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エピローグ
五年後:家族団欒
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それから双子とヴィクス、ジュリアは、学校で子どもたちに勉強を教えているウィルクの様子を見に行った。
黒板に端正な文字を書きながら、ゆっくりと丁寧な口調で子どもに教えているウィルクの姿を眺めていたヴィクスの目から、涙がつぅと流れ落ちる。
「……本当に立派になって」
ヴィクスの独り言を聞き、アーサーとモニカは自慢げに言った。
「ウィルクは本当に立派だよ。彼のおかげで、トロワの子どもたちはみんな字が読めるようになったし」
「剣や魔法が得意な子も多いのよ。ウィルクは教えるのが上手」
それにジュリアも続く。
「ウィルクは意外にも子どものことも、教えることも好きだったみたいですわ。適職ですわね」
「そうか。子どもは国の宝。宝を育てることが得意なんて、素晴らしいことだ」
「私もそう思います」
兄たちと姉たちに見学されている上に、一人は泣き出すし、二人は胸を張って自慢するし、一人には「ちゃんとしなさい」という厳しい目を向けられるしでウィルクはまったく集中できなかった。
そんな時、勉強に飽きた一人の少年が手を上げる。
「ウィリー! 外で遊ぼーよー!」
いつもであれば軽く受け流して勉強を続行するのだが、今の状況から一刻も早く抜け出したかったウィルクは大きく頷いた。
「そうだね! 先生もちょうど新鮮な空気を吸いたかったところなんだ。さあ、みんな外へ出てボール遊びをしよう。それとも剣技の授業にするかい?」
「わー! 剣技の授業がしたいー!」
「君たちはラッキーだ。今日はゲストとして、アーサー様とヴィ……フィック様がいらっしゃる。お二人とも先生よりもずっと剣技が達者だから、今日だけでぐんと強くなれるはずだ」
少年たちがうしろを向き、アーサーとヴィクスにキラキラさせた目を向ける。
「おじさんたち、ウィリーよりも剣技が上手なのー!? すっげぇー!」
「おじっ……」
「おじさん」と呼ばれたアーサーとヴィクスは、石のように固まった。
「ぼ……僕たちってもうおじさんなのぉ……?」
「いいえお兄様……僕たちはまだ二十代前半ですよ。おじさんと呼ばれるにはまだ早いはずです……そ、そうだよね、ジュリア……?」
ぷるぷる震える兄二人に、ジュリアはツンとした表情で、モニカは面白がっている様子で応える。
「そうですわねえ。幼い子どもから見たら立派な〝おじさん〟なんじゃありません? お二人とも、この五年でずっと大人びましたし」
「そうよー? アーサーもヴィクスも、あんなにツルツルだったあごにヒゲが生えるようになったんだもの! おじさん以外の何者でもないわ!」
そんなジュリアとモニカに目を向けたまま、生徒の一人がウィルクに尋ねる。
「ねえウィリー! あのおばさん二人は何を教えてくれるのー!?」
「あっ、こらブルリ……」
ウィルクが注意しようとしたがもう遅い。教室の中に吹雪が吹き荒れ、床に氷が張った。学校の外の天気は、晴天から雷を伴った豪雨に早変わり。
ジュリアとモニカはこめかみにピキピキと青筋を立て、幼い生徒たちに杖を向ける。
「私たち? 私たちはですね、魔法が得意なんです」
「だからあなたたちにたっぷり教えてあげるわね? それと……」
「「私たちのことは”お姉さん”と呼びなさい?」」
それからは、アーサー、ヴィクス、ウィルクの三人がかりで、怒ったモニカとジュリアを宥めようと頑張った。
しかし兄弟五人の取っ組み合いが楽しくなってきたアーサーとモニカが、だんだん手加減を抜き始めた。
双子の力が強くなってくれば、妹弟の三人も本気を出さざるを得ない。
それはいつしか双子vsヴィクス、ジュリア、ウィルクの対戦にまで発展した。
広場で行われた対戦は、生徒の子どもたちでなく、大人たちまで見学して楽しんでいた。
見学者の中にはダフとシチュリアもいて、途中から我慢できずに双子に押されているヴィクスチームに参戦した。
ダフはヴィクスと共闘できたのが楽しかったようで、「またやりましょうね!」と彼らに再戦の約束をした。
一方シチュリアは、ヴィクスに「二度とこんな遊びはしないで!」と説教していた。(ヴィクスは適当に返事をしていたが、心の中では「またやりたいなあ」と考えていた)
そんなこんなで、無茶苦茶になった授業を終えたウィルクは、兄弟たちとレストランに入った。
「もう! お兄さまとお姉さまのせいでとんでもない授業になったじゃないですかぁ!」
プンプン怒るウィルクを見ても、四人は嬉しそうに笑うだけ。
ヴィクスはウィルクにサラダをよそい、手渡しながら言った。
「後半からはまあ……主にジュリアのせいでひどかったけど――」
「私だけではないでしょう!? モニカ様もたいがいでしたわよ!?」
「――前半は素晴らしかったよウィルク。子どもでも分かりやすい言葉で上手に教えていたね」
ヴィクスに褒められ、ウィルクは顔を真っ赤にしてもじもじと体を揺らした。
「あっ……あ、ありがとうございます……!」
「庶民のための学校がもっと増えればいいんだけど」
「増やします! 長い時間がかかると思いますが、必ず!」
「バンスティンの未来は明るいね」
ヴィクスはそう言ってひょいと肉をひとかけら口に放り込み、「おいしい」と呟いた。
兄弟たちにとってはそれだけで涙が出るほど嬉しかった。
ウィルクはヴィクスに尋ねた。
「ヴィクスお兄さまは、これからしたいことはありますか?」
「そうだね。今日でほとんどしたいことを全てしてしまったから、これから考えないと」
「僕はお兄さまとしたいことがまだまだたくさんあるんです! よければ付き合っていただけますか?」
「もちろん。好きなだけ付き合うよ」
「やった!」
そんなとき、よそ見をして歩いていた少女がヴィクスにぶつかった。
「んあっ」
「っ……」
ジュリアとウィルクは背筋が凍った。少女が手に持っていたアツアツのスープがヴィクスの服にべったりとかかってしまったのだ。二人は顔を真っ青にして立ち上がる。
「「お兄さま!! お怪我は!?」」
ヴィクスはジュリアとウィルクに視線を送った。ヴィクス王子だった頃の彼を思い出させる、冷たい目。
(お兄様……まさかその少女を……)
(今のお兄さまなら……命乞いをすれば許してもらえるはず……)
二人が口を開いたときと同時に、ヴィクスがジュリアとウィルクの名を呼んだ。
「僕より先にこの子の心配をしないか」
「え……」
「君、怪我はないかな。スープはかかっていない? ……ああ、手に火傷が。少し待ってね」
ヴィクスは少女の手に回復魔法をかけてから頭を撫でた。
「もう大丈夫」
「お、お兄ちゃん、ごめんね。お兄ちゃんも熱かったでしょ」
「ううん。僕は大丈夫だよ。お母さんとお父さんは?」
「あっち……」
「早く行っておあげ。心配していると思うから」
「うん……」
少女はヴィクスを見上げたかと思えば、くんくんと匂いを嗅いだ。
「お兄ちゃん……なんだかお花のにおいがする」
「そ、そうかな?」
「あと……おひさまのにおい!」
「ああ……外で歩いていたからかな?」
二言三言会話をしてから、少女は手を振りながら両親の元へ戻っていった。
少女に手を振り返し「かわいいね」と呟くヴィクスの頭を、モニカがぺちんと叩く。
「あいて」
「『かわいいね~』じゃないわよ!」
モニカがヴィクスの濡れた服をめくると、あつあつのスープがかかった肌が真っ赤になっていた。モニカの回復魔法できれいに治ったのに、その上にアーサーがぺたぺたと薬草を貼り付ける。
「ほんと、自分の傷に鈍感なんだから」
「そうだよ? 君はいっつもそうなんだから」
「あはは、ごめんなさい」
双子とヴィクスの会話を聞いていたジュリアとウィルクはこっそり目を見合わせ、恥ずかしそうに俯いた。
(あああどうしましょう……。アーサー様とモニカ様よりも一緒に過ごしていた時間が長いはずなのに……私はヴィクスお兄様のことをちっとも分かっていないのね……)
(ううう……王子時代のヴィクスお兄様でどうしても考えてしまう……。ヴィクスお兄様は本当は優しいお方なのに……)
妹と弟が落ち込んでいるのに気づいたヴィクスは、クスクス笑って二人に料理を取り分けた。
「二人とももっとお食べ。おいしそうに食べているところをもっと僕に見せておくれ。お兄様とお姉様なんて、先ほどから吸い込むように食べているだろう? 彼らと同じくらい、たぁんとお食べ」
そしてヴィクスは、照れ臭そうに兄弟姉妹に視線を送る。
「そうだみんな。ルアンの画家に、僕たち五人の肖像画を描いてもらわないかい?」
「いいですわね。そういえば、家族の肖像画なんて描いてもらったことがありませんわ」
「素敵です! 僕も初めてなので、楽しみです!」
ヴィクスの誘いに、ジュリアもウィルクもおおいに乗り気だ。もちろん、アーサーとモニカも。
「もうさ、僕たちの仲良い画家みーんな呼んでいい!? みんなに描いてもらおうよ!!」
「きゃー! それ、良い~!! いっぱい描いてもらって、みんな一枚ずつもらって、残りは美術館に飾るの!」
「そうと決まればすぐに伝書インコを飛ばすよ! インコ、ルアンの画家に伝言お願い! 〝絵を描いてほしいから、今すぐトロワに来てください!〟」
「ちょっとお兄様。性急すぎではありませんか? 突然呼び出されたら画家も迷惑なんじゃ……」
双子はいつだって行動が早い。苦笑いして窘めようとするヴィクスに、ジュリアは指を振る。
「いいえヴィクスお兄様。売れない画家というのはいつでも仕事を求めているものですわ。全員、喜んで来てくれますわ」
「僕も今すぐ描いてもらいたいです! あ、僕はヴィクスお兄様とアーサーお兄様の間でいいですか!? そして僕の後ろか前にモニカお姉様がいてくれると嬉しいです!」
学校では立派な先生をしているウィルクも、兄と姉の前ではやはり末っ子だ。
甘えた声でわがままなことを言う彼に、ジュリアは不機嫌そうに唇を尖らせた。
「あら。じゃあ、私の場所はどこになるの?」
「ジュリアお姉様はどこでも良いですよ。お好きなところでお立ち下さい」
「あなた、私にだけ冷たいわよね!? どうしてなの!?」
「そりゃあ、馬乗りになって毒を飲まされた人のことなんて……」
「あなたそんな昔のことを未だに根に持っているの!? そろそろ忘れてもいいでしょう!?」
弟と妹のやりとりに、アーサーとモニカはケタケタ笑った。
二十二年越しの、家族団欒の食事。
しがらみから解放された子どもたちは、それぞれの道を進み大人になった。
苦しみを知る彼らが作る世の中は、きっと優しく、笑いが溢れているのだろう。
お花とおひさまの匂いがする、明るい未来になるのだろう。
黒板に端正な文字を書きながら、ゆっくりと丁寧な口調で子どもに教えているウィルクの姿を眺めていたヴィクスの目から、涙がつぅと流れ落ちる。
「……本当に立派になって」
ヴィクスの独り言を聞き、アーサーとモニカは自慢げに言った。
「ウィルクは本当に立派だよ。彼のおかげで、トロワの子どもたちはみんな字が読めるようになったし」
「剣や魔法が得意な子も多いのよ。ウィルクは教えるのが上手」
それにジュリアも続く。
「ウィルクは意外にも子どものことも、教えることも好きだったみたいですわ。適職ですわね」
「そうか。子どもは国の宝。宝を育てることが得意なんて、素晴らしいことだ」
「私もそう思います」
兄たちと姉たちに見学されている上に、一人は泣き出すし、二人は胸を張って自慢するし、一人には「ちゃんとしなさい」という厳しい目を向けられるしでウィルクはまったく集中できなかった。
そんな時、勉強に飽きた一人の少年が手を上げる。
「ウィリー! 外で遊ぼーよー!」
いつもであれば軽く受け流して勉強を続行するのだが、今の状況から一刻も早く抜け出したかったウィルクは大きく頷いた。
「そうだね! 先生もちょうど新鮮な空気を吸いたかったところなんだ。さあ、みんな外へ出てボール遊びをしよう。それとも剣技の授業にするかい?」
「わー! 剣技の授業がしたいー!」
「君たちはラッキーだ。今日はゲストとして、アーサー様とヴィ……フィック様がいらっしゃる。お二人とも先生よりもずっと剣技が達者だから、今日だけでぐんと強くなれるはずだ」
少年たちがうしろを向き、アーサーとヴィクスにキラキラさせた目を向ける。
「おじさんたち、ウィリーよりも剣技が上手なのー!? すっげぇー!」
「おじっ……」
「おじさん」と呼ばれたアーサーとヴィクスは、石のように固まった。
「ぼ……僕たちってもうおじさんなのぉ……?」
「いいえお兄様……僕たちはまだ二十代前半ですよ。おじさんと呼ばれるにはまだ早いはずです……そ、そうだよね、ジュリア……?」
ぷるぷる震える兄二人に、ジュリアはツンとした表情で、モニカは面白がっている様子で応える。
「そうですわねえ。幼い子どもから見たら立派な〝おじさん〟なんじゃありません? お二人とも、この五年でずっと大人びましたし」
「そうよー? アーサーもヴィクスも、あんなにツルツルだったあごにヒゲが生えるようになったんだもの! おじさん以外の何者でもないわ!」
そんなジュリアとモニカに目を向けたまま、生徒の一人がウィルクに尋ねる。
「ねえウィリー! あのおばさん二人は何を教えてくれるのー!?」
「あっ、こらブルリ……」
ウィルクが注意しようとしたがもう遅い。教室の中に吹雪が吹き荒れ、床に氷が張った。学校の外の天気は、晴天から雷を伴った豪雨に早変わり。
ジュリアとモニカはこめかみにピキピキと青筋を立て、幼い生徒たちに杖を向ける。
「私たち? 私たちはですね、魔法が得意なんです」
「だからあなたたちにたっぷり教えてあげるわね? それと……」
「「私たちのことは”お姉さん”と呼びなさい?」」
それからは、アーサー、ヴィクス、ウィルクの三人がかりで、怒ったモニカとジュリアを宥めようと頑張った。
しかし兄弟五人の取っ組み合いが楽しくなってきたアーサーとモニカが、だんだん手加減を抜き始めた。
双子の力が強くなってくれば、妹弟の三人も本気を出さざるを得ない。
それはいつしか双子vsヴィクス、ジュリア、ウィルクの対戦にまで発展した。
広場で行われた対戦は、生徒の子どもたちでなく、大人たちまで見学して楽しんでいた。
見学者の中にはダフとシチュリアもいて、途中から我慢できずに双子に押されているヴィクスチームに参戦した。
ダフはヴィクスと共闘できたのが楽しかったようで、「またやりましょうね!」と彼らに再戦の約束をした。
一方シチュリアは、ヴィクスに「二度とこんな遊びはしないで!」と説教していた。(ヴィクスは適当に返事をしていたが、心の中では「またやりたいなあ」と考えていた)
そんなこんなで、無茶苦茶になった授業を終えたウィルクは、兄弟たちとレストランに入った。
「もう! お兄さまとお姉さまのせいでとんでもない授業になったじゃないですかぁ!」
プンプン怒るウィルクを見ても、四人は嬉しそうに笑うだけ。
ヴィクスはウィルクにサラダをよそい、手渡しながら言った。
「後半からはまあ……主にジュリアのせいでひどかったけど――」
「私だけではないでしょう!? モニカ様もたいがいでしたわよ!?」
「――前半は素晴らしかったよウィルク。子どもでも分かりやすい言葉で上手に教えていたね」
ヴィクスに褒められ、ウィルクは顔を真っ赤にしてもじもじと体を揺らした。
「あっ……あ、ありがとうございます……!」
「庶民のための学校がもっと増えればいいんだけど」
「増やします! 長い時間がかかると思いますが、必ず!」
「バンスティンの未来は明るいね」
ヴィクスはそう言ってひょいと肉をひとかけら口に放り込み、「おいしい」と呟いた。
兄弟たちにとってはそれだけで涙が出るほど嬉しかった。
ウィルクはヴィクスに尋ねた。
「ヴィクスお兄さまは、これからしたいことはありますか?」
「そうだね。今日でほとんどしたいことを全てしてしまったから、これから考えないと」
「僕はお兄さまとしたいことがまだまだたくさんあるんです! よければ付き合っていただけますか?」
「もちろん。好きなだけ付き合うよ」
「やった!」
そんなとき、よそ見をして歩いていた少女がヴィクスにぶつかった。
「んあっ」
「っ……」
ジュリアとウィルクは背筋が凍った。少女が手に持っていたアツアツのスープがヴィクスの服にべったりとかかってしまったのだ。二人は顔を真っ青にして立ち上がる。
「「お兄さま!! お怪我は!?」」
ヴィクスはジュリアとウィルクに視線を送った。ヴィクス王子だった頃の彼を思い出させる、冷たい目。
(お兄様……まさかその少女を……)
(今のお兄さまなら……命乞いをすれば許してもらえるはず……)
二人が口を開いたときと同時に、ヴィクスがジュリアとウィルクの名を呼んだ。
「僕より先にこの子の心配をしないか」
「え……」
「君、怪我はないかな。スープはかかっていない? ……ああ、手に火傷が。少し待ってね」
ヴィクスは少女の手に回復魔法をかけてから頭を撫でた。
「もう大丈夫」
「お、お兄ちゃん、ごめんね。お兄ちゃんも熱かったでしょ」
「ううん。僕は大丈夫だよ。お母さんとお父さんは?」
「あっち……」
「早く行っておあげ。心配していると思うから」
「うん……」
少女はヴィクスを見上げたかと思えば、くんくんと匂いを嗅いだ。
「お兄ちゃん……なんだかお花のにおいがする」
「そ、そうかな?」
「あと……おひさまのにおい!」
「ああ……外で歩いていたからかな?」
二言三言会話をしてから、少女は手を振りながら両親の元へ戻っていった。
少女に手を振り返し「かわいいね」と呟くヴィクスの頭を、モニカがぺちんと叩く。
「あいて」
「『かわいいね~』じゃないわよ!」
モニカがヴィクスの濡れた服をめくると、あつあつのスープがかかった肌が真っ赤になっていた。モニカの回復魔法できれいに治ったのに、その上にアーサーがぺたぺたと薬草を貼り付ける。
「ほんと、自分の傷に鈍感なんだから」
「そうだよ? 君はいっつもそうなんだから」
「あはは、ごめんなさい」
双子とヴィクスの会話を聞いていたジュリアとウィルクはこっそり目を見合わせ、恥ずかしそうに俯いた。
(あああどうしましょう……。アーサー様とモニカ様よりも一緒に過ごしていた時間が長いはずなのに……私はヴィクスお兄様のことをちっとも分かっていないのね……)
(ううう……王子時代のヴィクスお兄様でどうしても考えてしまう……。ヴィクスお兄様は本当は優しいお方なのに……)
妹と弟が落ち込んでいるのに気づいたヴィクスは、クスクス笑って二人に料理を取り分けた。
「二人とももっとお食べ。おいしそうに食べているところをもっと僕に見せておくれ。お兄様とお姉様なんて、先ほどから吸い込むように食べているだろう? 彼らと同じくらい、たぁんとお食べ」
そしてヴィクスは、照れ臭そうに兄弟姉妹に視線を送る。
「そうだみんな。ルアンの画家に、僕たち五人の肖像画を描いてもらわないかい?」
「いいですわね。そういえば、家族の肖像画なんて描いてもらったことがありませんわ」
「素敵です! 僕も初めてなので、楽しみです!」
ヴィクスの誘いに、ジュリアもウィルクもおおいに乗り気だ。もちろん、アーサーとモニカも。
「もうさ、僕たちの仲良い画家みーんな呼んでいい!? みんなに描いてもらおうよ!!」
「きゃー! それ、良い~!! いっぱい描いてもらって、みんな一枚ずつもらって、残りは美術館に飾るの!」
「そうと決まればすぐに伝書インコを飛ばすよ! インコ、ルアンの画家に伝言お願い! 〝絵を描いてほしいから、今すぐトロワに来てください!〟」
「ちょっとお兄様。性急すぎではありませんか? 突然呼び出されたら画家も迷惑なんじゃ……」
双子はいつだって行動が早い。苦笑いして窘めようとするヴィクスに、ジュリアは指を振る。
「いいえヴィクスお兄様。売れない画家というのはいつでも仕事を求めているものですわ。全員、喜んで来てくれますわ」
「僕も今すぐ描いてもらいたいです! あ、僕はヴィクスお兄様とアーサーお兄様の間でいいですか!? そして僕の後ろか前にモニカお姉様がいてくれると嬉しいです!」
学校では立派な先生をしているウィルクも、兄と姉の前ではやはり末っ子だ。
甘えた声でわがままなことを言う彼に、ジュリアは不機嫌そうに唇を尖らせた。
「あら。じゃあ、私の場所はどこになるの?」
「ジュリアお姉様はどこでも良いですよ。お好きなところでお立ち下さい」
「あなた、私にだけ冷たいわよね!? どうしてなの!?」
「そりゃあ、馬乗りになって毒を飲まされた人のことなんて……」
「あなたそんな昔のことを未だに根に持っているの!? そろそろ忘れてもいいでしょう!?」
弟と妹のやりとりに、アーサーとモニカはケタケタ笑った。
二十二年越しの、家族団欒の食事。
しがらみから解放された子どもたちは、それぞれの道を進み大人になった。
苦しみを知る彼らが作る世の中は、きっと優しく、笑いが溢れているのだろう。
お花とおひさまの匂いがする、明るい未来になるのだろう。
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