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第一章
第3話 あつかましい疫病神
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私の夢は、料理人になることだった。小さい頃から料理……特にお菓子が大好きで、いつか自分で作ったお菓子の家で暮らしたいと思っていたくらい。
だから、高校を卒業したあと、製菓も習う調理師学校に入った。そこで二年間学び、無事ケーキ屋に就職できたのだけれど……あまりの激務と厳しい上下関係に耐えられず、すぐに辞めてしまった。
大好きだったお菓子を見るのも嫌になった私は、心機一転するために中小企業の事務に再就職した。それからは、パソコンに向かって黙々とデータを打ち込む日々を過ごすことになる。退屈だけど、別に不満はなかった。私は定年になるまでここで働くんだろうなあって勝手に思っていた。
それなのに、入社十二年目で……というか昨日、会社が倒産してしまった。
突然無職になった私は、まだ実感が湧いていない。
「真白さん。どうしてスーツに着替えてるんですか? 無職なのに」
「むしょっ……」
寝ぼけたまま身支度をしていた私は、ムミィの言葉に冷水をぶっかけられた。おかげで目がしっかり覚めましたよ。
私は、ソファの上で体育座りをしている少年をギロリと睨みつけた。
昨日のできごとは、できたら全て夢であってほしかった。職がなくなったことも、疫病神に憑かれてしまったことも、全部。
ムミィは本気でここに住みつく気のようだ。昨晩なんて、ふかふかのベッドじゃないと眠れない~なんて言ってベッドを横取りして、私をソファで寝かせやがった。おかげで腰と頭がズキズキ痛む。ただでさえ参っているのに勘弁してほしい。
私がスーツ姿で突っ立っていると、ムミィが期待に満ちた目で私を見上げた。
「ねえ、朝ごはんはまだですか? おなかすきました!」
たぶん、ムミィの姿が子どもじゃなかったら殴っていたと思う。
「ねえ、あんたはひとまずでも私を幸せにしてくれるんじゃないの!? 今のところその気配全くないけどぉ!?」
「はいはい、しますします! ちゃんと幸せにしますよ~!」
こんな軽い口調で言われても信じられるわけがない。そもそも、ムミィがうちに住みついたこと自体が私にとっての不幸なのでは。ベッド奪われるし、朝ご飯作らされようとしているし。
「真白さんを幸せにするためにも、腹ごしらえは必要なんです! ああ、楽しみだなあ。僕、ウツシヨの料理大好きなんですよ~」
うっとりとしながら涎を垂らすムミィの言葉に、私は首を傾げた。
「ウツシヨの料理って?」
「ウツシヨ。ヒトが生きているこの世界のことです。ちなみに、僕たちのような神が生きている世界はカクリヨと呼ばれています。カクリヨの料理もおいしいのですが、百十八年も食べ続けているとさすがに飽きてきて……」
ウツシヨの料理が大好きなムミィは、ウツシヨに派遣される度に三キロは太ってカクリヨに帰るという、私にとってはどうでもいい秘密を教えてくれた。
でも、私たちヒトが作る料理が好きだと言われると悪い気はしない。それに、食べることが好きな人、おいしそうに食べる人のために料理を作るのは嫌いじゃない。
私は小さくため息を吐き、キッチンに立った。
「何が食べたいとかある? 洋食、和食?」
そう尋ねられたムミィは、パッと顔を輝かせた。
「ここは日本! もちろん和食です!」
「了解。和食はそんなに得意じゃないから、期待しないでね」
ムミィは頷いたかと思えば、元気よく手を挙げる。
「お寿司食べたいです! 握り寿司! えっと、ハマチ一丁!」
「元パティシエに寿司を握れと!? 却下!」
聞くんじゃなかった、と私はため息を吐き、エプロンの紐を結んだ。
和食の朝食なんて久しぶりに作る。それどころか、平日に朝食を作るのも久しぶり。
だから、高校を卒業したあと、製菓も習う調理師学校に入った。そこで二年間学び、無事ケーキ屋に就職できたのだけれど……あまりの激務と厳しい上下関係に耐えられず、すぐに辞めてしまった。
大好きだったお菓子を見るのも嫌になった私は、心機一転するために中小企業の事務に再就職した。それからは、パソコンに向かって黙々とデータを打ち込む日々を過ごすことになる。退屈だけど、別に不満はなかった。私は定年になるまでここで働くんだろうなあって勝手に思っていた。
それなのに、入社十二年目で……というか昨日、会社が倒産してしまった。
突然無職になった私は、まだ実感が湧いていない。
「真白さん。どうしてスーツに着替えてるんですか? 無職なのに」
「むしょっ……」
寝ぼけたまま身支度をしていた私は、ムミィの言葉に冷水をぶっかけられた。おかげで目がしっかり覚めましたよ。
私は、ソファの上で体育座りをしている少年をギロリと睨みつけた。
昨日のできごとは、できたら全て夢であってほしかった。職がなくなったことも、疫病神に憑かれてしまったことも、全部。
ムミィは本気でここに住みつく気のようだ。昨晩なんて、ふかふかのベッドじゃないと眠れない~なんて言ってベッドを横取りして、私をソファで寝かせやがった。おかげで腰と頭がズキズキ痛む。ただでさえ参っているのに勘弁してほしい。
私がスーツ姿で突っ立っていると、ムミィが期待に満ちた目で私を見上げた。
「ねえ、朝ごはんはまだですか? おなかすきました!」
たぶん、ムミィの姿が子どもじゃなかったら殴っていたと思う。
「ねえ、あんたはひとまずでも私を幸せにしてくれるんじゃないの!? 今のところその気配全くないけどぉ!?」
「はいはい、しますします! ちゃんと幸せにしますよ~!」
こんな軽い口調で言われても信じられるわけがない。そもそも、ムミィがうちに住みついたこと自体が私にとっての不幸なのでは。ベッド奪われるし、朝ご飯作らされようとしているし。
「真白さんを幸せにするためにも、腹ごしらえは必要なんです! ああ、楽しみだなあ。僕、ウツシヨの料理大好きなんですよ~」
うっとりとしながら涎を垂らすムミィの言葉に、私は首を傾げた。
「ウツシヨの料理って?」
「ウツシヨ。ヒトが生きているこの世界のことです。ちなみに、僕たちのような神が生きている世界はカクリヨと呼ばれています。カクリヨの料理もおいしいのですが、百十八年も食べ続けているとさすがに飽きてきて……」
ウツシヨの料理が大好きなムミィは、ウツシヨに派遣される度に三キロは太ってカクリヨに帰るという、私にとってはどうでもいい秘密を教えてくれた。
でも、私たちヒトが作る料理が好きだと言われると悪い気はしない。それに、食べることが好きな人、おいしそうに食べる人のために料理を作るのは嫌いじゃない。
私は小さくため息を吐き、キッチンに立った。
「何が食べたいとかある? 洋食、和食?」
そう尋ねられたムミィは、パッと顔を輝かせた。
「ここは日本! もちろん和食です!」
「了解。和食はそんなに得意じゃないから、期待しないでね」
ムミィは頷いたかと思えば、元気よく手を挙げる。
「お寿司食べたいです! 握り寿司! えっと、ハマチ一丁!」
「元パティシエに寿司を握れと!? 却下!」
聞くんじゃなかった、と私はため息を吐き、エプロンの紐を結んだ。
和食の朝食なんて久しぶりに作る。それどころか、平日に朝食を作るのも久しぶり。
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