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第1章:魔王討伐
第11話 質
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朝陽と魔王は、支え合いながら逃げ出す勇者パーティを無言で眺める。
彼らが魔王の間を去ると、静かな空間に様変わりした。
「……」
「……」
怒涛のごとくさまざまな出来事があったのに、朝陽は今、自分よりも少しばかり背が高いだけの華奢な女性にお姫様だっこをされていることについてしか考えられなかった。
(ええええ~……っ。初めて会った女の人にお姫様だっこされてるんだけど……っ。どどどどうしよう。重くないかな僕……。こんなことならさっきあんなにも食べなければよかった)
「仲間に売られたばかりだというのに、何を乙女なことを考えているんだお前は」
「ひっ!? どどどどうしてそれを!?」
「ヒト族の思考を読むことなど容易い。それだけのことだ」
魔王は朝陽を玉座に座らせ、仁王立ちした。
「人間。同族に裏切られた気分はどうだ?」
「はあ。ショックでしたが、元からそういう役割だったようで……」
「……」
「……」
無表情の魔王が何を考えているのか、朝陽にはさっぱり分からない。
「……あの、僕、食べられるんですかね」
「いや。お前の肉は体に悪そうだ。薬漬けされた臭いがする」
「食品添加物ですかね……。確かにこの世界の食事は、余計な添加物が入っていないし、新鮮で美味しいです……」
力なく笑う朝陽に、魔王は呆れた目を向ける。
「やはり異世界人か。全く、お前たち異世界人は、いつもこんな扱いを受けているな」
どうやら魔王は朝陽を食うつもりはないらしい。
「じゃ、じゃあ……奴隷にでもされてしまうんでしょうか……」
「ふむ。それも悪くないな。ちょうど昨晩、六百三十七人目の子どもが生まれたばかりなんだ。世話役でもさせようか。……しかしここにはヒト族に合う食事がない。一週間で死んでしまう。それじゃあ世話ができなくなる」
魔王はしばらく考え、指を鳴らした。
「そうだ。お前のことは解放してやる。その代わり、私が呼べばここに来て子どもの世話をしろ」
「子守ですか。それで命が助かるのなら」
「しかし、お前が約束を守るかどうかは分からん。質を置いていけ」
「質……ですか……? そんな、人質になってくれるような人なんて僕にはいませんよ。メロスじゃあるまいし」
自嘲的に笑う朝陽を横目に、魔王は彼の鞄を指さした。
「ヒトに限らなくて良い。あるだろう。ソレを寄越せ。あと二つ残っている、お前の大切なモノを」
朝陽の顏から血の気が引いた。魔王が求めているのは、間違いなく生徒の習字作品だ。湊の作品を失っただけでも立ち直れないほどの悲しみに暮れているのに、朱莉と美香の作品まで手放さなければならないなんて耐えられない。
「あの……他のものじゃだめですか……? この作品は、僕の生徒にとっての大切なものであり、僕にとっても大切なものなんです……」
「お前にとって大切なものだから寄越せと言っている。それに非常に上質な魔法スクロールだしな。私はそれが欲しい」
朝陽は鞄を抱きしめ、首を横に振る。
「お願いします……。他のものを……」
「ほう。ソレは自分の命よりも大切なのか?」
「そう言われると……言葉に詰まりますが……」
しかし魔王は代替案を考える気はないようで、仁王立ちしたまま真っすぐと朝陽を見据えるだけだった。
「あの……っ。じゃ、じゃあ。僕が書いたものではいけませんか? この作品と同じ字を書きますから……」
朝陽がダメ元で提案してみると、予想外に魔王が興味を示した。
「ほう。お前も同じものを作りだせると? やってみよ。このスクロールを真似ろ。私はこれが気に入ったのでな」
「は、はいっ」
朝陽は床に正座して書道道具を広げた。下敷きの上に半紙を載せ、筆に墨汁を含ませる。
彼が筆を握った瞬間、魔王はその場の時が止まったように感じた。
朝陽が異世界の文字を書き上げるまで、魔王は呼吸も忘れ見入っていた。
「……素晴らしい」
「なかよし」と書き上げられた、ほんのり透ける白い紙を差し出され、魔王は両手でそっと受け取った。
朝陽は不安げな目を向ける。
「ど、どうでしょうか……」
「残念なことに、これには魔力がこもっていないな。つまり魔法スクロールとして機能していない」
「うう……。僕に魔力がないからだ……」
しかし、と魔王は顔を上げ微笑んだ。
「気に入った。私はこれが欲しい」
顔をほころばせた朝陽に、魔王は含み笑いをする。
「そんな顔を私の前でしたヒト族はお前だけだ」
「あっ、す、すみません」
「なぜ謝る。私はお前のことも気に入った。……では、コレは質として預かっておくから、私が呼んだらすぐに来い。分かったな?」
魔王が指を鳴らすと、朝陽の足元に魔法陣が浮かび上がった。
「乗れ。元いた世界には戻してやれんが、お前が召喚された町には戻してやろう」
ついでにこれも持っていけと言って、魔王は勇者パーティが置き捨てたリュックを朝陽に背負わせた。
「それを売れば二束三文にはなるだろう。では、しばらくの間さらばだ、アサヒ」
空間がぐにゃりと歪む感覚に襲われた。ぼやける視界と聴覚の中、魔王が「なかよし」をどこの壁に飾ろうか思案している独り言が聞こえ、朝陽は思わず口元を緩めた。
彼らが魔王の間を去ると、静かな空間に様変わりした。
「……」
「……」
怒涛のごとくさまざまな出来事があったのに、朝陽は今、自分よりも少しばかり背が高いだけの華奢な女性にお姫様だっこをされていることについてしか考えられなかった。
(ええええ~……っ。初めて会った女の人にお姫様だっこされてるんだけど……っ。どどどどうしよう。重くないかな僕……。こんなことならさっきあんなにも食べなければよかった)
「仲間に売られたばかりだというのに、何を乙女なことを考えているんだお前は」
「ひっ!? どどどどうしてそれを!?」
「ヒト族の思考を読むことなど容易い。それだけのことだ」
魔王は朝陽を玉座に座らせ、仁王立ちした。
「人間。同族に裏切られた気分はどうだ?」
「はあ。ショックでしたが、元からそういう役割だったようで……」
「……」
「……」
無表情の魔王が何を考えているのか、朝陽にはさっぱり分からない。
「……あの、僕、食べられるんですかね」
「いや。お前の肉は体に悪そうだ。薬漬けされた臭いがする」
「食品添加物ですかね……。確かにこの世界の食事は、余計な添加物が入っていないし、新鮮で美味しいです……」
力なく笑う朝陽に、魔王は呆れた目を向ける。
「やはり異世界人か。全く、お前たち異世界人は、いつもこんな扱いを受けているな」
どうやら魔王は朝陽を食うつもりはないらしい。
「じゃ、じゃあ……奴隷にでもされてしまうんでしょうか……」
「ふむ。それも悪くないな。ちょうど昨晩、六百三十七人目の子どもが生まれたばかりなんだ。世話役でもさせようか。……しかしここにはヒト族に合う食事がない。一週間で死んでしまう。それじゃあ世話ができなくなる」
魔王はしばらく考え、指を鳴らした。
「そうだ。お前のことは解放してやる。その代わり、私が呼べばここに来て子どもの世話をしろ」
「子守ですか。それで命が助かるのなら」
「しかし、お前が約束を守るかどうかは分からん。質を置いていけ」
「質……ですか……? そんな、人質になってくれるような人なんて僕にはいませんよ。メロスじゃあるまいし」
自嘲的に笑う朝陽を横目に、魔王は彼の鞄を指さした。
「ヒトに限らなくて良い。あるだろう。ソレを寄越せ。あと二つ残っている、お前の大切なモノを」
朝陽の顏から血の気が引いた。魔王が求めているのは、間違いなく生徒の習字作品だ。湊の作品を失っただけでも立ち直れないほどの悲しみに暮れているのに、朱莉と美香の作品まで手放さなければならないなんて耐えられない。
「あの……他のものじゃだめですか……? この作品は、僕の生徒にとっての大切なものであり、僕にとっても大切なものなんです……」
「お前にとって大切なものだから寄越せと言っている。それに非常に上質な魔法スクロールだしな。私はそれが欲しい」
朝陽は鞄を抱きしめ、首を横に振る。
「お願いします……。他のものを……」
「ほう。ソレは自分の命よりも大切なのか?」
「そう言われると……言葉に詰まりますが……」
しかし魔王は代替案を考える気はないようで、仁王立ちしたまま真っすぐと朝陽を見据えるだけだった。
「あの……っ。じゃ、じゃあ。僕が書いたものではいけませんか? この作品と同じ字を書きますから……」
朝陽がダメ元で提案してみると、予想外に魔王が興味を示した。
「ほう。お前も同じものを作りだせると? やってみよ。このスクロールを真似ろ。私はこれが気に入ったのでな」
「は、はいっ」
朝陽は床に正座して書道道具を広げた。下敷きの上に半紙を載せ、筆に墨汁を含ませる。
彼が筆を握った瞬間、魔王はその場の時が止まったように感じた。
朝陽が異世界の文字を書き上げるまで、魔王は呼吸も忘れ見入っていた。
「……素晴らしい」
「なかよし」と書き上げられた、ほんのり透ける白い紙を差し出され、魔王は両手でそっと受け取った。
朝陽は不安げな目を向ける。
「ど、どうでしょうか……」
「残念なことに、これには魔力がこもっていないな。つまり魔法スクロールとして機能していない」
「うう……。僕に魔力がないからだ……」
しかし、と魔王は顔を上げ微笑んだ。
「気に入った。私はこれが欲しい」
顔をほころばせた朝陽に、魔王は含み笑いをする。
「そんな顔を私の前でしたヒト族はお前だけだ」
「あっ、す、すみません」
「なぜ謝る。私はお前のことも気に入った。……では、コレは質として預かっておくから、私が呼んだらすぐに来い。分かったな?」
魔王が指を鳴らすと、朝陽の足元に魔法陣が浮かび上がった。
「乗れ。元いた世界には戻してやれんが、お前が召喚された町には戻してやろう」
ついでにこれも持っていけと言って、魔王は勇者パーティが置き捨てたリュックを朝陽に背負わせた。
「それを売れば二束三文にはなるだろう。では、しばらくの間さらばだ、アサヒ」
空間がぐにゃりと歪む感覚に襲われた。ぼやける視界と聴覚の中、魔王が「なかよし」をどこの壁に飾ろうか思案している独り言が聞こえ、朝陽は思わず口元を緩めた。
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