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北部編:イルネーヌ町
人の心
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話している間、ジルはずっとモニカから目を背けていた。感情を載せず淡々と回想を紡ぐ彼だったが、最後に微かに目尻を下げる。そしてふぅと一息つき、壁にもたれかかった。
「……ごめん。最後の方はあまり関係がなかったね。とにかく僕が言いたかったのは、あの時君を襲ったのは僕じゃないってこと。その人と僕がそっくりなのは、家庭の環境のせいで僕の家族は表情も話し口調もなにもかもそっくりだから」
モニカは手で顔を覆っていた。あまりに辛い彼の過去に胸を痛めているようだった。
「……ジル」
くぐもった声を出す彼女に、ジルは優しい声色で「ん?」と返事をした。
「こっちに来て」
「……僕のこと、信じてくれるの?」
「うん」
その応えに、ジルの顔が緩む。安堵のため息を吐き、ゆっくりとモニカのベッドに腰を下ろした。その手を彼女にそっと握られ、ジルはぽろりと涙を一筋流す。
「……僕にとって、カトリナは人生を変えてくれた人。カミーユとリアーナは生きることに彩りを与えてくれた人。そして君とアーサーは、愛することを許してくれた人なんだ」
「……」
「君たちに出会ってから分かったことがあるんだけど。僕、愛されるより愛する方が好きなんだ。幼い頃の僕は、愛することを許されなかったし、そもそも愛させてくれる人がいなかった。君たちと一緒にいるとき、一番生きることに喜びを感じられる。だから、僕は君たちに傷をつけたりしない。君たちを守りたいと思ってる。これは君たちのためじゃない。僕自身のためなんだ」
「……ジル、ごめんなさい。疑ってごめんなさい……。拒絶して……ごめんなさい……」
「泣かないでモニカ。仕方ないよ。僕の方こそごめん。実は少し前から危険は感じてたんだ」
「え……?」
「合宿後、僕が実家に帰ったのを覚えてる?」
「あ……」
「嫌な予感がしてたんだ。今だから言うけど、教会事件以降君たちはずっと王族に命を狙われてた。ここ一年はかなり本気で君たちを殺そうと動いてたから、もしかしたらフィリップス家にも依頼が行ってるかもしれないと思って様子を見に行ったんだ」
当然、のうのうと実家に顔を出した彼をにこやかに迎え入れるわけもなく、父親との殺し合いが始まったそうだ。
「今の僕は父親よりかろうじて強かった。お互いボロボロになったけど。でも兄の姿がなかった。それどころか、マルムがその家で生活してる痕跡さえなかったんだ」
「つまり……?」
「マルムは今、フィリップス宅じゃないところで生活してる。でもあんなにフィリップス家に誇りを持ってた彼が、暗殺業を辞めるはずがない。そこから導き出せるのは、彼が長期間に亘る暗殺任務を命じられ、どこか別の場所で潜んでいる可能性。つまり、君たちの暗殺に一枚噛んでるかもしれないと思ってた」
「そうだったんだ……」
「そこまでは予想できてたけど、まさか〝裏S級冒険者〟とかいうのに入ってるとは思わなかった。そもそも〝裏S級〟なんて存在があることさえも知らなかった」
「ジル……。ポントワーブのカフェのお兄さんもね、裏S級だったの……」
「クルドから聞いたよ。今のポントワーブの状況を教えるね。君たちの家は全壊してる。ほぼ間違いなく裏S級による仕業。カフェの店主は姿をくらませた。店の中はもぬけの殻。でもカフェの二階の住居部分には、見の毛がよだつほどのインコの亡骸の山が残っていた。おそらく王族からのインコだろうね」
「……」
「クルドが君たちを保護してくれてて良かった。それに……よく生き抜いてくれたね、モニカ」
ジルはおそるおそる、モニカの頬に手を当てた。
モニカはいやがらず、真っすぐ彼の目を見る。唇を噛んで我慢していた涙が、抑えきれなくなってボロボロと流れた。
「……ふえ、ふえぇぇん。怖かったよぉぉぉ……ジルじゃなくて良かったぁぁ……ジル、ジルゥゥゥ……」
泣きながら抱きつく彼女を、ジルは強く抱き返す。堪えられない嗚咽を漏らしながら、彼は肩を震わせた。
◇◇◇
落ち着いた時には、二人とも目が真っ赤に腫れあがっていた。
ジルとモニカはベッドに腰かけ、窓から見える空を眺める。
「実家に帰った時、僕は父親にとどめをささなかった。あんなに殺したいと思っていた相手なのに。殺すために生きてきたはずなのに」
モニカは相槌を打たず、静かに耳を傾ける。
「今じゃ、殺したいと思わなかったんだ。殺したくないとすら思った。今では、母親を殺したことも後悔してる。どうしてだろうって考えたんだけど。きっと、カトリナたちのおかげ」
「うん、そんな気がする」
「僕はもう、親の呪縛から逃れられてるんだって、その時に実感したよ」
「うん」
「あとね、今になって後悔してることがある」
「なあに?」
「娘の誕生日に殺してしまった男の人のこと」
「……」
「今なら分かるんだ。大切な人の誕生日を祝いたいって気持ち。それに気付かせてくれたのは、モニカとアーサーのおかげ」
ジルはそっとモニカの手を握った。今度はおそるおそるではなく、そっと愛情を込めて。
「実はS級冒険者業でも、人の暗殺を任されることはあるんだ。だから暗殺業から完全に離れることはできないけど」
「うん」
「僕は、人の心を取り戻せたんだと思う。それは全部、カトリナたちと君たちのおかげ。ありがとう、モニカ」
「……ごめん。最後の方はあまり関係がなかったね。とにかく僕が言いたかったのは、あの時君を襲ったのは僕じゃないってこと。その人と僕がそっくりなのは、家庭の環境のせいで僕の家族は表情も話し口調もなにもかもそっくりだから」
モニカは手で顔を覆っていた。あまりに辛い彼の過去に胸を痛めているようだった。
「……ジル」
くぐもった声を出す彼女に、ジルは優しい声色で「ん?」と返事をした。
「こっちに来て」
「……僕のこと、信じてくれるの?」
「うん」
その応えに、ジルの顔が緩む。安堵のため息を吐き、ゆっくりとモニカのベッドに腰を下ろした。その手を彼女にそっと握られ、ジルはぽろりと涙を一筋流す。
「……僕にとって、カトリナは人生を変えてくれた人。カミーユとリアーナは生きることに彩りを与えてくれた人。そして君とアーサーは、愛することを許してくれた人なんだ」
「……」
「君たちに出会ってから分かったことがあるんだけど。僕、愛されるより愛する方が好きなんだ。幼い頃の僕は、愛することを許されなかったし、そもそも愛させてくれる人がいなかった。君たちと一緒にいるとき、一番生きることに喜びを感じられる。だから、僕は君たちに傷をつけたりしない。君たちを守りたいと思ってる。これは君たちのためじゃない。僕自身のためなんだ」
「……ジル、ごめんなさい。疑ってごめんなさい……。拒絶して……ごめんなさい……」
「泣かないでモニカ。仕方ないよ。僕の方こそごめん。実は少し前から危険は感じてたんだ」
「え……?」
「合宿後、僕が実家に帰ったのを覚えてる?」
「あ……」
「嫌な予感がしてたんだ。今だから言うけど、教会事件以降君たちはずっと王族に命を狙われてた。ここ一年はかなり本気で君たちを殺そうと動いてたから、もしかしたらフィリップス家にも依頼が行ってるかもしれないと思って様子を見に行ったんだ」
当然、のうのうと実家に顔を出した彼をにこやかに迎え入れるわけもなく、父親との殺し合いが始まったそうだ。
「今の僕は父親よりかろうじて強かった。お互いボロボロになったけど。でも兄の姿がなかった。それどころか、マルムがその家で生活してる痕跡さえなかったんだ」
「つまり……?」
「マルムは今、フィリップス宅じゃないところで生活してる。でもあんなにフィリップス家に誇りを持ってた彼が、暗殺業を辞めるはずがない。そこから導き出せるのは、彼が長期間に亘る暗殺任務を命じられ、どこか別の場所で潜んでいる可能性。つまり、君たちの暗殺に一枚噛んでるかもしれないと思ってた」
「そうだったんだ……」
「そこまでは予想できてたけど、まさか〝裏S級冒険者〟とかいうのに入ってるとは思わなかった。そもそも〝裏S級〟なんて存在があることさえも知らなかった」
「ジル……。ポントワーブのカフェのお兄さんもね、裏S級だったの……」
「クルドから聞いたよ。今のポントワーブの状況を教えるね。君たちの家は全壊してる。ほぼ間違いなく裏S級による仕業。カフェの店主は姿をくらませた。店の中はもぬけの殻。でもカフェの二階の住居部分には、見の毛がよだつほどのインコの亡骸の山が残っていた。おそらく王族からのインコだろうね」
「……」
「クルドが君たちを保護してくれてて良かった。それに……よく生き抜いてくれたね、モニカ」
ジルはおそるおそる、モニカの頬に手を当てた。
モニカはいやがらず、真っすぐ彼の目を見る。唇を噛んで我慢していた涙が、抑えきれなくなってボロボロと流れた。
「……ふえ、ふえぇぇん。怖かったよぉぉぉ……ジルじゃなくて良かったぁぁ……ジル、ジルゥゥゥ……」
泣きながら抱きつく彼女を、ジルは強く抱き返す。堪えられない嗚咽を漏らしながら、彼は肩を震わせた。
◇◇◇
落ち着いた時には、二人とも目が真っ赤に腫れあがっていた。
ジルとモニカはベッドに腰かけ、窓から見える空を眺める。
「実家に帰った時、僕は父親にとどめをささなかった。あんなに殺したいと思っていた相手なのに。殺すために生きてきたはずなのに」
モニカは相槌を打たず、静かに耳を傾ける。
「今じゃ、殺したいと思わなかったんだ。殺したくないとすら思った。今では、母親を殺したことも後悔してる。どうしてだろうって考えたんだけど。きっと、カトリナたちのおかげ」
「うん、そんな気がする」
「僕はもう、親の呪縛から逃れられてるんだって、その時に実感したよ」
「うん」
「あとね、今になって後悔してることがある」
「なあに?」
「娘の誕生日に殺してしまった男の人のこと」
「……」
「今なら分かるんだ。大切な人の誕生日を祝いたいって気持ち。それに気付かせてくれたのは、モニカとアーサーのおかげ」
ジルはそっとモニカの手を握った。今度はおそるおそるではなく、そっと愛情を込めて。
「実はS級冒険者業でも、人の暗殺を任されることはあるんだ。だから暗殺業から完全に離れることはできないけど」
「うん」
「僕は、人の心を取り戻せたんだと思う。それは全部、カトリナたちと君たちのおかげ。ありがとう、モニカ」
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