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決戦編:バンスティンダンジョン

ヒトと魔物

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◇◇◇

「ねえマルム」

 アジトに戻ったシルヴェストルは、退屈そうに読書をしているマルムに声をかけた。

「家族を殺されたヒトの気持ちを考えたことはある?」
「ないよ。どうして?」
「アウスに考えろって言われた……」

 マルムは無表情でシルヴェストルを見て、ため息を吐いた。

「……じゃあ、アウスは殺した魔物の家族の気持ちを考えたことがあるのかな」
「え?」
「君にとったら、ヒトは食材であり、殺して当然のものでしょ。アウスにとったら、魔物は素材をはぎ取るものであり、殺して当然のもの。同じなんだよ。自分のしてきたことには目を向けず、相手に偉そうに物を言う。笑っちゃうよ」

 シルヴェストルはそれには応えなかったが、遠い目をして呟いた。

「かつて僕を使役していたヒトは、ヒトに殺された。僕の主人を殺したヒトは、僕の気持ちを考えたことがあったのかな」
「ないよ。なぜなら君は、悪者だから」
「それに魔物だしね」
「そういうこと。この世界はヒトがしたことが全て正しいから」

 なんて理不尽なのだろう、とシルヴェストルは思った。落ち込んでいる様子の彼に、マルムは軽く笑ってみせる。

「こんな言い伝えがある。かつてこの世界では、ヒトと魔物は同じくらいの人口がいて、同じくらいの文明を築いていた。当時の魔物はヒトが餌ではなかったそうだよ。ヒトと同じものを食べていたらしい。だから友好関係を結んでいた」

 シルヴェストルは、まるで絵本を読んでもらう子どものように、目をキラキラさせてマルムの話に聞き入った。

「でも、魔物の方が生まれながらにして優れていた。力も、知能も、繁殖力もなにもかもね。近い将来魔物に脅かされると危ぶんだヒトは、魔物を虐げ、殺す対象とした。死体を洞窟などに押し込み、繁殖する数を減らし……道具と領土を奪い、発展しないようにした」
「ひどいねえ。ヒトはひどいイキモノだ」
「生存本能が極限まで追い詰められた魔物は、己の種を存続させるため、ヒトを喰うことを覚えた。ヒトには他の生き物にはない力が宿っているから、魔物はより強固な力を手に入れることができたし、喰うことで敵の数を減らすこともできる。ここから、半永久的に魔物とヒトが争いあうことになる」
「そして今は、ヒトが勝っている状態なんだね」
「そうだね、今のところは」

 マルムはこくりとワインを飲み、読んでいた本に目を戻す。

「はじめに魔物を迫害したのが、今の王族――バーンスタイン家だと言われている。バーンスタイン家は魔物が危険な存在だという噂を流し、迫害に拍車をかけた。そして魔物を虐殺することが、さも誉れ高きことであるかのように振舞い、魔物の大虐殺を遂行したことで得た地位と名誉で国を統治する存在になった」
「歪んでるよ。とっても歪んでる。だってその時はまだ、魔物はヒトを食べていなかったんでしょう?」
「そうだよ。バーンスタイン家が魔物に刃を向けなければ、もしかしたら今も、ヒトと魔物は平和的な関係を築いていたかもしれない」

 シルヴェストルはクスクスと笑い、アーサーから奪った指輪を弄んだ。

「ああ、可笑しい。魔物を悪だと決めつけて迫害してきたバーンスタイン家が、魔物の僕にこびへつらっているなんて」
「それを言うなら、ひとひねりでこの国を亡ぼすことができる君が、ヒトの王族に仕えている方が可笑しいけど」
「あはは。マルム。僕はね、ヒトが好きなんだ。ヒトなしでは生きられない。これは魔物の性なんじゃないだろうか。マルムがさっき話してくれた話もすごく面白かったけど、僕はこう思ってるよ。――魔物がヒトを食べるのは、ヒトのことを好きすぎるからだって」
「へえ。それはまた、魔物らしい考えだね」
「うん。好きだから食べるし、好きだから殺す。好きだから絶望する顔が見たいし、好きだから使役されたい。これは全て……ヒトが言う愛情なんだけどなあ。アウスは分かってくれないかな、この気持ち」
「分からないと思うよ。僕にも分からないし」
「マルムはどうしてヒトを殺すの?」
「理由なんてないよ。僕にとってヒトを殺すことは、呼吸をすることと同じくらい自然なこと」
「そっか。ヒトは難しいなあ」

 だから好きなんだけど、とシルヴェストルは口元を緩めた。
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