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決戦編:バンスティンダンジョン

さようなら、大切な人

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 赤々と燃え盛る町の前で一人取り残されたダフ。彼は地面に頭を擦りつけ嗚咽を漏らしていたが、何かに憑りつかれたかのようによろよろと立ち上がり、町の中へ足を踏み入れる。

「町民を助けないと……。少しでも……殿下が犯した罪を……」

 何時間前……いや、何日前に火が放たれたのだろうか。自分で動ける人はダフが門を開けたときにみなここから脱出したようだ。町に残っていたのは、動けなくなった人と焼け焦げた死体だけだった。
 瓦礫の下から覗く真っ黒な手は、助けを求めるようピンと伸びていた。
 ダフはその手を握り、唇を噛む。

「すまない……すまない……」

 その時、ダフの頭に石が当たった。振り返ると、全身が焼けただれた――男性か女性かも、もう分からない――町人がこちらを睨んでいた。最期の力を振り絞りダフに石を投げつけたようだ。

「王族め……人の心を失った、バケモノめ……滅びてしまえ、こんな国……」

 死の間際の心の叫びを吐き捨て、その者は息絶えた。

「……」

 ダフは虚ろな目で天を仰いだ。
 町民がたくさん死んだ。ヴィクス王子が村を焼いた。
 ダフの目には、燃え盛る炎が人々の怒りに見えた。

「アデーレ姉さん……」

 ダフが無意識に呟いた。
 彼がシャナに、必ず守ると約束したベニートパーティ。彼らは、ダフが門を開けたときに避難した人々の中にいなかった。おそらく、もう……

「あ……あ……あぁぁぁぁっ……」

 誰のかも分からない焼け焦げた手に縋りつき、ダフは泣き崩れた。
 約一年前、彼は初めて恋をした。素性も知らない、庶民の冒険者に。
 飾り気のない、美しい女性に。いつも冷たい目をしているのに、ほんの少し褒めただけで頬を赤らめる無垢な女性。

 全てが終わった時にまだ自分が生きていたら、プロポーズをしようと思っていた。
 まさか彼女が先にこの世を去るだなんて、考えもしていなかった。

「こんなことなら……っ、もっと早く……っ!」

 強風が吹き、炎がダフの体を撫でる。
 もういっそこのまま町と共に焼かれてしまおうか、などと、ダフらしくもない考えが脳裏をよぎった。

「ダフ?」

 どこかから声が聞こえる。アデーレの声だとダフは分かった。きっと天から迎えに来てくれたのだと、ダフは微笑みを浮かべ、目を閉じた。

「何してるの? こんなところで寝たら死んでしまうわよ! 起きなさい!」
「ん……?」

 肩を掴まれたダフはなされるがまま上体を起こされた。
 生気を失った瞳に映ったのは、煤だらけのアデーレ。

「姉……さん……?」
「どうしてあなたがここに!? 王子と一緒に行動してたんじゃないの!?」
「……」
「だめだ、意識が朦朧としてる。運ばないと……。ベニート! イェルド! こっちに来て!!」

 大声をはりあげたアデーレの元に、ベニートとイェルドが駆け付ける。彼らもアデーレ同様、煤だらけで火傷を負っていた。

「ダフ! どうした! 大丈夫か!!」
「イェルド、彼を運んであげて。私じゃこの巨体は背負えないわ」
「おう、任せろ! じゃ、お前らは引き続き町民の救出を頼む!」
「分かった。行きましょう、ベニート」

 その場を離れようとすると、手をダフに掴まれたアデーレ。引き留められた彼女は、冷静な声で「どうしたの?」と尋ねた。

「生きてた……」

 ダフはそう呟き、アデーレを抱き寄せた。

「ちょっ、ダ、ダフ! そんなことをしてる暇ないのよ私たち」
「すみません……っ。こんな、こんなことを……姉さんたちを……町を……こんな……」

 ガタガタと震え、涙をボトボトと流すダフ。アデーレはため息をつき、彼の頬をひっぱたいた。
 無反応のダフに、アデーレははっきりとした口調で言う。

「しっかりしなさいダフ。あなたが何も知らなかったことは私たち全員が分かってるわ。それに、悔いて泣くだけじゃ何も変わらない。泣くくらいなら、私たちに協力して。火消と町民を助けるのを手伝って」
「……はい……はい……っ」

 ダフは自身の両頬を叩き、涙を擦り立ち上がる。

「……ありがとうございます、姉さん。ベニートさん、イェルドさん。俺、らしくなかったです」

 ベニートパーティは小さく頷き、ダフの背中をベシンと叩いた。

「『冒険者は庶民を救うための存在だ』っていうカミーユさんの名言があるらしい。今こそ俺らが動く時だ」

 ベニートの言葉に続き、イェルドがニカッと笑ってダフの肩に腕を乗せる。

「そして本来、王族ってのは国民を守るための存在だ! 今こそお前が動く時だ!」

 最後にアデーレが、ダフの頭を優しく撫でた。

「おまけに近衛兵は、仕える主を守るための存在でしょう。ダフ、主の尻拭い、あなたがしっかりしてあげなさい」
「……はい……っ!」

 ダフとベニートパーティは、三日三晩、町民の救出と町の消火に努めた。残念ながら、たったの四人……それも、魔法を使えない人たちだけでは気休めにしかならない消火活動しかできなかった。また、救出できた町民もほんのわずかで、その上ひどい火傷を負った者ばかりだった。

「……助けてくれて、ありがとう……」

 ときたま、救出した町民にお礼を言われることがあった。ダフはその言葉を聞くたびに、物陰に隠れてこっそり吐いた。そしてそんな彼の背中を、アデーレがそっと撫でる。

 炎が町を焼き尽くし、燃やすものがなくなり鎮火したあとも、ダフとベニートパーティはイルネーヌ町に残った。そして彼らは、怪我人の看病や死者の弔い、瓦礫の撤去などに尽力することになる。

◇◇◇

「がはっ……おえっ……」

 王城に戻ったヴィクス王子は、話し相手がいない寝室で、暗殺を目論む臣下たちに仕込まれた毒入りの果物を食べ、血を吐いていた。
 もう、王城の中には面と向かって口ごたえをする人はいない。
 心から心配してくれる人も、もういない。
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