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北部編:イルネーヌ町

最下層へ

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「アーサー、起きて」

「ん……」

 サンプソンに起こされたアーサーは、ぼうっとする頭で上体を起こした。五時間ぐっすり眠ったおかげで疲労はずいぶん軽減された。

(でも……体が重い……)

 喉が渇く。手が震える。視界がぼやけ、息がしづらい。
 昨日魔物素材を回収している時に、吸血欲に耐えられずこっそり魔物の血を飲んでみたりもしたが、状態は良くならなかった。この喉の渇きは人の血でないと潤わないらしい。

(こんな状態でキマイラを相手にできるのかな……。迷惑をかける前にサンプソンさんに言っといたほうが良いよね……)

「あの……サンプソンさん……」

「ん? どうしたんだいアーサー」

「ちょっと、話したいことがあって……」

思いつめた表情をするアーサーに、サンプソンは真剣な顔で頷いた。モニカとマデリアに聞かれたくないと言うので、二人は洞窟から離れた場所へ移動する。

「それで、どうしたんだい」

「……実は、ここのところ体調が良くなくて……」

「ああ、再会した時からずっと顔色が悪いよね。心配事のせいかなと思っていたんだけど、他にも原因が?」

「……うん、ちょっと風邪気味で」

アーサーはごまかそうとしたが、嘘をついているとサンプソンにはお見通しだった。
彼はしゃがみ、少年と視線を合わせる。

「本当のことを言いたくないのかい?」

「……うん。ごめんなさい……」

「モニカにも言ってないのかな」

「事情は知ってくれてるんだけど、モニカも最近不安定でしょ? だから言い出せなくて」

「そうか。ずっと言えなくて辛かっただろう。気付いてあげられなくてすまない」

「ううん。僕も言ってなくてごめんなさい」

「いいんだよ。人に言いたくないことのひとつやふたつ、誰にだってあるさ。……カミーユにだったら言える?」

「……うん」

「そう。良かった」

「サンプソンさんのこと、信用してないわけじゃないんだ。でもやっぱりちょっと怖いし、迷惑もかけたくなくて……」

「分かってるよ。だって僕たち、知り合って間もないじゃないか。仕方ない」

 サンプソンはアーサーの頭をぽんぽんと撫でた。
 この洞窟で待っていたらどうかと提案したが、アーサーは首を横に振る。

「足手まといかもしれないけど、モニカが心配だからついて行ってもいい……?」

「もちろん構わないよ。ただ、僕のそばは離れないで。あと、無理はしないで」

「うん。ありがとう、サンプソンさん」

 二人が洞窟へ戻ると、マデリアとモニカはすでに準備ができていた。アーサーとサンプソンも慌てて荷造りをして彼女たちのあとを追う。その間ずっと、サンプソンは心配そうにアーサーの肩を抱いていた。

◇◇◇

 最下層まで行くために、長い階段を駆け下り、魔物がうじゃうじゃと湧いているダンジョンを最奥まで全速力で突っ切り……を四回繰り返した頃には、モニカは体力切れを起こしてぐったりしていた。
腰を折って息を切らしている彼女に、マデリアがちらりと視線を向ける。

「モニカ、あなたふらふらじゃない」

「はぁっ、はぁっ、こ、こんなっ、走ったことなくてっ……、階段しんどいしっ……、はぁっ」

「そうなの? 意外だわ」

「今まで長距離の移動で走るときはっ、アーサーがおんぶしてくれてたからっ……」

「モニカ。あなたお兄ちゃんに甘えすぎよ。魔法使いでも体力はつけておかないと」

「は、はぁいっ……」

 マデリアは双子のことを育成しようとは思っているが、甘やかそうとは微塵も思っていないようだ。カミーユパーティであれば、こんなヘロヘロになったモニカを見たら誰が背負うかで喧嘩を始めそうだ。しかし彼女は手を貸すこともなく先へ進んだ。

(マデリアの言う通りだわ……。わたし、今まで随分みんなに甘やかしてもらってたのね。わたし以外誰も息も切れてないのに……)

 実際はそうではなく、アーサー、マデリア、サンプソンの体力が異常なだけで、モニカも他の同年代の子どもに比べたらかなり体力がある方だ。それに気付けないほど、彼女のまわりにはバケモノ級が多すぎた。

(帰ったら筋トレ再会しないとなあ。それと身体強化魔法の練習も……)

 額の汗を拭い、深呼吸をしてからマデリアについて行く。キマイラが棲息しているのは最下層の最奥だ。マデリアたちがすでに走り始めていたので、モニカも体力と気力を振り絞って走り出した。
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