63 / 71
7章
第62話 お泊まり会
しおりを挟む
のろのろと坂道を上っている途中で、海茅のスマホが振動した。
匡史からの個別LINEだ。
《みっちゃん、明日か明後日空いてる? もしよかったら二人で会えないかな?》
海茅はホラ貝を吹き鳴らしたような声を上げ、全速力で坂を上り切った。
急に元気になった海茅に追い抜かされ、優紀はぽかんと口を開ける。
「ど、どうしたの?」
「まっ、まさっ、まっ……、ま!」
「いや全然分かんない」
言葉が出てこないので、海茅は優紀にスマホを見せた。
メッセージを読んだ優紀は、「ほうほーう」とニヤつく。
「これで解決じゃん。もちろん会うよね?」
「緊張しすぎて吐きそうです」
「会うんだね。よし」
優紀は時間を確認して考え込んだ。
「うーん。海茅ちゃん、今晩私の家に泊まりに来ない? お肌のお手入れと、化粧の仕方教えてあげる」
「えっ」
「眉毛と産毛も剃ってあげる。あと、明日一緒に服買いに行こうよ」
唐突な提案にぽかんとしている海茅の肩を、優紀がつついた。
「多田君と初デートでしょ? せっかくだったら最高に可愛い海茅ちゃんで挑もうよ!」
「デート……」
海茅はそう呟き、頭から湯気を噴き出した。
匡史と初デートどころではない。人生初のデートだ。
それに気付いてしまうと正気ではいられない。今晩眠れる気がしない。一人でデートまでの時間を過ごして生存できる可能性は、海茅の計算によるとゼロだ。
「ぜ、是非私と一緒にいてほしいです! お願いします、優紀ちゃん!!」
海茅が勢いよく頭を下げると、優紀は嬉しそうに飛び跳ねた。
「よかった! じゃあ、お互い一旦家に帰ろっか。準備ができたら連絡ちょうだい」
「分かった!」
「もし海茅ちゃんのお父さんがダメッて言ったら、残念だけど諦めようね」
「頑張って説得する!」
意外にも、海茅の父親はあっさり外泊を許してくれた。この前家族にこっぴどく叱られたのが効いたようだ。
海茅は学習机の引き出しを開け、仕切り台の下に隠してあった封筒を取り出した。そこには、海茅がこつこつ貯めていたお小遣いがしまわれている。
封筒を逆さにすると、十三枚の五百円玉と四枚の千円札が机に落ちた。一万五百円あれば服を買えるはずだ。
海茅が家の前まで到着すると、部屋着を着た優紀が出迎えた。彼女の家族も海茅を歓迎して、紅茶やお菓子を出してくれた。
部屋に入るなり、優紀は海茅の顔に化粧水を塗りたくる。
「うわー。海茅ちゃんのお肌ツルツル~! ニキビひとつないの羨ましい!」
「うげぇ……。顔がびちゃびちゃで気持ち悪い……」
「ちょっと我慢してねー」
たっぷり化粧水を沁み込ませてから、優紀は海茅の顔にカミソリを当てた。
ショリショリと優しい手つきで頬を撫でられた海茅は、くすぐったさに身震いする。
薄目を開けると、鼻と鼻がくっつきそうなくらい近くに、真剣な目をした優紀の顔があった。
優紀の呼吸音がすぐそこで聞こえる。海茅は鼻息が聞かれないよう、そうっと息を吸った。
優紀が眉毛を整えているとき、海茅は数か月前に眉毛を剃って失敗した日のことを思い出した。あのときは針金眉毛になってしまい、学校を休むと母親に駄々をこねたものだ。
「できた! 海茅ちゃん、鏡見てみて!」
海茅は鏡を覗き込み、思わず笑顔になった。
産毛を剃ってもらった肌はワントーン明るくなり、陶器のようにツルツルに見える。眉毛もほどよい太さに整っていて、芋っぽさが薄れた気がする。
「すごい! お化粧しなくてもこんなに変わるんだね! 優紀ちゃん、ありがとう~!」
お風呂に入ったあと、海茅は優紀に言われるがまま、何かも分からない液体を顔にペタペタと塗り込んだ。カサカサだった肌がもっちりして、自分の頬なのに気持ち良くてずっと触ってしまう。
花の香りがする液体が入ったおしゃれなボトルに囲まれて、お肌のお手入れをしながら友だちとお喋りをする時間は、優雅で贅沢で、なんだかお姫さまになった気分になった。
化粧品に興味がなかった海茅もすっかり夢中だ。
「私も欲しいなあ」
「明日買おうよ!」
「で、でもお金が一万円しかないから……」
「大丈夫! 安いお店でもお洒落な服売ってるから! 化粧品もプチプラで買っちゃお! 足りなかったら化粧品と乳液だけでも揃えたらいいし」
優紀は、海茅を大変身させることが楽しくて仕方がないようだ。
寝る前での間、二人は雑誌をめくって海茅に合いそうな服装を探したり、雑誌に載っている星座占いを読んだりして盛り上がった。
夏休みの夜に、部屋着で過ごすなんでもない時間。海茅と優紀は、布団に潜り込んでからも、中身のない、学びも気付きもないくだらない会話をだらだらと続けた。
大人になった彼女たちは、きっとこの日のことを忘れているだろう。しかし今の二人にとって、この退屈な時間こそが大切な宝物だった。
匡史からの個別LINEだ。
《みっちゃん、明日か明後日空いてる? もしよかったら二人で会えないかな?》
海茅はホラ貝を吹き鳴らしたような声を上げ、全速力で坂を上り切った。
急に元気になった海茅に追い抜かされ、優紀はぽかんと口を開ける。
「ど、どうしたの?」
「まっ、まさっ、まっ……、ま!」
「いや全然分かんない」
言葉が出てこないので、海茅は優紀にスマホを見せた。
メッセージを読んだ優紀は、「ほうほーう」とニヤつく。
「これで解決じゃん。もちろん会うよね?」
「緊張しすぎて吐きそうです」
「会うんだね。よし」
優紀は時間を確認して考え込んだ。
「うーん。海茅ちゃん、今晩私の家に泊まりに来ない? お肌のお手入れと、化粧の仕方教えてあげる」
「えっ」
「眉毛と産毛も剃ってあげる。あと、明日一緒に服買いに行こうよ」
唐突な提案にぽかんとしている海茅の肩を、優紀がつついた。
「多田君と初デートでしょ? せっかくだったら最高に可愛い海茅ちゃんで挑もうよ!」
「デート……」
海茅はそう呟き、頭から湯気を噴き出した。
匡史と初デートどころではない。人生初のデートだ。
それに気付いてしまうと正気ではいられない。今晩眠れる気がしない。一人でデートまでの時間を過ごして生存できる可能性は、海茅の計算によるとゼロだ。
「ぜ、是非私と一緒にいてほしいです! お願いします、優紀ちゃん!!」
海茅が勢いよく頭を下げると、優紀は嬉しそうに飛び跳ねた。
「よかった! じゃあ、お互い一旦家に帰ろっか。準備ができたら連絡ちょうだい」
「分かった!」
「もし海茅ちゃんのお父さんがダメッて言ったら、残念だけど諦めようね」
「頑張って説得する!」
意外にも、海茅の父親はあっさり外泊を許してくれた。この前家族にこっぴどく叱られたのが効いたようだ。
海茅は学習机の引き出しを開け、仕切り台の下に隠してあった封筒を取り出した。そこには、海茅がこつこつ貯めていたお小遣いがしまわれている。
封筒を逆さにすると、十三枚の五百円玉と四枚の千円札が机に落ちた。一万五百円あれば服を買えるはずだ。
海茅が家の前まで到着すると、部屋着を着た優紀が出迎えた。彼女の家族も海茅を歓迎して、紅茶やお菓子を出してくれた。
部屋に入るなり、優紀は海茅の顔に化粧水を塗りたくる。
「うわー。海茅ちゃんのお肌ツルツル~! ニキビひとつないの羨ましい!」
「うげぇ……。顔がびちゃびちゃで気持ち悪い……」
「ちょっと我慢してねー」
たっぷり化粧水を沁み込ませてから、優紀は海茅の顔にカミソリを当てた。
ショリショリと優しい手つきで頬を撫でられた海茅は、くすぐったさに身震いする。
薄目を開けると、鼻と鼻がくっつきそうなくらい近くに、真剣な目をした優紀の顔があった。
優紀の呼吸音がすぐそこで聞こえる。海茅は鼻息が聞かれないよう、そうっと息を吸った。
優紀が眉毛を整えているとき、海茅は数か月前に眉毛を剃って失敗した日のことを思い出した。あのときは針金眉毛になってしまい、学校を休むと母親に駄々をこねたものだ。
「できた! 海茅ちゃん、鏡見てみて!」
海茅は鏡を覗き込み、思わず笑顔になった。
産毛を剃ってもらった肌はワントーン明るくなり、陶器のようにツルツルに見える。眉毛もほどよい太さに整っていて、芋っぽさが薄れた気がする。
「すごい! お化粧しなくてもこんなに変わるんだね! 優紀ちゃん、ありがとう~!」
お風呂に入ったあと、海茅は優紀に言われるがまま、何かも分からない液体を顔にペタペタと塗り込んだ。カサカサだった肌がもっちりして、自分の頬なのに気持ち良くてずっと触ってしまう。
花の香りがする液体が入ったおしゃれなボトルに囲まれて、お肌のお手入れをしながら友だちとお喋りをする時間は、優雅で贅沢で、なんだかお姫さまになった気分になった。
化粧品に興味がなかった海茅もすっかり夢中だ。
「私も欲しいなあ」
「明日買おうよ!」
「で、でもお金が一万円しかないから……」
「大丈夫! 安いお店でもお洒落な服売ってるから! 化粧品もプチプラで買っちゃお! 足りなかったら化粧品と乳液だけでも揃えたらいいし」
優紀は、海茅を大変身させることが楽しくて仕方がないようだ。
寝る前での間、二人は雑誌をめくって海茅に合いそうな服装を探したり、雑誌に載っている星座占いを読んだりして盛り上がった。
夏休みの夜に、部屋着で過ごすなんでもない時間。海茅と優紀は、布団に潜り込んでからも、中身のない、学びも気付きもないくだらない会話をだらだらと続けた。
大人になった彼女たちは、きっとこの日のことを忘れているだろう。しかし今の二人にとって、この退屈な時間こそが大切な宝物だった。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。
フラワーキャッチャー
東山未怜
児童書・童話
春、中学1年生の恵梨は登校中、車に轢かれそうになったところを転校生・咲也(さくや)に突き飛ばされて助けられる。
実は咲也は花が絶滅した魔法界に花を甦らせるため、人の心に咲く花を集めに人間界にやってきた、「フラワーキャッチャー」だった。
けれど助けられたときに、咲也の力は恵梨に移ってしまった。
これからは恵梨が咲也の代わりに、人の心の花を集めることが使命だと告げられる。
恵梨は魔法のペンダントを預けられ、戸惑いながらもフラワーキャッチャーとしてがんばりはじめる。
お目付け役のハチドリ・ブルーベルと、ケンカしつつも共に行動しながら。
クラスメートの女子・真希は、恵梨の親友だったものの、なぜか小学4年生のあるときから恵梨に冷たくなった。さらには、咲也と親しげな恵梨をライバル視する。
合唱祭のピアノ伴奏に決まった恵梨の友人・奏子(そうこ)は、飼い猫が死んだ悲しみからピアノが弾けなくなってしまって……。
児童向けのドキワクな現代ファンタジーを、お楽しみいただけたら♪
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
月星人と少年
ピコ
児童書・童話
都会育ちの吉太少年は、とある事情で田舎の祖母の家に預けられる。
その家の裏手、竹藪の中には破天荒に暮らす小さな小さな姫がいた。
「拾ってもらう作戦を立てるぞー!おー!」
「「「「おー!」」」」
吉太少年に拾ってもらいたい姫の話です。
理想の王妃様
青空一夏
児童書・童話
公爵令嬢イライザはフィリップ第一王子とうまれたときから婚約している。
王子は幼いときから、面倒なことはイザベルにやらせていた。
王になっても、それは変わらず‥‥側妃とわがまま遊び放題!
で、そんな二人がどーなったか?
ざまぁ?ありです。
お気楽にお読みください。
太郎ちゃん
ドスケベニート
児童書・童話
きれいな石ころを拾った太郎ちゃん。
それをお母さんに届けるために帰路を急ぐ。
しかし、立ちはだかる困難に苦戦を強いられる太郎ちゃん。
太郎ちゃんは無事お家へ帰ることはできるのか!?
何気ない日常に潜む危険に奮闘する、涙と愛のドタバタコメディー。
クール天狗の溺愛事情
緋村燐
児童書・童話
サトリの子孫である美紗都は
中学の入学を期にあやかしの里・北妖に戻って来た。
一歳から人間の街で暮らしていたからうまく馴染めるか不安があったけれど……。
でも、素敵な出会いが待っていた。
黒い髪と同じ色の翼をもったカラス天狗。
普段クールだという彼は美紗都だけには甘くて……。
*・゜゚・*:.。..。.:*☆*:.。. .。.:*・゜゚・*
「可愛いな……」
*滝柳 風雅*
守りの力を持つカラス天狗
。.:*☆*:.。
「お前今から俺の第一嫁候補な」
*日宮 煉*
最強の火鬼
。.:*☆*:.。
「風雅の邪魔はしたくないけど、簡単に諦めたくもないなぁ」
*山里 那岐*
神の使いの白狐
\\ドキドキワクワクなあやかし現代ファンタジー!//
野いちご様
ベリーズカフェ様
魔法のiらんど様
エブリスタ様
にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる