上 下
22 / 49
第一章

第21話 雪に酒

しおりを挟む
 私とムミィは、雪にまだ足跡がついていない場所まで移動した。まっさらの雪を掬うと、触れたところがキュッと引き締まる。でも、それ以外のところはふわふわだ。
 まずは何もかけずに一口雪を食べてみる。口に入れるだけで雪がしゅわぁと溶け、肉汁のようにジューシーな水が口いっぱいに広がる。……いや、ただの水なんだけど、満足感がそう思わせたのよ。
 隣で美味しそうに雪を頬張るムミィが、ポケットから、ガラス製のボウル、スプーン、そして三本の小瓶を取り出した。

「ごめんなさい。かき氷シロップが用意できなかったので、代わりにパブにあったお酒をちょびっとずつ持ってきました。梅酒、リモンチェッロ、ウォッカです」
「ムミィ、あんたは天才なの?」
「喜んでもらえてよかったです! ではでは、かけちゃいますよ~」

 ボウルにたっぷり盛られた雪が、注がれた梅酒によって琥珀色に色を変える。
 私は贅沢に、梅酒がたっぷりかかった雪の部分を掬って食べた。フルーティーで大人の風味が足された雪に舌が大喜びだ。口の中で遊んでいる間は冷たいのに、飲み込むとアルコールのおかげでふわっと熱を帯びるのが面白い。なにもかけていない雪とはまた違う、しっとりとした触感も良い。
 思いのほかお酒をかけた雪が美味しくて、気が付けば三本の小瓶が空になっていた。
 アルコールを摂取して陽気になった私とムミィは、ゲラゲラ笑いながら淤加美神の店を駆け回り、雪玉を投げ合って遊んだ。

「くらえー! 僕の渾身の一撃ー!!」

 ムミィの放った雪玉は、激しい回転を利かせて私に襲いかかる。私は衰えた動体視力で必死に軌道を読み、ギリギリのところで身を翻した。しかし雪玉は急カーブして私の腰に直撃。

「ぎゃー! やったわね! 仕返しだ!」
「真白さんの細腕じゃあ、僕のような奇跡の投球はできませんよー!」

 女だからと舐めてもらっちゃ困る。こちとら米十キロやらビール一箱やら重いものをコンスタントに運んでいるの。
 私は全力ダッシュしてムミィと距離を詰め、虚をつかれて固まっている彼の腕をガッシリ掴んだ。そして、その場で雪を引っ掴み、何度も何度もムミィに当てる。

「おののけ! 三十路のなりふり構わず若さに縋り付く攻撃~!」
「だぁぁぁっ! それはずるいです真白さあああん!」

 本気を出せば私の手なんて簡単に振り払えるはずなのに、ムミィはケタケタ笑いながら、なされるがまま全身雪まみれにされた。
 体力の限界を迎えた私は、雪の上に大の字になって寝転がった。

 白と灰色の空を見上げていると、水墨画で描かれた世界に入り込んでしまったかのように思えた。
 空高くを舞うぼたん雪がふよふよと降りてくる。定まらない足取りで、なぁんにも考えずに、ただただ重力に任せて落ちてくる。
 何の意志もなく地面に辿り着くだけで、こんなに綺麗な雪景色を作り出せる雪たちが、妙に羨ましくなった。
 ぼんやりと空を眺めていた私をムミィが覗き込む。

「真白さん。思った以上に楽しくて長居してしまいましたね。そろそろおいとましましょうか」
「そうだね。帰ろう」

 私が両手を差し出すと、ムミィが引っ張って起こしてくれた。服にびっしりくっついた雪を払い、私とムミィは淤加美神の店を出る。

「やっと出てきた。ずいぶんゆっくりしていたねぇ」

 淤加美神は呆れたように笑った。暇つぶしにお酒を飲んでいたのか、カウンターの上には空瓶が六本ほど転がっていた。

「淤加美神さん、ありがとうございました。楽しかったです」
「そうみたいだね。ここに来た時よりスッキリした顔をしてる。お気に召してよかったよ」

 お礼を言った私にそう応えたあと、淤加美神はムミィの方を見る。視線に気付いたムミィはビクッと体をこわばらせた。

「さて、ムミィ。お代の方だけど――」
「あー! はいはい、お代ね! 淤加美神には特別に僕のとっておきの品物をお渡しします! これは僕が百年前に憑いた鍛冶屋が打った究極の――」

 ムミィはポケットから古びたナイフを取り出し、プレゼンを始めようとした。しかしそれは、無表情の淤加美神に遮られる。

「四の五の言わず、持っているもん全部置いて行きな」
「……」
「早く」
「はい……」

 どうやらムミィは、プレゼン力でどうにかお代をちょろまかそうと考えていたようだ。しかし残念ながら、偉大な淤加美神には通用せず、身ぐるみ全て剥がされてしまった。
 素っ裸になったムミィは、おつりとして椿の花を一輪もらった。

「それで大事なところを隠すといいよ。あんたならそれだけで隠せるだろう。ああ、ちょっと大きかったかい? だったらこの蕾でどうだい。あはは、ぴったりじゃないか」

 自尊心をズタボロにされたムミィは、大泣きして店を飛び出した。
 ちょっと可哀想だと思っていたけど、全裸でガードレールの上を走るムミィの後ろ姿が面白すぎて、腹を抱えて笑ってしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

新訳 軽装歩兵アランR(Re:boot)

たくp
キャラ文芸
1918年、第一次世界大戦終戦前のフランス・ソンム地方の駐屯地で最新兵器『機械人形(マシンドール)』がUE(アンノウンエネミー)によって強奪されてしまう。 それから1年後の1919年、第一次大戦終結後のヴェルサイユ条約締結とは程遠い荒野を、軽装歩兵アラン・バイエルは駆け抜ける。 アラン・バイエル 元ジャン・クロード軽装歩兵小隊の一等兵、右肩の軽傷により戦後に除隊、表向きはマモー商会の商人を務めつつ、裏では軽装歩兵としてUEを追う。 武装は対戦車ライフル、手りゅう弾、ガトリングガン『ジョワユーズ』 デスカ 貴族院出身の情報将校で大佐、アランを雇い、対UE同盟を締結する。 貴族にしては軽いノリの人物で、誰にでも分け隔てなく接する珍しい人物。 エンフィールドリボルバーを携帯している。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

俺がママになるんだよ!!~母親のJK時代にタイムリープした少年の話~

美作美琴
キャラ文芸
高校生の早乙女有紀(さおとめゆき)は名前にコンプレックスのある高校生男子だ。 母親の真紀はシングルマザーで有紀を育て、彼は父親を知らないまま成長する。 しかし真紀は急逝し、葬儀が終わった晩に眠ってしまった有紀は目覚めるとそこは授業中の教室、しかも姿は真紀になり彼女の高校時代に来てしまった。 「あなたの父さんを探しなさい」という真紀の遺言を実行するため、有紀は母の親友の美沙と共に自分の父親捜しを始めるのだった。 果たして有紀は無事父親を探し出し元の身体に戻ることが出来るのだろうか?

付喪神、子どもを拾う。

真鳥カノ
キャラ文芸
旧題:あやかし父さんのおいしい日和 3/13 書籍1巻刊行しました! 8/18 書籍2巻刊行しました!  【第4回キャラ文芸大賞 奨励賞】頂きました!皆様のおかげです!ありがとうございます! おいしいは、嬉しい。 おいしいは、温かい。 おいしいは、いとおしい。 料理人であり”あやかし”の「剣」は、ある日痩せこけて瀕死の人間の少女を拾う。 少女にとって、剣の作るご飯はすべてが宝物のようだった。 剣は、そんな少女にもっとご飯を作ってあげたいと思うようになる。 人間に「おいしい」を届けたいと思うあやかし。 あやかしに「おいしい」を教わる人間。 これは、そんな二人が織りなす、心温まるふれあいの物語。 ※この作品はエブリスタにも掲載しております。

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

ハバナイスデイズ~きっと完璧には勝てない~

415
ファンタジー
「ゆりかごから墓場まで。この世にあるものなんでもござれの『岩戸屋』店主、平坂ナギヨシです。冷やかしですか?それとも……ご依頼でしょうか?」 普遍と異変が交差する混沌都市『露希』 。 何でも屋『岩戸屋』を構える三十路の男、平坂ナギヨシは、武市ケンスケ、ニィナと今日も奔走する。 死にたがりの男が織り成すドタバタバトルコメディ。素敵な日々が今始まる……かもしれない。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

処理中です...