上 下
11 / 63
第1章:魔王討伐

第11話 質

しおりを挟む
 朝陽と魔王は、支え合いながら逃げ出す勇者パーティを無言で眺める。
 彼らが魔王の間を去ると、静かな空間に様変わりした。

「……」
「……」

 怒涛のごとくさまざまな出来事があったのに、朝陽は今、自分よりも少しばかり背が高いだけの華奢な女性にお姫様だっこをされていることについてしか考えられなかった。

(ええええ~……っ。初めて会った女の人にお姫様だっこされてるんだけど……っ。どどどどうしよう。重くないかな僕……。こんなことならさっきあんなにも食べなければよかった)

「仲間に売られたばかりだというのに、何を乙女なことを考えているんだお前は」
「ひっ!? どどどどうしてそれを!?」
「ヒト族の思考を読むことなど容易い。それだけのことだ」

 魔王は朝陽を玉座に座らせ、仁王立ちした。

「人間。同族に裏切られた気分はどうだ?」
「はあ。ショックでしたが、元からそういう役割だったようで……」
「……」
「……」

 無表情の魔王が何を考えているのか、朝陽にはさっぱり分からない。

「……あの、僕、食べられるんですかね」
「いや。お前の肉は体に悪そうだ。薬漬けされた臭いがする」
「食品添加物ですかね……。確かにこの世界の食事は、余計な添加物が入っていないし、新鮮で美味しいです……」

 力なく笑う朝陽に、魔王は呆れた目を向ける。

「やはり異世界人か。全く、お前たち異世界人は、いつもこんな扱いを受けているな」

 どうやら魔王は朝陽を食うつもりはないらしい。

「じゃ、じゃあ……奴隷にでもされてしまうんでしょうか……」
「ふむ。それも悪くないな。ちょうど昨晩、六百三十七人目の子どもが生まれたばかりなんだ。世話役でもさせようか。……しかしここにはヒト族に合う食事がない。一週間で死んでしまう。それじゃあ世話ができなくなる」

 魔王はしばらく考え、指を鳴らした。

「そうだ。お前のことは解放してやる。その代わり、私が呼べばここに来て子どもの世話をしろ」
「子守ですか。それで命が助かるのなら」
「しかし、お前が約束を守るかどうかは分からん。質を置いていけ」
「質……ですか……? そんな、人質になってくれるような人なんて僕にはいませんよ。メロスじゃあるまいし」

 自嘲的に笑う朝陽を横目に、魔王は彼の鞄を指さした。

「ヒトに限らなくて良い。あるだろう。ソレを寄越せ。あと二つ残っている、お前の大切なモノを」

 朝陽の顏から血の気が引いた。魔王が求めているのは、間違いなく生徒の習字作品だ。湊の作品を失っただけでも立ち直れないほどの悲しみに暮れているのに、朱莉と美香の作品まで手放さなければならないなんて耐えられない。

「あの……他のものじゃだめですか……? この作品は、僕の生徒にとっての大切なものであり、僕にとっても大切なものなんです……」
「お前にとって大切なものだから寄越せと言っている。それに非常に上質な魔法スクロールだしな。私はそれが欲しい」

 朝陽は鞄を抱きしめ、首を横に振る。

「お願いします……。他のものを……」
「ほう。ソレは自分の命よりも大切なのか?」
「そう言われると……言葉に詰まりますが……」

 しかし魔王は代替案を考える気はないようで、仁王立ちしたまま真っすぐと朝陽を見据えるだけだった。

「あの……っ。じゃ、じゃあ。僕が書いたものではいけませんか? この作品と同じ字を書きますから……」

 朝陽がダメ元で提案してみると、予想外に魔王が興味を示した。

「ほう。お前も同じものを作りだせると? やってみよ。このスクロールを真似ろ。私はこれが気に入ったのでな」
「は、はいっ」

 朝陽は床に正座して書道道具を広げた。下敷きの上に半紙を載せ、筆に墨汁を含ませる。
 彼が筆を握った瞬間、魔王はその場の時が止まったように感じた。
 朝陽が異世界の文字を書き上げるまで、魔王は呼吸も忘れ見入っていた。

「……素晴らしい」

「なかよし」と書き上げられた、ほんのり透ける白い紙を差し出され、魔王は両手でそっと受け取った。
 朝陽は不安げな目を向ける。

「ど、どうでしょうか……」
「残念なことに、これには魔力がこもっていないな。つまり魔法スクロールとして機能していない」
「うう……。僕に魔力がないからだ……」

 しかし、と魔王は顔を上げ微笑んだ。

「気に入った。私はこれが欲しい」

 顔をほころばせた朝陽に、魔王は含み笑いをする。

「そんな顔を私の前でしたヒト族はお前だけだ」
「あっ、す、すみません」
「なぜ謝る。私はお前のことも気に入った。……では、コレは質として預かっておくから、私が呼んだらすぐに来い。分かったな?」

 魔王が指を鳴らすと、朝陽の足元に魔法陣が浮かび上がった。

「乗れ。元いた世界には戻してやれんが、お前が召喚された町には戻してやろう」

 ついでにこれも持っていけと言って、魔王は勇者パーティが置き捨てたリュックを朝陽に背負わせた。

「それを売れば二束三文にはなるだろう。では、しばらくの間さらばだ、アサヒ」

 空間がぐにゃりと歪む感覚に襲われた。ぼやける視界と聴覚の中、魔王が「なかよし」をどこの壁に飾ろうか思案している独り言が聞こえ、朝陽は思わず口元を緩めた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【毎日20時更新】銀の宿り

ユーレカ書房
ファンタジー
それは、魂が生まれ、また還るとこしえの場所――常世国の神と人間との間に生まれた青年、千尋は、みずからの力を忌むべきものとして恐れていた――力を使おうとすると、恐ろしいことが起こるから。だがそれは、千尋の心に呪いがあるためだった。 その呪いのために、千尋は力ある神である自分自身を忘れてしまっていたのだ。 千尋が神に戻ろうとするとき、呪いは千尋を妨げようと災いを振りまく。呪いの正体も、解き方の手がかりも得られぬまま、日照りの村を救うために千尋は意を決して力を揮うのだが………。  『古事記』に記されたイザナギ・イザナミの国生みの物語を背景に、豊葦原と常世のふたつの世界で新たな神話が紡ぎ出される。生と死とは。幸福とは。すべてのものが生み出される源の力を受け継いだ彦神の、真理と創造の幻想譚。

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

異世界おにぃたん漫遊記

ざこぴぃ。
ファンタジー
 希望高校一年の桃矢、早紀、舞の三人は防災訓練の途中で避難ルートから抜け出し、事故に合う。気が付くとそこは見たことのない山小屋だった。山小屋での生活を強いられていく中でそこが異世界であることに気付いた三人。 元の世界へと帰りたい早紀と、なぜか山小屋での生活を続けたい桃矢。 果たして三人はどうなってしまうのか。そして、その世界とは……!? 2023.2.1〜2023.7.25 著・雑魚ぴぃ イラスト・tampal様

アダルトショップごと異世界転移 〜現地人が大人のおもちゃを拾い、間違った使い方をしています〜

フーツラ
ファンタジー
 閉店間際のアダルトショップに僕はいた。レジカウンターには見慣れない若い女の子。少々恥ずかしいが、仕方がない。観念してカウンターにオナホを置いた時、突然店内に衝撃が走った。  そして気が付くと、青空の広がる草原にいた。近くにはポツンとアダルトショップがある。 「アダルトショップと一緒に異世界転移してしまったのか……!?」  異世界に散らばったアダルトグッズは現地人によって「神の品」として間違った扱いをされていた!  アダルトショップの常連、森宮と美少女店員三田が「神の品」を巡る混沌に巻き込まれていく!!

第三王子に転生したけど、その国は滅亡直後だった

秋空碧
ファンタジー
人格の九割は、脳によって形作られているという。だが、裏を返せば、残りの一割は肉体とは別に存在することになる この世界に輪廻転生があるとして、人が前世の記憶を持っていないのは――

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し

gari
ファンタジー
 突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。  知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。  正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。  過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。  一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。  父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!  地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……  ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!  どうする? どうなる? 召喚勇者。  ※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。  

金貨増殖バグが止まらないので、そのまま快適なスローライフを送ります

桜井正宗
ファンタジー
 無能の落ちこぼれと認定された『ギルド職員』兼『ぷちドラゴン』使いの『ぷちテイマー』のヘンリーは、職員をクビとなり、国さえも追放されてしまう。  突然、空から女の子が降ってくると、キャッチしきれず女の子を地面へ激突させてしまう。それが聖女との出会いだった。  銀髪の自称聖女から『ギフト』を貰い、ヘンリーは、両手に持てない程の金貨を大量に手に入れた。これで一生遊んで暮らせると思いきや、金貨はどんどん増えていく。増殖が止まらない金貨。どんどん増えていってしまった。  聖女によれば“金貨増殖バグ”だという。幸い、元ギルド職員の権限でアイテムボックス量は無駄に多く持っていたので、そこへ保管しまくった。  大金持ちになったヘンリーは、とりあえず念願だった屋敷を買い……スローライフを始めていく!?

処理中です...