上 下
16 / 49
第一章

第15話 ムミィのパブ

しおりを挟む
 ◇◇◇

 ムミィのパブには家から徒歩十分で辿り着いた。でも、実際は徒歩十分の距離にこの店はないらしい。ムミィは秘密の近道を使ったと言っていた。
 狭い路地裏の奥に、こっそり佇む古びたレンガ造りのお店。看板はかかっておらず、その代わりに扉に細長い花瓶が一本かけられていた。

「店を開いている時はこの花瓶に白い花を挿します。すると暇を持て余した神が、ひょっこり顔を出しに来るんですよ。さあどうぞ、お入りください」

 店内は正に小汚いパブ、という感じだった。
 何百年張り替えていないんだというくらい、えんじ色の壁紙は色褪せ、ところどころ剥がれている。床には椅子を引きずってできた傷がいたるところについていたし、床板の間には埃がびっしり。なんというか、ムミィらしいずぼらさだ。
 日焼けしたポスターやステッカーがぺたぺた貼られているカウンターには、五本のビアサーバーが並んでいる。そしてカウンターの背後は、数えきれないほどのお酒のボトルや徳利で埋め尽くされていた。徳利の中には不思議な光を漂わせているものもあった。おそらくカクリヨのお酒なのだろう。
 パブと呼ぶには狭すぎる気もしたけれど、その狭さも隠れ家っぽさを出していて悪くない。

 ムミィはジャケットを脱ぎ、代わりにエプロンを身につけた。

「好きなところに座ってください。何か飲みますか?」
「えっと、じゃあ、あの光ってるお酒飲んでみたい!」

 私がお目当ての酒を指さすと、ムミィは梯子にのぼり徳利を手に取った。
 目の前でお猪口に酒が注がれる。酒で満たされたお猪口は、蛍のような淡い光を放っていた。ムミィが指でお猪口を撫でると、光が水面に集まり、いつしかそれは小さな菊の花となり酒に浮かんでいた。

「これは、天火明命アメノホアカリノミコトが摘んだ菊で作られた菊酒です」

 お猪口を口元に近づけると、ふわりと菊の香りがした。絹のように滑らかなほろ苦いお酒が喉を通り、舌の上には微かに甘さが残る。
 私はほうっと吐息を漏らし、頬杖をついた。

「やば、美味しい~。飲みやすいからいくらでもいけそう」
「あ、一杯くらいなら体がポカポカする程度ですが、あんまり飲みすぎると不老長寿になってしまいますよ。お気をつけて」
「なにそれ、こわ。カクリヨのお酒って全部そんな感じなの?」
「そうですね。ヒトが口にすれば何かしらの効能が過度に出てしまうものが多いです!」

 カクリヨのお酒は、不老長寿や幸運を招くものもあれば、命を縮めたり災いを呼び寄せたりするものもあるらしい。
 さっきたまたま体に良いお酒を選んだから良かったものの、もし私が良くないお酒を選んでいたとしても、ムミィは平然と提供していたんだろうな……。

「真白さん、おつまみどうぞ」

 ムミィはそう言って冷奴を出してくれた。刻みねぎも醤油もかかっていないので、
私は戸惑う。

「ムミィ? お醤油は?」
「あっ、はいはい。どうぞ」

 ガサガサとビニール袋をまさぐる音が聞こえたあと、ムミィは使い切り刺身醤油――スーパーの寿司コーナーでよく見るやつ――を私に渡した。
 カクリヨの光る菊酒と、使い切り刺身醤油との落差たるや。せっかくの非現実感が台無しだ。

「ムミィ……。なにこれぇ……。もうちょっと気の利いた出し方あるでしょ……」

 苦言を呈す私に、ムミィは唇を尖らせる。

「いいんですー。僕のパブはいつもこんな感じなんです~。確かにみんなからも不評ですが、なんだかんだ文句を言いながらも来てくれるからいいんです~」
「っていうか、このお豆腐ちょっと変な味しない……?」

 ムミィは、今度は手を叩いて笑った。

「さすがは真白さん! それ、スーパーの廃棄食品なんです!」
「……は?」

 ムミィは、あるスーパーの店長に憑いたことがあるらしい。その時の報酬として、廃棄食品や無料サービスの物(刺身醤油や油、割り箸など)を数年にわたりもらっているそうだ。
 誰にも求められなかった廃棄食品は、神にとってもタダ同然の価値しかない。だからこそ、ムミィは仕事に見合う報酬額に届くまで、半永久的に廃棄食品をもらうことができる。
 そしてそれをパブに来たお客さんに有料で提供していると。狡猾なムミィらしい行いだ。

「賞味期限切れの食べ物なんて出されて、お客さん怒らないの?」
「怒りませんよ。腐ってはいないものをちゃんと出していますから!」
「……まあ、神相手だったら賞味期限なんて関係ないのか」
「そういうことです」

 それにしたって、お店で出すならもう少し飾り付けても良いのに。ちょっと崩れた豆腐だって、パックから割り箸でほじくって出したのが見え見え。せっかく良い酒を揃えているのにもったいない。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あやかし旅籠 ちょっぴり不思議なお宿の広報担当になりました

水縞しま
キャラ文芸
旧題:あやかし旅籠~にぎやか動画とほっこり山菜ごはん~ 第6回キャラ文芸大賞【奨励賞】作品です。 ◇◇◇◇ 廃墟系動画クリエーターとして生計を立てる私、御崎小夏(みさきこなつ)はある日、撮影で訪れた廃村でめずらしいものを見つける。つやつやとした草で編まれたそれは、強い力が宿る茅の輪だった。茅の輪に触れたことで、あやかしの姿が見えるようになってしまい……! 廃村で出会った糸引き女(おっとり美形男性)が営む旅籠屋は、どうやら経営が傾いているらしい。私は山菜料理をごちそうになったお礼も兼ねて、旅籠「紬屋」のCM制作を決意する。CMの効果はすぐにあらわれお客さんが来てくれたのだけど、客のひとりである三つ目小僧にねだられて、あやかし専門チャンネルを開設することに。 デパコスを愛するイマドキ女子の雪女、枕を返すことに執念を燃やす枕返し、お遍路さんスタイルの小豆婆。個性豊かなあやかしを撮影する日々は思いのほか楽しい。けれど、私には廃墟を撮影し続けている理由があって……。 愛が重い美形あやかし×少しクールなにんげん女子のお話。 ほっこりおいしい山菜レシピもあります。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

【NL】花姫様を司る。※R-15

コウサカチヅル
キャラ文芸
 神社の跡取りとして生まれた美しい青年と、その地を護る愛らしい女神の、許されざる物語。 ✿✿✿✿✿  シリアスときどきギャグの現代ファンタジー短編作品です。基本的に愛が重すぎる男性主人公の視点でお話は展開してゆきます。少しでもお楽しみいただけましたら幸いです(*´ω`)💖 ✿✿✿✿✿ ※こちらの作品は『カクヨム』様にも投稿させていただいております。

お狐様とひと月ごはん 〜屋敷神のあやかしさんにお嫁入り?〜

織部ソマリ
キャラ文芸
『美詞(みこと)、あんた失業中だから暇でしょう? しばらく田舎のおばあちゃん家に行ってくれない?』 ◆突然の母からの連絡は、亡き祖母のお願い事を果たす為だった。その願いとは『庭の祠のお狐様を、ひと月ご所望のごはんでもてなしてほしい』というもの。そして早速、山奥のお屋敷へ向かった美詞の前に現れたのは、真っ白い平安時代のような装束を着た――銀髪狐耳の男!? ◆彼の名は銀(しろがね)『家護りの妖狐』である彼は、十年に一度『世話人』から食事をいただき力を回復・補充させるのだという。今回の『世話人』は美詞。  しかし世話人は、百年に一度だけ『お狐様の嫁』となる習わしで、美詞はその百年目の世話人だった。嫁は望まないと言う銀だったが、どれだけ美味しい食事を作っても力が回復しない。逆に衰えるばかり。  そして美詞は決意する。ひと月の間だけの、期間限定の嫁入りを――。 ◆三百年生きたお狐様と、妖狐見習いの子狐たち。それに竈神や台所用品の付喪神たちと、美味しいごはんを作って過ごす、賑やかで優しいひと月のお話。 ◆『第3回キャラ文芸大賞』奨励賞をいただきました!ありがとうございました!

癒しのあやかしBAR~あなたのお悩み解決します~

じゅん
キャラ文芸
【第6回「ほっこり・じんわり大賞」奨励賞 受賞👑】  ある日、半妖だと判明した女子大生の毬瑠子が、父親である美貌の吸血鬼が経営するバーでアルバイトをすることになり、困っているあやかしを助ける、ハートフルな連作短編。  人として生きてきた主人公が突如、吸血鬼として生きねばならなくなって戸惑うも、あやかしたちと過ごすうちに運命を受け入れる。そして、気づかなかった親との絆も知ることに――。

カフェぱんどらの逝けない面々

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
キャラ文芸
 奄美の霊媒師であるユタの血筋の小春。霊が見え、話も出来たりするのだが、周囲には胡散臭いと思われるのが嫌で言っていない。ごく普通に生きて行きたいし、母と結託して親族には素質がないアピールで一般企業への就職が叶うことになった。  大学の卒業を間近に控え、就職のため田舎から東京に越し、念願の都会での一人暮らしを始めた小春だが、昨今の不況で就職予定の会社があっさり倒産してしまう。大学時代のバイトの貯金で数カ月は食いつなげるものの、早急に別の就職先を探さなければ詰む。だが、不況は根深いのか別の理由なのか、新卒でも簡単には見つからない。  就活中のある日、コーヒーの香りに誘われて入ったカフェ。おっそろしく美形なオネエ言葉を話すオーナーがいる店の隅に、地縛霊がたむろしているのが見えた。目の保養と、疲れた体に美味しいコーヒーが飲めてリラックスさせて貰ったお礼に、ちょっとした親切心で「悪意はないので大丈夫だと思うが、店の中に霊が複数いるので一応除霊してもらった方がいいですよ」と帰り際に告げたら何故か捕獲され、バイトとして働いて欲しいと懇願される。正社員の仕事が決まるまで、と念押しして働くことになるのだが……。  ジバティーと呼んでくれと言う思ったより明るい地縛霊たちと、彼らが度々店に連れ込む他の霊が巻き起こす騒動に、虎雄と小春もいつしか巻き込まれる羽目になる。ほんのりラブコメ、たまにシリアス。

極上エリートの甘すぎる求愛に酔わされています~初恋未満の淡い恋情は愛へと花開く~

櫻屋かんな
恋愛
旧題:かくうちで会いましょう 〜 再会した幼馴染がエリートになって溺愛が始まりそうです 〜 第16回恋愛大賞で奨励賞いただきました。ありがとうございます! そして加筆もたっぷりしての書籍化となりました!めでたーい! 本編については試読で16章中3章までお楽しみいただけます。それ以外にも番外編やお礼SSを各種取り揃えておりますので、引き続きお楽しみください! ◇◇◇◇◇ 三十一歳独身。 遠藤彩乃はある日偶然、中学時代の同級生、大浦瑛士と再会する。その場所は、酒屋の飲酒コーナー『角打ち』。 中学生時代に文通をしていた二人だが、そのときにしたやらかしで、彩乃は一方的に罪悪感を抱いていた。そんな彼女に瑛士はグイグイと誘いかけ攻めてくる。 あれ、これってもしかして付き合っている? でもどうやら彼には結婚を決めている相手がいるという噂で……。 大人のすれ違い恋愛話。 すべての酒と肴と、甘い恋愛話を愛する人に捧げます。

雨宮課長に甘えたい

コハラ
恋愛
仕事大好きアラサーOLの中島奈々子(30)は映画会社の宣伝部エースだった。しかし、ある日突然、上司から花形部署の宣伝部からの異動を言い渡され、ショックのあまり映画館で一人泣いていた。偶然居合わせた同じ会社の総務部の雨宮課長(37)が奈々子にハンカチを貸してくれて、その日から雨宮課長は奈々子にとって特別な存在になっていき……。 簡単には行かない奈々子と雨宮課長の恋の行方は――? そして奈々子は再び宣伝部に戻れるのか? ※表紙イラストはミカスケ様のフリーイラストをお借りしました。 http://misoko.net/

処理中です...