げた。魔王城に呼び出されるのは、ドロリスの子の世話をするためだ。いつもであれば、魔王は当然のように子に会わせるのに、その時は一言朝陽に断った。
先ほどからずっと、いつもと違うことばかりが目につく。だからだろうか。朝陽はどうしようもなく不安になった。これから何か良くないことが起こりそうな、そんな予感がした。
ドロリスに連れられた先は、デュベ、ソフラン、ソチネの三人の寝室だった。
部屋の中に入った朝陽は、冷や汗を流す。
「こ、れは……」
朝陽の目に映ったのは、ベッドに横たわりうなされている、黒い瘴気を纏った子どもたちだった。
彼らに駆け寄った朝陽に、ドロリスが注意する。
「触れるなよ。お前にも呪いが移ってしまう」
「ドロリスさん……。どうしたんですかこの子たちは……っ」
感情の乗っていない声でドロリスは答えた。
「つい先日、大魔王の魂を持った者が生まれ落ちた」
「え……」
朝陽は、勇者パーティの魔法使いであるサルルが言っていた話を思い出した。
魔族のトップである大魔王は、百五十年前に勇者によって倒された。しかし大魔王も勇者同様、時を待てば転生者が現れる。
「……あの、ドロリスさん。大魔王が転生したことと、デュベたちが臥せっていることはなにか関係があるんでしょうか……?」
「大ありさ。大魔王が生を受けたから、私の可愛い子たちが臥せっている」
全身に痛みが走ったのか、ペトラが大声で泣き出した。ドロリスは、シーツをかきむしる彼女を抱き上げてあやす。
「今回の大魔王はなかなかに利己的なようでな。己が力を得るためであれば、同族であれど容赦するつもりはないらしい」
ドロリスが言うには、魔族には〝魔石〟や〝魂魄〟という、ヒト族にはない特別なモノがその身に宿っているそうだ。それらが大きければ大きいほど、強い力を得ることができる。
魔石や魂魄は己で鍛え磨くべきものなのだが、それでは時間がかかる上に限界がある。手っ取り早く強くなる方法、それが、同族からそれらを奪うことだった。
「魔族には努力を嫌う者も多い。だから同族同士の殺し合いが絶えないのさ」
朝陽は冷や汗を流す。
「まさか大魔王は……」
「同族の魔石と魂魄を片っ端から食らおうとしている。私のような力のある者は抗うことができるが、この子たちのように幼い者はそれができない」
デュベたちの体に纏わりついているのは、大魔王が放った呪い。抵抗するすべを持たない彼らは、苦しみながら死を待つしかない。
うっすら目を開けたデュベが、朝陽に気付き頬を緩めた。
「アサ……ヒ……。来て……くれた……」
伸ばされた手を掴もうとした朝陽をドロリスが阻む。
「触れるなと言っている。お前はこの子たちよりも弱いんだ。触れた途端に死ぬ」
「……治す方法は……ないんですか……」
「……少なくとも私は知らない。大魔王に逆らう方法など、私たちが知っているわけないだろう」
朝陽は目を擦り、声を絞り出す。
「この子たち……あと何日もちますか」
「……長くて三日ほどかな」
「分かりました。ドロリスさん。今すぐ僕を元の場所に戻してください」
涙を拭った朝陽の表情は、デュベたちの死を受け入れたようにはとても見えなかった。それどころか、諦めてたまるか、としかめっ面で唇を噛んでいる。
「おいアサヒ。何を考えている」
「大魔王に対抗する方法は、魔族よりもヒト族の方がよく知っているはずです」
「……おい、貴様。まさか我が子を助けようとしているのか」
ドロリスの問いかけに、朝陽は力強く頷いた。
「はい。僕はこの子たちを失いたくありません。なんとかして、助ける方法を見つけます」
「しかし……。ヒト族のお前がそんなことをしていいのか。魔族とヒト族は敵同士だぞ。お前が魔王の子を助けたとヒト族に知られたら、どうなるか……」
朝陽はムッとドロリスを睨みつけた。
「そんなことを言ってる場合ですか? あなたには僕のことを心配する余裕なんてないはずですよ」
「アサヒ……」
「時間がないんです。早く元の場所に」
「……分かった。しかしアサヒ、約束してくれ。このことは他言するなよ。私はお前が首を撥ねられるところなど見たくない」
朝陽が頷くと、ドロリスは不安そうな表情を浮かべながら指を鳴らした。
0
お気に入りに追加
62
あなたにおすすめの小説
異世界でも男装標準装備~性別迷子とか普通だけど~
結城 朱煉
ファンタジー
日常から男装している木原祐樹(25歳)は
気が付くと真っ白い空間にいた
自称神という男性によると
部下によるミスが原因だった
元の世界に戻れないので
異世界に行って生きる事を決めました!
異世界に行って、自由気ままに、生きていきます
~☆~☆~☆~☆~☆
誤字脱字など、気を付けていますが、ありましたら教えて頂けると助かります!
また、感想を頂けると大喜びします
気が向いたら書き込んでやって下さい
~☆~☆~☆~☆~☆
カクヨム・小説家になろうでも公開しています
もしもシリーズ作りました<異世界でも男装標準装備~もしもシリーズ~>
もし、よろしければ読んであげて下さい
暴虎馮河伝
知己
ファンタジー
神仙と妖が棲まう世界「神州」。だがいつしか神や仙人はその姿を消し、人々は妖怪の驚異に怯えて生きていた。
とある田舎町で目つきと口と態度の悪い青年が、不思議な魅力を持った少女と運命的に出会い、物語が始まる。
————王道中華風バトルファンタジーここに開幕!
目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜
楠ノ木雫
恋愛
病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。
病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。
元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!
でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?
※他の投稿サイトにも掲載しています。
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
悪役令嬢の騎士
コムラサキ
ファンタジー
帝都の貧しい家庭に育った少年は、ある日を境に前世の記憶を取り戻す。
異世界に転生したが、戦争に巻き込まれて悲惨な最期を迎えてしまうようだ。
少年は前世の知識と、あたえられた特殊能力を使って生き延びようとする。
そのためには、まず〈悪役令嬢〉を救う必要がある。
少年は彼女の騎士になるため、この世界で生きていくことを決意する。
玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~
やみのよからす
ファンタジー
病院で病死したはずの月島玲子二十五歳大学研究職。目を覚ますと、そこに広がるは広大な森林原野、後ろに控えるは赤いドラゴン(ニヤニヤ)、そんな自分は十歳の体に(材料が足りませんでした?!)。
時は、自分が死んでからなんと三千万年。舞台は太陽系から離れて二百二十五光年の一惑星。新しく作られた超科学なミラクルボディーに生前の記憶を再生され、地球で言うところの中世後半くらいの王国で生きていくことになりました。
べつに、言ってはいけないこと、やってはいけないことは決まっていません。ドラゴンからは、好きに生きて良いよとお墨付き。実現するのは、はたは理想の社会かデストピアか?。
月島玲子、自重はしません!。…とは思いつつ、小市民な私では、そんな世界でも暮らしていく内に周囲にいろいろ絆されていくわけで。スーパー玲子の明日はどっちだ?
カクヨムにて一週間ほど先行投稿しています。
書き溜めは100話越えてます…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる