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決戦編:バンスティンダンジョン

魔物の卵

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 ヒュドラ戦で魔法使いの魔力をごっそり削がれてしまった。
 魔力は残量が多ければ多いほど回復速度が速く、少なければ少ないほど遅くなる。
 途中で戦線離脱したミントですら魔力残力が半分を切っている。モニカ、リアーナ、マデリアは三割程度といったところか。
 こうなると、一日二日程度休んだところで、回復する魔力は微々たるものだ。エーテルを飲んでも、多少回復速度が上がるだけ。これからは、魔法使いの魔力を無駄遣いできない。

 ヒュドラを倒したその日は、魔法使いの疲労を回復させるために半日休憩した。
 冒険者たちはみな、魔法使いの世話を甲斐甲斐しくしている。

 アーサーもその中の一人だったのだが――

「うっ……」

 モニカの看病をしていたアーサーが、顔を歪めておなかを押さえた。

「アーサー? どうしたの……?」
「ううん、なんでもないよ」
「なんでもなくないでしょ? おなかいたいの?」
「……ちょっとだけ。ここ何日か、キリキリするんだよね……」
「ええー。早く言いなさいよ」

 アーサーは自分で腹痛の薬を調合して飲んでいたのだが、それでも治らないらしい。
 モニカに回復魔法をかけてもらっても、痛みは和らがなかった。

「怪我じゃないってことだよね……」
「どうしたんだろう。こんなことはじめてだよぉ」
「毒飲みすぎたんじゃない?」
「そんなに飲んでないよ!? ほほほほんとだよ!?」

 慌てふためくアーサーに、モニカはジトッとした目を向けた。そして兄に背を向けて横になる。

「あーあ。心配して損した。ただの毒のせいじゃない」
(毒のせいだったら、モニカの回復魔法で治るはずなんだけどな……)

 アーサーはそう思ったが、心配をかけたくなかったので何も言わないことにした。

 その夜、みなが寝静まっているとき。
 アーサーはあまりの腹痛に目を覚ました。呼吸が乱れ、体中から冷や汗が流れる。吐き気をもよおしたので、慌てて仲間から離れた洞窟に走った。

「うえぇっ」

 ポトト、と落ちた吐瀉物にアーサーはギョッとした。

「え……な、なに、これ……」

 吐瀉物の中に、ブルーベリーほどの大きさの半透明の球体が混ざっている。中には、破れた球体もあった。球体の中では、しわくちゃの小さな魔物が動いている。

「……魔物の卵……? え……えぇーーーー!!」

 アーサーは口に指を突っ込んで吐けるだけ吐いた。口からボトボトと魔物の卵が落ちる度、アーサーはヒンヒン小さな悲鳴を上げた。

「気持ち悪いっ……! 気持ち悪いよぉぉぉっ……! なんで僕の中に魔物の卵がぁぁぁ……っ! うえ、うえぇぇぇっ!」

 誰かがアーサーの肩に手を載せた。アーサーは体をビクつかせ、吐瀉物に覆いかぶさり魔物の卵を隠した。

(こんなところ見られたら嫌われちゃう……! 魔物になったんじゃないかって思われちゃう……! いやだ! カミーユたちに敵だと思われたくないっ!)

「アウス、大丈夫?」

 その声を聞いて、アーサーは安堵で目に涙が滲んだ。

「シルヴェストルか……。びっくりさせないでよ、もう」
「どうして吐瀉物を抱きしめているの?」
「隠してたの! こんなの、カミーユたち……モニカにだって見られたくないもん」
「可哀想なアウス。これはヴァラリアの仕業」

 その言葉にアーサーはハッとした。

「まさか……僕が飲んだボトルの中身のせい……?」
「そう。君が飲んだ二本目のボトル。あれは魔物の死体をぐちゃぐちゃにすり身にしたものだよ」

 それを聞いて、アーサーはまた口に指を突っ込んで必死に全てを吐こうとした。

「うえぇぇぇっ!! 気持ち悪い気持ち悪い!! どうりで不味いわけだよ!! 最低!」
「これを飲んでよく今まで普通に動けていたね。ただのヒトなら内臓から腐っていくだろうに。もしくは毒されて病気に――」
「うぇぇぇぇっ! げぇぇっ! おえっ! げぼぉぉっ!」
「もしくは体内で孵化した魔物に内臓を食べられて――」
「もうやめてぇぇぇっ!」
「この卵たちは、魔物の死体から発生して、アウスの体内の養分を吸った魔物の卵たちだ。きっと強い魔物になるね」
「やだぁぁ! まるで僕が産んだみたいじゃないか!!」
「正にその通りだよ。四日間、たっぷりアウスの体内で育ててもらってたんだから」
「や"め"て"!!」

 シルヴェストルはふわりとアーサーの頭を膝に載せた。そしてアーサーの腹に手を当て、呪文を唱える。
 すると、アーサーが感じていた腹痛がすぅっと薄れていった。

「……もしかして、治療してくれてるの?」
「そうだよ。中にいる魔物とか、魔物の死体とかを消滅させてる」

 戸惑っているアーサーが見上げていると、シルヴェストルと目が合った。

「どうしたの?」
「どうして、敵の僕を治してくれるの?」
「何度も言ってるけど、君は僕の将来の主人だから」
「どうして君は、そんなに使役されたがってるの?」

 シルヴェストルは少し考えたあと、口を開いた。

「ヒトには、結婚という制度があるだろう?」
「うん……?」
「魔物にはそんなものはないんだ」
「そうだろうね」
「結婚って、いいよね。二人が永遠のアイを誓って、生涯を捧げるんでしょ?」
「うーん、僕はよく分からないけど、カミーユとシャナを見てたら、素敵だなって思うよ」

 シャナの名前を聞いてシルヴェストルがニマァ……と笑ったので、アーサーは彼女の名前を出したことを後悔した。

「使役は、ヒトと魔物の結婚だと思うんだ」
「え」
「二人が永遠の主従を誓って、魔物はヒトが生涯を終えるまでその身を捧げる」
「……」
「だから僕は使役されたいんだ。心からこのヒトがいいと思ったヒトと契りを交わしたい」

 アーサーは虚ろな目で、興奮気味に語っているシルヴェストルを眺めていた。

「二千年生きてきて、僕を使役したヒトはたったの三人。この意味が分かる?」
「分からないデス……」
「僕は本当に使役されたいヒトにしか使役させなかったからだよ。今まで数えきれないほど、僕の力を欲して強制的に使役しようとしたヒトはたくさんいた。そのヒトたちはみんな殺した」
「へー……」
「ちなみにシャナはそういうのじゃないんだ。シャナに対しては違う愛情っていうか……いや、僕の一番は君だからね!?」
(なんだか一人でものすごく盛り上がってるなあ……)
「ミモレスにも使役してもらいたかったんだけど、聖女と魔物は相性が最悪だから諦めたんだ。セルジュは立派な魔物になっていたから主従関係を結べないし」
「そもそも、ミモレスはその気全くなかったしね……。ちなみにセルジュも」
「そうなんだよ。でも、二人を兼ね備えたアウスが僕の前に現れた。……言っておくけど、僕はね、君の中にいるミモレスとセルジュだけじゃなくて、アウス自身のことも気に入ったんだよ」

 嬉しくないなあ……とアーサーは内心呟いた。

「君は不思議なヒトだ。僕の血を飲んで最高だと言ってくれた。僕にあんなくだらない説教をしたヒトも君がはじめてだ。だから僕を使役してよアウス。絶対に後悔させないよ?」

 すっかり具合が良くなったアーサーは勢いよく立ち上がった。

「シルヴェストル。体を治してくれてありがとう。そこにはすごく感謝してるよ」
「アウスゥ……ッ! じゃあ僕を――」
「でも、僕は君がシャナにしたことを許さないから。使役しない」
「アウスゥゥゥ……」

 いいよ、いつまでも待つよ。アウスが使役してくれるまで、何度も何度も何度も会いに行くよ。また会おうねアウス。今度はもっとゆっくり話そうね色々と気を付けるんだよ……と、アーサーが洞窟を出て冒険者たちの元へ戻るまで、ずっとシルヴェストルが呪詛のように呟き続けていた。
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