上 下
680 / 718
決戦編:裏S級との戦い

アーサーの悩み

しおりを挟む
 クルドパーティの遺体は、イルネーヌ町の中央に埋められた。
 今はまだ瓦礫で墓を建てることしかできなかったが、いつか立派な墓を建てようとサンプソンとマデリアは誓った。
 彼らを慕っていたイルネーヌ町の住民は、クルド、ミント、ブルギーの小さな墓に花を添え、涙を落とした。

 冒険者たちはイルネーヌ町で一夜を過ごした。エルフたちによって怪我は治ったものの、疲弊した彼らはぐったりと薄い布の上に倒れこみすぐに深い眠りに落ちた。……アーサー以外は。

 S級とモニカがぐっすり眠っているときも、アーサーだけは眠らなかった。彼は夜遅くまで怪我をした町人を看病したあとテントに戻り、窓辺に腰かけ、ぼんやりと変わり果てた町の風景と夜空を見上げた。誰と話すこともなく、ただ一人で。

 人が変わったように静かなアーサーにまだ起きていたベニートパーティやエルフたちは不安を覚えたが、誰も彼には触れようとしなかった。……ただ一人、ダフを除いて。

「アーサー、まだ起きているのか? 疲れてるだろう。横になったらどうだ?」
「ううん、眠くないんだ」
「だったら何か食べろ。帰ってから何も食べていないだろう」

 アーサーの隣にバナナを持ったダフが腰かけた。ダフはバナナの皮を剥いて、アーサーの頬に押し付ける。

「ほら、お前の好きなバナナだぞ!」
「ありがとうダフ。でも、食欲がないんだ」
「兄弟揃って同じようなことを言うなよ!」

 ダフの言葉に、アーサーはピクッと反応する。

「ヴィクス……」

 そう呟き、深いため息を吐くアーサー。
 ダフは眉をハの字にして、アーサーの肩を抱いた。

「殿下のしたことは許せないな。アーサーもそう思うだろ?」
「うん……。許せない……許せないよ……」
「……殿下は、俺のためにこの町を焼いた」
「……え?」

 怪訝な顔をしたアーサーに、ダフは涙を浮かべて微笑んだ。

「殿下はな、アーサー。俺を殿下から引き離すために、町を焼いたんだ」
「……どうしてそんなこと……」
「……殿下は最期まで悪役を貫くつもりだ。だから、俺が殿下に仕えていたら俺も処刑される。悪者に仕えていた近衛兵という汚名も被るだろう。殿下はそれを避けたかった」

 そのために町を焼き、何百人という人を死に至らしめたのか……とアーサーは顔を歪めた。

「それと、理由がもうひとつある。それは……殿下は救済されたくなかったからだ」
「……どういうこと?」
「お前たちは、殿下が処刑されない方法で反乱を起こそうとしていただろう。それが殿下は嫌だった」
「どうして……」
「殿下は……この苦しみに満ちた生から解放されたいからだ」

 それを聞いたアーサーは立ち上がり、ブルブルと震えた。

「逃げるなよ……! 苦しいからって逃げるな……! これは……この地獄は、ヴィクスが始めたことだろう……! 自分だけ逃げるな……! そんなこと、僕が許さない……!」
「……それは直接、殿下に言ってやってくれ」

 アーサーを宥め、窓辺に座らせるダフ。
 ダフはアーサーをじっと見たあと、首を傾げた。

「ところでアーサー、お前、なんか変わったな」
「ああ……うん。僕、もうヒトじゃなくなったから。魔物の血と魔力がたっぷり体の中に……」
「いや……それもあるだろうが……。なんかその、雰囲気とか、声とか」

 アーサーは小さく頷き、打ち明けた。

「実は……感情がちょっと鈍ってる感じがするんだ。いろんなことが悲しいのになぜか涙が出ない。魔物に近くなったからかな……」

 それを聞いたダフはぶんぶんと首を横に振る。

「違うぞアーサー。きっとそれは、ダンジョンでいろいろな辛いことを経験しすぎて心が疲弊しているからだ。お前はちゃんとヒトだ。たとえ魔物の血と魔力が流れてたって、ちゃんとヒトだ。そうじゃないと、重傷を負った患者を寝る間も惜しんで看病したりしない」

 ダフの言葉に、アーサーはぽろりと涙を一筋流した。
 それを見たダフが嬉しそうに指をさす。

「ほら! 涙が出た。アーサー、お前はちゃんとヒトだ」
「……実は魔物も泣くんだよ。僕、見たもん。魔物が泣くところ」
「だったら余計、感情が出ないのは魔物に近くなったからじゃないだろう。それとこれとは別の問題だ」
「……うん。ありがとう、ダフ」

 それと……と、アーサーは言葉を続ける。

「ここ最近、声が出にくいんだ。掠れてるし、いつもの声じゃない」
「ああ、それは俺も感じていた」
「体のかたちが変わってるのかな……。魔物の体になりつつあるのかな……」

 ダフはキョトンとして、大声で笑った。

「なに言ってるんだ、アーサー!」

 そして、アーサーの喉元をツンツンと突く。

「やっと来たんだよ、声変わりが!」
「えっ」
「ほら、ちょっと喉ぼとけが出ているぞ」
「……」
「十七歳にして、やっと声変わりが来たな! 良かったな、アーサー! ずっと子どもみたいな声がコンプレックスだったもんなあ!」

 アーサーは顔を真っ赤にして、顔を両手で覆った。

「ど、どうした、アーサー!?」
「は……恥ずかしい」
「どうしてだ!?」
「いろいろ、不安になってたみたい……。それで、自分の体に起こってたこと全部魔物に近くなかったからだって思っちゃってた……。なんだ、ただの声変わりかあ……」
「だはは! そうだアーサー! 考えすぎだ! お前が思ってるよりずっと、お前は前と変わらないさ!」

 そのとき、久しぶりにアーサーが笑った。照れ隠しの笑いだが、それを見た人たちはみんな、それだけのことでなぜか涙が出そうになった。

 結局一睡もしなかったアーサーは、みなが寝静まったあとも町民の容態を見て、薬を与えていた。
 アーサーの瞳孔は感情が昂っていない時はちゃんとヒトと同じ形をしているが、魔物のような目になっている時に手当てを受けていた患者たちは、アーサーを怖がっていた。
 しかし、丸一日の看病を通して、患者たちはアーサーが心優しい少年であることを知った。

 アーサーにひどい言葉を吐き捨てた患者が、薬を飲ませてくれるアーサーに声をかけた。

「ありがとなあ……」
「ううん。早く元気になってね」
「昨日、ひどいこと言ってごめんなあ」
「気にしないで。言われても仕方ないから」
「いんや……俺ぁ、すごく後悔してる……。ごめんなあ。ありがとなあ」
「……本当に、僕はお礼を言われるような立場じゃないんだ」
「あんたが魔物だってなんだって、助けてくれたことには変わらねえ」
「……たとえ僕が、王族の血を引いてても?」

 それを聞いた患者はハハッと笑った。

「お前みたいなヤツが王族だったら、嬉しいねえ……」
「……」
「きっと優しい王サマになってくれるんだろうなあ……」

 患者はアーサーの言葉を真に受けていなかった。冗談で言ったつもりだが、アーサーの目から涙が溢れた。
 患者がアーサーの涙を指で拭う。

「泣いてるのか……? 泣くなよぉ」
「ごめんね、泣きたいのはみんなだよね」
「そうじゃねえよ。お前に泣かれちゃ、なんか胸がキュゥッと苦しくなる。ほら、泣くな、泣くな」
「うん……」

 そう言う患者も、ポロポロと涙を流していた。

「お前やエルフ、それに他の冒険者も……俺たちの命の恩人だ。みんな怪我人を見捨てたりしねえし、焼け崩れたイルネーヌ町を建て直そうとしてくれている。ほんとに……ありがとなぁ……」
しおりを挟む
感想 494

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。