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7章
第61話 はじめてのケンカ
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◇◇◇
匡史たちと別れてすぐ、海茅は優紀の胸ぐらを掴み、ぐあんぐあん揺らした。
「優紀ちゃん! 私態度悪かったよねえ!? 悪かったよねぇぇぇ!?」
なされるがままの優紀は、海茅から目を逸らして苦い顔をする。
「悪かったというか……意識しすぎというか……」
「あぁぁぁ~っ……! 絶対匡史君に変に思われたよぉ……」
「まあ、様子が変なのは気付かれてるよねえ……」
「んおぉぉ……っ。勝手に避けられてウザいよねえぇっ。ごめんね匡史君……っ」
「それは多田君に直接言って……?」
優紀の声は海茅に聞こえていないに等しい。海茅は奇声を発しながら頭を掻きむしる。
匡史は何も悪いことをしていないのに、突然避けられるなんて理不尽だ。頭では分かっているものの、どうしても今までと同じようには接することができない。
「私ってなんでこんなに心が狭いのぉっ……? こんな自分がいやすぎるっ……」
海茅をジトッとした目で眺めていた優紀が口を開く。
「あのさ、どうして多田君のこと避けるの?」
「えっと……。女の子に告白されてるって聞いて、それからなんか気まずくて……」
「どうして?」
「……」
海茅の中に渦巻いている感情は、とても人に聞かせられるものではない。理不尽で、自分勝手で、お前は一体何様なんだと自分に言いたくなるほど恥ずかしいものだ。
頭ではそう思っているのに、気持ちが言うことを聞いてくれない。自分がふたつに分裂したような感覚で、海茅もほとほと困り果てていた。
そんな気持ちを優紀に打ち明けようものなら、きっと彼女に正論でぶつ切りにされるだろう。それを分かっているのに話す気になれるはずがない。
海茅がムスッとした顔で黙り込むと、優紀はそしらん顔で歩き出す。
「自分だけでぐるぐる考えても、たぶん答えでないよー」
海茅は、夕日に照らされた優紀の背中を目で追った。
いつだって海茅の前を歩く優紀。立ち止まり、つまずいてばかりの海茅とは違い、彼女は迷うことなくずんずん進んでいく。
優紀の長く伸びた影は、海茅の視界を暗くした。
「……私が優紀ちゃんみたいに可愛くてしっかり者だったら、こんなことで悩まなくてもよかったかもしれないのに」
優紀の足がぴたりと止まる。彼女は立ちすくんだかと思えば、勢いよく踵を返し、海茅の胸ぐらを掴んだ。
「そのさ、私と比べるのやめてくれない?」
「……優紀ちゃんには分からないよ。私みたいな、なんの取柄もない根暗で性悪な人の気持ちなんて」
シャツを掴む優紀の手に力が入る。
「ああ! 自己肯定感低すぎてイライラする! 鏡で自分のことちゃんと見たことないの!?」
「あるよ! だから自分のことくらい分かってる!」
「じゃあその鏡割れてバキバキだよ! もうちょっとマシな鏡使えば!?」
「割れてないよ! この前買ったばっかりだもん!」
「その鏡捨てたら!? 絶対その鏡より、私の方がちゃんと海茅ちゃんのこと見えてるよ!」
ひとしきり怒鳴り合ったあと、海茅は「ん?」と眉を寄せた。
「……あれ? それ、遠回しに私のこと褒めてない?」
「褒めてないよ! 私は海茅ちゃんのくだらないほど低い自己肯定感に呆れてんの! 海茅ちゃん可愛いし、面白いし、シンバルも上手なのにさ! なんでそんな自分のこと卑下するわけ!? 意味分かんない!」
鼻息荒く睨みつける優紀に、海茅はオロオロしながら言う。
「……やっぱり、褒めてるよね?」
「褒めてない! 本当のこと言ってるだけだよ!!」
優紀は怒っても優紀だ。
こんな人に敵うわけがないやと、海茅は観念してへにゃりと笑った。
「さっきはごめん。嫌味なこと言った」
優紀は腕を組み、ぷいと顔を背ける。
「本当だよ! はー、友だちバカにされてむかついた」
怒る理由も、怒鳴り文句も、優紀らしい。
こんな人と比べて劣等感を抱いても仕方がない。海茅はどうやったって優紀にはなれない。
海茅はこの時、優紀を通して知らない自分を見た。優紀の目に映る海茅はまるで別人で、それが自分だとすぐには受け入れられなかった。
だが、優紀という大好きな友だちが、バカにしただけでこんなにも怒るくらい大切にしている友だちだということは、海茅という人間は、もしかしたら少しは素敵な人なのかもしれないと思えた。
匡史たちと別れてすぐ、海茅は優紀の胸ぐらを掴み、ぐあんぐあん揺らした。
「優紀ちゃん! 私態度悪かったよねえ!? 悪かったよねぇぇぇ!?」
なされるがままの優紀は、海茅から目を逸らして苦い顔をする。
「悪かったというか……意識しすぎというか……」
「あぁぁぁ~っ……! 絶対匡史君に変に思われたよぉ……」
「まあ、様子が変なのは気付かれてるよねえ……」
「んおぉぉ……っ。勝手に避けられてウザいよねえぇっ。ごめんね匡史君……っ」
「それは多田君に直接言って……?」
優紀の声は海茅に聞こえていないに等しい。海茅は奇声を発しながら頭を掻きむしる。
匡史は何も悪いことをしていないのに、突然避けられるなんて理不尽だ。頭では分かっているものの、どうしても今までと同じようには接することができない。
「私ってなんでこんなに心が狭いのぉっ……? こんな自分がいやすぎるっ……」
海茅をジトッとした目で眺めていた優紀が口を開く。
「あのさ、どうして多田君のこと避けるの?」
「えっと……。女の子に告白されてるって聞いて、それからなんか気まずくて……」
「どうして?」
「……」
海茅の中に渦巻いている感情は、とても人に聞かせられるものではない。理不尽で、自分勝手で、お前は一体何様なんだと自分に言いたくなるほど恥ずかしいものだ。
頭ではそう思っているのに、気持ちが言うことを聞いてくれない。自分がふたつに分裂したような感覚で、海茅もほとほと困り果てていた。
そんな気持ちを優紀に打ち明けようものなら、きっと彼女に正論でぶつ切りにされるだろう。それを分かっているのに話す気になれるはずがない。
海茅がムスッとした顔で黙り込むと、優紀はそしらん顔で歩き出す。
「自分だけでぐるぐる考えても、たぶん答えでないよー」
海茅は、夕日に照らされた優紀の背中を目で追った。
いつだって海茅の前を歩く優紀。立ち止まり、つまずいてばかりの海茅とは違い、彼女は迷うことなくずんずん進んでいく。
優紀の長く伸びた影は、海茅の視界を暗くした。
「……私が優紀ちゃんみたいに可愛くてしっかり者だったら、こんなことで悩まなくてもよかったかもしれないのに」
優紀の足がぴたりと止まる。彼女は立ちすくんだかと思えば、勢いよく踵を返し、海茅の胸ぐらを掴んだ。
「そのさ、私と比べるのやめてくれない?」
「……優紀ちゃんには分からないよ。私みたいな、なんの取柄もない根暗で性悪な人の気持ちなんて」
シャツを掴む優紀の手に力が入る。
「ああ! 自己肯定感低すぎてイライラする! 鏡で自分のことちゃんと見たことないの!?」
「あるよ! だから自分のことくらい分かってる!」
「じゃあその鏡割れてバキバキだよ! もうちょっとマシな鏡使えば!?」
「割れてないよ! この前買ったばっかりだもん!」
「その鏡捨てたら!? 絶対その鏡より、私の方がちゃんと海茅ちゃんのこと見えてるよ!」
ひとしきり怒鳴り合ったあと、海茅は「ん?」と眉を寄せた。
「……あれ? それ、遠回しに私のこと褒めてない?」
「褒めてないよ! 私は海茅ちゃんのくだらないほど低い自己肯定感に呆れてんの! 海茅ちゃん可愛いし、面白いし、シンバルも上手なのにさ! なんでそんな自分のこと卑下するわけ!? 意味分かんない!」
鼻息荒く睨みつける優紀に、海茅はオロオロしながら言う。
「……やっぱり、褒めてるよね?」
「褒めてない! 本当のこと言ってるだけだよ!!」
優紀は怒っても優紀だ。
こんな人に敵うわけがないやと、海茅は観念してへにゃりと笑った。
「さっきはごめん。嫌味なこと言った」
優紀は腕を組み、ぷいと顔を背ける。
「本当だよ! はー、友だちバカにされてむかついた」
怒る理由も、怒鳴り文句も、優紀らしい。
こんな人と比べて劣等感を抱いても仕方がない。海茅はどうやったって優紀にはなれない。
海茅はこの時、優紀を通して知らない自分を見た。優紀の目に映る海茅はまるで別人で、それが自分だとすぐには受け入れられなかった。
だが、優紀という大好きな友だちが、バカにしただけでこんなにも怒るくらい大切にしている友だちだということは、海茅という人間は、もしかしたら少しは素敵な人なのかもしれないと思えた。
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