【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

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決戦編:バンスティンダンジョン

バンスティンダンジョンの入り口

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バンスティン国中部にそびえ立つ、王城の次に巨大な城――約百年前にバンスティン国を治めていたマリウス国王が気まぐれに捨てたかつての王城は、今や魔物の死体で穢され、国内で最も巨大といわれるダンジョンとなった。

それが、バンスティンダンジョン。

馬車から降りたアーサーとモニカは、曇天の中、空にも届きそうな巨大な城を見上げる。

「これが、バンスティンダンジョン……」
「廃墟型なんだね……」

廃墟型ダンジョンに良い思い出がないアーサーが顔をしかめると、後ろに立っていたカミーユが、アイテムボックスの中を確認しながら口を開く。

「正しくは、廃墟と洞窟の混合型だ。ここが魔物の死体捨て場になると決まった時、冒険者本部のやつらが城の地下に洞窟を掘ったそうだ。魔物が外に出ねえようにな。おそらく洞窟の中はこの城の高さよりも深いぜ」

「カミーユは、このダンジョンに入ったことがあるの?」

モニカの問いにカミーユはかぶりを振る。

「ねえな。クルドもねえよな?」

「ねえから、今もこうしてのうのうと生きてるんだろうが」

「ははっ。ちげえねえ」

「どういうこと? カミーユとクルドでも潜ったことがないなんて……。じゃあ、このダンジョンは誰が掃討してるの?」

「誰もしてねえ。する必要がねえからな」

「?」

アーサーとモニカは首を傾げた。王都に近い場所で魔物が蠢いているのに、掃討する必要がないだなんて。
双子の疑問を汲み取ったカミーユは皮肉たっぷりに笑う。

「お前ら。この国で戦いに長けてるのは誰だと思う?」

「えーっと、兵隊さん?」

「近衛兵っていうんだっけ。その人たち?」

「ちげえ」

そう言って、カミーユは親指で自身を指さした。

「S級冒険者だろうが」

そしてクルドが言葉を続ける。

「兵隊で一番強い近衛兵だって、せいぜいA級冒険者レベルだ。ま、数がやべえから、寄ってたかられたらかなわんが……単体で見たら俺らが最強だろうなあ。ガッハッハ」

「しかもS級冒険者っつーのは民からかなりの人気がある。信頼もあるしな」

クルドの言葉にカミーユは頷き、次に廃墟を指さした。

「そんな俺らが疎ましくなったときに、バンスティンダンジョンの出番なんだ」

「気に食わねえからS級冒険者を殺しました、なんて言ったら、民から反感を買うのは分かり切っている。だから王族は、うざってえS級冒険者パーティにバンスティンダンジョン掃討の指定依頼を出すんだ」

「たとえS級冒険者であっても、こんなに整備されていないクソでけえダンジョンに放り込まれたらタダじゃ済まねえ。十割殲滅しようと思ったら、ほぼ百パーセント死ぬだろうな」

「そうだな。このダンジョンの魔物を十割殲滅できたやつらなんて今までいねえ」

「つまり、バンスティンダンジョンの指定依頼を出されたS級冒険者の末路はふたつだ。ひとつは、ダンジョンの中で死ぬ。もうひとつは、依頼を放棄して逃げ出したところを、ダンジョンの入り口で見張っている兵士に処刑される。……指定依頼を失敗したという理由で、な」

ダンジョンで満身創痍になっているS級冒険者なら兵士でも簡単に殺せるしな、とカミーユは付け足した。

「どっちにしろ、バンスティンのダンジョンの指定依頼は死の宣告だってことだ」

「今までの話からもう分かるよな。王族は、バンスティンダンジョンをS級冒険者でも太刀打ちできねえダンジョンに維持したいんだ。維持するにはどうするか? そんなの簡単だよな。放置して、魔物を好きに繁殖させたらいいだけだ」

「つまりそういうわけで、今まで俺らにバンスティンダンジョン掃討依頼が来たことはなかった」

話を聞き終えたアーサーとモニカは、顔を真っ青にして震えていた。

「そ……そんなところに、今から私たち……」

「そうだ。百年間のびのびと育ってきた魔物に加え、ここ数年で王族がかきあつめた高クラス魔物の魂魄を放たれた、その上裏S級冒険者までいるここに、俺らは今から潜るんだ。もちろん、十割殲滅という条件のもとで」

「……」

「ま、今回はヴィクス王子のはからいで、出来る限り生存率は上げてくれている。本来ここに放り込まれるときは、一組のパーティだけだ。だが、俺らのパーティにクルドパーティ、おまけにお前らまでつけてくれた」

カミーユがそう言うと、ありがてえなあ、とクルドはわざとらしく胸に手を当て、王城がある方向に恭しく礼をした。

ふざけるクルドの頭を叩き、カミーユは顎に手を当てる。

「ただ、バンスティンダンジョンに潜って生きてきたやつはいねえ。つまり情報がねえから、俺らでも中がどうなっているのか、どんな魔物が棲息しているのか、さっぱり分からねえ」

「体感、依頼成功の確率は五パーセントくらいな気がしてるぜ。全員生存の確率は〇だろう」

「生き残る可能性が五パーセントもありゃあ充分だ。生存できるやつらの中に自分が入れるよう、お前らくれぐれもぬかるんじゃねえぞ」

カミーユはうしろに控えていたメンバー全員にそう声をかけた。

「絶体絶命のときは仲間を置いて逃げろ。ジル、ブルギー、盾役のお前らもだぞ。まずは自分が生き残ることを考えろ」

カミーユの声が聞こえているはずなのに、ジルとブルギーはそっぽを向いて返事をしない。

「リアーナ、マデリア、ミント。魔力が少なくなってきたら、自分の身を守るために魔力を使え。特にミント。分かったな」

彼女たちも返事をしない。

「カトリナとサンプソン、俺らが死にそうになっても近づいてくるなよ。お前らは遠距離なんだから」

「ええ。分かったわァ」

「言われなくてもそのつもりだよ」

彼女たちはにこやかに返事をしたが、そのつもりは毛頭ないと目が語っていた。
カミーユは深いため息をつき、頭を掻く。

「メンバーを命かけて守るのは俺とクルドの仕事だ。俺らの仕事を取るなっつってんだ」

えっらそーに、とリアーナが舌打ちをする。ジルも「はあ?」と顔をしわくちゃにして首を傾げた。

「……だが、アーサーとモニカのことは、お前らも命かけて守れ」

その命令には、メンバー全員が頷いた。
そして最後に、カミーユが双子に向き直る。

「アーサー、モニカ。お前らのことは、俺らが守る。危険な目に遭わせるが……俺らにはお前らが必要だ。頼んだぞ」

アーサーは首を振り、モニカは力強く頷く。

「僕たちにとって、カミーユたちは恩人なんだ。僕たちに家族ってものを教えてくれた、大切な人たち。僕たちが大変な時に、いっぱい助けてくれた、大事な人たち。そのことは、何があっても忘れない」

「だからね、私たちも守りたいの。死んでほしくないの、みんなに」

「守られっぱなしはうんざりだ。大切な人が先に死んじゃうのは、もう見たくないなあ」

「もしカミーユたちが大変な目に遭ってたら、わたしたちは命を懸けて助けるわ!」

何を言っているんだと、カミーユは首を横に振る。

「いや、そんなこと、俺らは望んじゃいねぇ……」

「僕たちだってだよ」

「いや……」

「あ、僕たちにもしものことがあっても、ユーリに手を出さないように、ヴィクスにはきつく言っておいたから大丈夫だよ! ヴィクス、僕たちの言うことはちゃんと守ってくれるから」

「いや、そこを心配してるんじゃなくてだな……」

困ったようにモゴモゴと言葉を発するカミーユに、モニカがぴしゃりと言う。

「いつまでも子ども扱いしないでよね、カミーユ!」

「なっ……」

「わたしたち、もう十六歳なのよ!」

得意げに胸を張るモニカの隣で、アーサーもニコッと笑う。

「決めたんだ。僕たち、大人になるよ」

アーサーの言葉に、カミーユの胸がキュッと苦しくなった。

アーサーは、小さな声でもう一度言った。

「僕たち、大人になるよ」

「アーサー……」

「……僕たちは今まで、カミーユたちやヴィクスに守られて生きてきた。それに気付かないで、やりたいことだけをして、それで全てがうまくいってるって思ってたんだ。でも、そうじゃなかった。僕たちが見えないところで、僕たちが生み出した歪みを……カミーユたちが手を汚してしてでも背負ってくれてたことに、気付いた」

カミーユは微かに顔を歪めた。その表情には、後悔が滲んでいた。
アーサーとモニカは真っすぐ彼の目を見る。

「成し遂げるために、したくないことをする覚悟……自分たちの手を汚すことの覚悟は、もうできた」

「守られることが当たり前の世界は、もう終わり。私たちは今まで、綺麗な世界だけしか見ようとしてこなかった。でも、もう汚い世界から目を背けない。おんぶにだっこはもうされない。自分たちで立って、歩くわ」

カミーユは項垂れる。
巣立った鳥を、雛鳥に戻すことなんてもうできない。

「だからこれから僕たちは、もう庇護されるだけの子どもじゃない。カミーユたちの冒険者の仲間として、反乱を起こす仲間として……戦う」

六年間、自分たちのことを雛鳥だと思い込ませ、巣の中で大切に大切に育ててきた愛しい子ども。
もう巣立つ時期はとっくに過ぎていることを気付かせてしまったのは、カミーユ自身。
もう、彼らは大人しく甘えて守られてくれはしないだろう。

それがこんなに切ないことだとは、今の今まで気付かなかった。
行かないでくれと手を掴みそうになるのをグッと堪え、カミーユはなんとか声を絞り出す。

「……そうか。分かった。頼りにしてるぜ、アーサー、モニカ」
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