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第3章:魔術師ソロモン

第26話 勇者との再会

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 ◇◇◇

 ソチネは魔術の研究スイッチが入ってしまうと、眠りもしないし食事もとらなくなる。いつもであれば、隙あらば抱きつこうとする朝陽にさえ反応せず、黙々と実験しながら紙に何かを書いている。

「ソチネさん。買出しに行こうと思うんですが、何か必要な物ありますか?」

 朝陽の問いかけに、ソチネは薬草をすり潰しながらうわの空で応える。

「……えっと、カエルの天日干しと、スライムの体液……インプの血液、マンドラゴラと……マーメイドの鱗……ケットシーの目玉……ゴブリンのフン……あと、ヘビの抜け殻と……ヒミュルの蔦……」

 メモをとりながら、朝陽はグロテスクなものばかりの注文に「ゲェ」と顔をしかめた。

 ソチネに頼まれた物を買うために、朝陽は久しぶりに冒険者ギルドに顔を出した。
 そこで彼は、二度と見たくないと思っていた顔と鉢合わせてしまった。

「うっわー……」

 マッチョと美女二人を連れているこのイケメンの顔を、朝陽は何度夢で見ただろう。
 勇者も朝陽に気付き、あんぐりと口を開ける。

「な……っ、き、貴様……アサヒ……!?」

 踵を返してギルドを出ようとした朝陽の肩を勇者が掴んだ。

「お、お前、なぜ生きているんだ……! 魔王はどうした?」

 朝陽の周りを、ダイア、エルム、サルルが取り囲む。勇者の気が済むまで帰してくれなさそうだと悟った朝陽は、諦めて勇者と向き合った。

「逃がしてもらったんだ。勇者はどうしてここに?」

 呼び捨ての上に敬語も使わない朝陽の言葉遣いに、勇者の眉がピクリと動く。

「お前はまだ俺にそんな口を利くのか」
「初対面の人と尊敬する人にしか丁寧に話さないよ、僕は」
「貴様ぁ……」

 殺してやろうかと言いたいのだろうが、他の冒険者がわんさかいる前では本性を出すつもりはないようだ。
 勇者は咳ばらいをして、朝陽の質問に答える。

「人を探している」
「そうなんだ。頑張って。じゃ」

 立ち去ろうとした朝陽を、今度はダイアが引き留める。

「おい。どうやって魔王に逃がしてもらったんだ?」
「君たちに話す気はない。そろそろ帰してくれるかな」

 次はサルルが朝陽の腕にしがみついた。

「アサヒー! 私、アサヒにまたローラーしてほしいよ! だって今のローラー全然ダメなんだもん。ごはんはおいしくないしね、鎧も磨いてくれないし、見張り中にイビキかいて寝るんだよ~? アサヒは良い子だったから、今でもサルルのお気に入りだよ! 生きてて良かった! だから戻って来て!」

 朝陽はまじまじとサルルを見て、首を傾げる。

「僕が君たちのパーティに戻りたいと思う?」
「うん! この前のことは許してあげるから、戻っておいでよ!」
「そっかそっか。僕はこの前のことを許してないから、戻らないよ」

 最後はエルムが朝陽の前に立ちはだかった。

「アサヒ。あなた、まさか命惜しさにあの伝説級の魔法スクロールを魔王に渡してないわよね?」
「どうして? まあ、欲しいと言われたけど」

 エルムは舌打ちして朝陽の襟首を掴んだ。

「なんてことを! それじゃあ、さらにあの魔王が強くなっちゃったじゃない!! ちょっとは他の人のことを考えなさいよ! 次も魔王に負けたらあんたのせいだからね!!」

 朝陽はこれ見よがしにため息を吐き、エルムの手を払う。

「渡してないよ。魔王は話の分かる人だったから、代替のもので我慢してくれた。君たちとは違ってね」
「あんた……さっきから私たちにどんな態度を取ってるか分かってる? 人目があるからって調子に乗りすぎよ」

 このくだらないやりとりはいつまで続くのだろうとうんざりした朝陽があたりを見回すと、たまたまその場に居合わせたナナライパーティと目が合った。
 彼女たちは朝陽たちの様子を心配そうに見ている。オウンとピヴルは、朝陽を助けに行こうと思案しているのか、腰が少し浮いていた。

 朝陽はナナライパーティに「来るな」と目で合図した。

(こんな厄介なやつらにナナライパーティを巻き込んでたまるか)

 冒険者ギルド内の視線はほとんど朝陽と勇者パーティに集まっている。目立ちたくない朝陽にとっては地獄の空間だった。

 もう充分言葉を交わしたはずなのに、勇者パーティは朝陽を逃がす気はないようだ。
 それもそうだろう。朝陽は勇者パーティの本性を知っている上に、彼らに恨みを持つ人間だ。何を言いふらされるか分からない。
 それに、朝陽は魔王の手から逃れてきた不思議な異世界人だ。再びローラーとして手元に置き、いざというときのために囮にしたいという気持ちもあるのだろう。

(困ったなあ。せっかく勇者のことを忘れて新しい生活を楽しんでたのに……。逃がしてもらえるのか、これ……)
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