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決戦編:ダフ

友人

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◇◇◇

「オエッ……オエェッ……」

ある宿屋の一室で、ヴィクスは便器の前でうずくまり、えずいていた。彼が吐き出せるものは林檎三欠片だけ。それがなくなってからは、黄色い胃液しか出てこない。
喉が焼けるように痛む。それでも、吐くのを辞められなかった。

ヴィクスの背中をダフがさする。心配しながらも、呆れているようだった。

「殿下……。どうしてあなたはあんな物言いしかできないんですか?」

「仕方っ……ないだろう……。ああ言わないと……彼らは受けてくれない……っ。ウエッ……ガハッ……」

「……こんなにメンタルが弱いのに、よく今まで人を殺してこられましたね」

「うるさいっ……! だって見たか……あの、お兄さまとお姉さまの顔を……っ。ああ、思い出しただけでも心臓が潰れそうだよ……っ」

「いや、それですよ! 俺、聞いていませんでしたよ! アーサーとモニカがアウス王子とモリア王女だったなんて!! びっくりして大騒ぎしそうでした!」

「……ああ、言っていなかった。言えるわけないじゃないか……」

 ヴィクスははぁ、とため息を吐き、便器から顔を離した。そして水を一杯飲み、よろよろとソファに腰かける。

「……格好悪いところを見せたね。もう大丈夫だ」

 いつもの余裕たっぷりの微笑みを浮かべるヴィクスに、ダフがもごもごと尋ねる。

「……殿下、先ほど彼らが言っていたことは、本当ですか……?」

「……ああ」

「……では、アーサーに国を渡したあと、殿下はどうなるのです……」

「もちろん、処刑されるだろうね」

「……っ」

「……でも、愛情深いお兄さまとお姉さまのことだ。僕の命を助けてほしいなどと言っていそうだな……」

 その言葉にパッと笑顔になったダフとは対照的に、ヴィクスは顔を歪めている。

「それだけは、避けないと……」

「いやいや、どうして避ける必要があるんですか!」

「なぜかは、君はもう知っているだろう」

「殿下!! ダメですよ、そんなの!!」

「……僕はもう、疲れたんだよ。殺すことも、生きることも」

「……」

「そろそろ楽になりたい」

全てを諦めたかのような、悲しく、穏やかな表情を浮かべるヴィクス。
ダフはうーん、と顔をしわくちゃにして一生懸命考えたあと、ドカッと王子の隣に座った。

「最期までお供しますよ、殿下」

「えっ」

「死ぬときは一緒です。あなたを一人になんて、させませんよ」

「どうしてそうなる。そもそも、なぜ君がそこまで僕に入れ込んでいるんだい。僕と君は、まだたった数か月の付き合いだろう」

「ははは! なぜでしょうね! 俺にも分かりません!! ですが、なんだか……あれなんですよ、あれ」

「……君といいお兄さまといい、要領を得ない話し方をするね」

「言語化が難しいんですよ。あと、少しこっ恥ずかしいのです!」

「ほう。君にも恥ずかしいなどという感情があったのか。それで? ちゃんと言葉にしてくれるかな、その〝こっ恥ずかしい〟ことを」

 ダフは少し頬を赤らめ、鼻をこする。

「……殿下には、俺がいないとダメでしょう?」

「は?」

「だから、俺だけでも殿下のお傍にいてあげられたら、あなたはきっと嬉しいでしょう?」

「……」

 ヴィクスはじとーっとダフを見て、ふいと顔を背けた。

「……バカらしい。そんなわけないだろう。僕は誰のことも必要としていない。だからそんなくだらない考えで、自分の命をドブに捨てるような考えは――」

「殿下! そんなことを言いながら、ほんのり頬が赤いですよ!」

「~~……うるさいなっ! 僕の話を遮るんじゃない!」

「やっぱり嬉しいんじゃないですかー!」

「ちがうと言っているだろう!? そっ、それよりっ!!」

話題を変えようと、ヴィクスはバタバタとアイテムボックスをまさぐり始め、白金貨五枚をダフに手渡した。

「明日の昼まで時間がある! 君はそれまで自由に過ごしていい。お兄さまやお姉さま、それに君の師匠であるクルドが傍にいるんだ。久しぶりに話してくるといいっ!」

「いえいえ! そんなの、殿下が一人になってしまうではありませんか! 危険です!」

「僕はここから一歩も出るつもりはないから心配しなくていい。というか出て行ってくれないか! そろそろ君と話すのにも疲れてきたんだよ!」

「ええ? そんなに恥ずかしかったですか? さっきの話……」

「いいから早く出て行ってくれ!」

「ぐぇぇっ!」

乱暴に風魔法で部屋から追い出されたダフは、しばらく大騒ぎをしていたが、ヴィクスが一向にドアを開けてくれないので、諦めてクルドのアジトへとぼとぼと歩いて行った。

ダフが宿から離れて行く様子を窓から見ていたヴィクスは、ほぉ、とため息を吐き呟いた。

「思い出してくれ、ダフ。君の本当の居場所を。君の居場所はここじゃない。……僕と共に死ぬなんて、決して許さない」

――僕の二人目の……いや、はじめてできた同性の……大切な、友人なのだから
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