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第四章

第43話 幸せな毎日

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 ムミィが私の元を去り四カ月が経った。ムミィと出会ったあの日からちょうど一年。
 今日で、私の厄年が終わる。

 ふかふかのベッドから出てカーテンを開けると、目が潰れそうなほど眩しい太陽が部屋の中を照らす。私は青空に向かって伸びをして、体全体で太陽のあたたかさを感じた。

「んあー。朝日が気持ちいいわあ」

 青い空を見ると気分が明るくなる。曇り空は心が落ち着く。雨の日は花に水をやらなくていいから楽ができる。
 どんな天気でも気分が上がるから幸せだと、毎日自分に言い聞かせて一日を始める。

 枯れない花を挿した花瓶の傍で、さっと朝食をとってから仕事のために家を出た。
 再び職を失った私は就職活動をしなかった。その代わりに、菓子製造業の営業許可を取得しているレンタルキッチンと契約を結び、週に三回クッキーを作り、ネットショップで販売している。

 神産の食材や物を販売していたこともあり、私の知名度はまあまあ高かったので、クッキーのみの販売となった今でもちまちまと売れている。いつかは自分のホームページを作って販売したいな、なんて考えていたり。
 クッキーだけで生計を立てるのはまだ難しいけれど、好きなことを仕事にしたことに後悔はしていない。やりたいことをやる。今度こそ、私はそれを貫こうと思った。

 今日作るのは、冬をテーマにしたクッキー缶。
 正方形の缶に紺色のワックスペーパーを敷き、ジンジャーを練り込んだクッキーや、チョコレートをかけたクッキーを詰めていく。中央のスノーボールを囲むように、丸いアイスボックスクッキーや、四角や菊型の型抜きクッキーを並べ、隙間をメレンゲで埋めると完成。
 見た目にそこまでの華はないけれど、味はわりと好評だ。


 私は余ったクッキーを手に、近くの小さな神社に足を運んだ。ここでは、私に塩をくれた八幡神が祭られている。使用するのはパブ限定と約束されていた塩をクッキー作りに使わせてもらっているので、お代にいつもクッキーを渡すようにしているのだ。

 八幡神の姿はもう私の目に映らないけれど、賽銭箱の傍にクッキー缶を置くとふわっと消えてなくなるところからして、彼はちゃんとそこにいるようだった。

「八幡神、いつもお塩を使わせてくれてありがとうございます。あなたのお塩は本当に美味しいから、他のお塩を使う気になれなくて」

 返事が聞こえない代わりに、そばの木々が風で揺れる。
 八幡神の神社で過ごす時間は、ムミィと公園で日向ぼっこをしたときと似ていた。私のまわりだけ時間が止まったような、喧騒を忘れ、澄んだ空気をめいいっぱい吸い込めるような、そんな感覚。
 私は、いつもここで、見えもしない相手に話しかける。

「ムミィったらバカよね。私、たぶんムミィと出会わなかった方が不幸だったよ」

 ムミィと出会っていなかったら、八幡神の塩を手に入れることもなかった。クッキーで生計を立てようなんて思えなかった。それに、日常に幸せを見つけようともしていなかったはず。

「お代として小さな夢の思い出も盗られちゃったけど、簡単な夢だったから、また自分で叶えちゃった」

 思い出の物を見て落ち込んでいるなんてバカらしい。そう考えた私は、駄菓子や小学生向けの雑貨を再びたくさん購入した。
 これはムミィとの思い出なだけじゃない。私の夢を叶えた思い出でもあるんだからって、何度も何度も自分に言い聞かせたおかげで、今ではそれらを見ても、少ししか心臓がビクつかない。

「他にも、お菓子の家を作ったりもしたんだよ。一人ぼっちで作るのはちょっと寂しかったけど、それでも嬉しかったし、楽しかった」

 ムミィがいなくなっても私は平気。不幸になってなんかいない。むしろそれまでに幸せをたくさんもらって、背中を押してもらえて、こうして今、自分の足でしっかり幸せに向かって歩いている。
 だから私は幸せ。不幸じゃない。ムミィは私を不幸になんてできていない。

「……じゃあね、八幡神。またクッキー作ったら持ってくるから」

 私は立ち上がり、ふらふらと帰路についた。
 うるさい騒音ばかりの人混み。……じゃなくて、賑やかで、寂しい気分が紛れる人だかり。
 すでに薄暗くなってきた空に、心まで凍えてしまいそうな風。……違う。白い息が映える暗がり。お風呂を最高に気持ちよくしてくれる、冷たい風。
 誰も待っていない部屋で、静かに独りの時間を過ごせるのは嬉しいこと。

 私は玄関のドアノブに手をかけ、力なく項垂れた。
 ……なんだか泣きたくなってきた。
 こんなに頑張って不幸にならなかったのに、ムミィは電話ひとつ寄越してくれなかった。

「ムミィに何かを期待してる時点でダメなの……? じゃあ無理だよ……。会いたいもん……忘れられないもん……」

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