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北部編:イルネーヌ町

残滓の想い

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「反魔法……?」

オウム返しをするアーサーに、リアーナが片眉を上げる。

「ああ? 反魔法が何か忘れたのか?」

「ちがうよ! 反魔法がなにかは分かってるけど、あれってリアーナが難しいって思うくらい、難しいんでしょ……?」

「おう。めちゃくちゃ難しいし、使うのにかなりの魔力が必要だ」

「じゃあ、僕が使えるわけないよ……。僕は基礎的な魔法すら全く使えないんだよ。それに、そんなにたくさんの魔力も持ってないと思うんだ」

リアーナはうーんと唸り、アイテムボックスから小瓶を取り出した。

「アーサー、これを飲め。ばあちゃん特製、あたし専用……つまり魔物向けのエーテルだ」

「……」

「これでお前の魔力を回復させる。一滴の魔力でも回復出来たら、お前の魔力がどんなもんか分かるからな」

渡された小瓶に、アーサーがおそるおそる口に付けた。どろりとした苦い液体に思わず顔をしかめる。

「うげぇぇぇっ! まっずぅぅぅい!!」

「ぎゃははは! ばあちゃんの薬は効果が抜群だけどクソまじいからな!! ま、しばらくそのまま待ってろ。一滴くらいならすぐ回復するだろ」

三人はしばらく雑談をして過ごした。十分ほど経ったとき、リアーナが「おっ」とアーサーの胸を覗き込む。

「きたきたきた! きたぞアーサー。一滴回復した」

「ど、どう? 僕の魔力どんな感じ?」

「うわぁー……すっげぇぞアーサー……。なんだこれ……すっげぇなあ……」

「よ、よく分からないよリアーナ……」

「シャナに見せたら興奮しすぎて死ぬぞ……」

「そ、そんなにぃ!?」

「おう……。うわぁー、あたしもフィール侯爵に会ってみたかったわー……。そいつ、とんでもねえ魔物だったんだなあ……」

「あ、あんまりそういうところは見たことないんだけどね……」

「こいつに勝ったのかお前ら……すげえなあ……」

「無抵抗だったんだ。セルジュ先生」

「そうか……。アーサー、お前の中の魔力の器はすっげえ小せぇ。でも、魔力一滴の濃密さと質がやべえ。長年練って練って培われたもんだ。一滴だけで見たらモニカよりもすげぇよ」

「えーーーー!! セルジュ先生ってそんなにすごい人だったのぉー!?」

「ぎゃはは‼ 確かにモニカより質の良い魔力なんか、あたしでさえ見たことねえよ! ……人の中ではな。魔物だったら、こいつさえも超える魔力の質のやつは割といる。だが、ここまで良いモンは初めて見たぜ」

モニカは嬉しいような悔しいような、複雑な表情を浮かべた。それに気付かずリアーナは、ジロジロとアーサーの魔力を覗き込んでいる。

「この濃度だったら、こんなちっちぇえ器でも、一回くらいの反魔法だったら打てるなあ。やっぱりお前の打った魔法は反魔法だ。じゃないと空っぽにはなんねえ」

「で、でも、だとしたら僕はどうやって使えたんだろう……」

「そりゃあお前、フィール侯爵の魂魄の残滓がやってくれたんだろ」

「え」

「魔物ってのはな、呪いを残すやつが多い。それは死ぬ間際の強い思いが、そいつの体ん中に刻み込まれるからだ。例えばお前の左腕の痣。呪いは聖女によって消されてるが、そいつはこう思ってた――〝この体を誰にも渡したくない〟ってな」

「リアーナ、分かるの……?」

「分かる。……あたしの魔物の血もどんどん濃くなってるからな。そういう魔物の気持ちを読み解くことが簡単になった」

「……」

「で、だ。お前にあとふたつ刻み込まれてる想いがある」

リアーナはそう言って、アーサーの胸をトンと突いた。

「〝アーサーを守りたい〟――これが核に刻まれてる」

「セルジュ先生……」

「もうひとつは、体に刻まれてる――〝モニカを守りたい〟」

「……ロイだわ……」

刻まれた二人の魔物の想いを眺め、リアーナの目じりがじんわりと下がる。

「こいつらは、お前らのことが大好きだったんだなあ。これは呪いなんかじゃねえ。加護だ」

双子はシチュリアが言っていたことを思い出した。

《魔女には、喜び、怒り、哀しみ、楽しみの四種類が存在していて、魔女の性質は魂魄の残滓……魔物の心や感情に強く影響を受けます。では、アーサーは吸血鬼にどのような感情を残されたか、気になりませんか?――愛情です》

「魔物がヒトに加護を与えるなんざ聞いたことがねえ。だが事実として今ここにある。……おそらくアーサーとモニカがやべえってなったとき、反魔法が発動されるんだろうな」

アーサーは自身の胸をそっと撫で、小さな声で愛する魔物の名を呼んだ。
モニカは兄の手を握り、ありがとう、と頬に当てる。

「魂魄になったあとも……残滓になってしまっても……僕たちのことを守ってくれるんだね……」

「ありがとう……二人とも……」

「残念ながら、アーサーに魔力の才能は皆無だからな。自分では発動できねえぞ。あと、魔力の回復にめちゃくちゃ時間かかるだろうから、一回発動したら当分使えねえ。だからこれをアテにして無茶なことはすんなよ。それだけはすんな、絶対」

「「うん……」」

気になっていたことが解決して、リアーナはすっきりした顔で双子を部屋から追い出した。さっさと寝ろよーと彼らが自分の部屋に戻るのを見送り、ベッドの上で寝転ぶ。

「……」

天井を見上げるリアーナは、ウスユキの枝で作られたペンダントを握りしめ、微かに笑みを浮かべて呟いた。

「いつかこの血が真っ黒に染まる日が来たとしても、あたしもフィール侯爵みたいな魔物になりてえな」
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