572 / 718
北部編:イルネーヌ町
最下層へ
しおりを挟む
「アーサー、起きて」
「ん……」
サンプソンに起こされたアーサーは、ぼうっとする頭で上体を起こした。五時間ぐっすり眠ったおかげで疲労はずいぶん軽減された。
(でも……体が重い……)
喉が渇く。手が震える。視界がぼやけ、息がしづらい。
昨日魔物素材を回収している時に、吸血欲に耐えられずこっそり魔物の血を飲んでみたりもしたが、状態は良くならなかった。この喉の渇きは人の血でないと潤わないらしい。
(こんな状態でキマイラを相手にできるのかな……。迷惑をかける前にサンプソンさんに言っといたほうが良いよね……)
「あの……サンプソンさん……」
「ん? どうしたんだいアーサー」
「ちょっと、話したいことがあって……」
思いつめた表情をするアーサーに、サンプソンは真剣な顔で頷いた。モニカとマデリアに聞かれたくないと言うので、二人は洞窟から離れた場所へ移動する。
「それで、どうしたんだい」
「……実は、ここのところ体調が良くなくて……」
「ああ、再会した時からずっと顔色が悪いよね。心配事のせいかなと思っていたんだけど、他にも原因が?」
「……うん、ちょっと風邪気味で」
アーサーはごまかそうとしたが、嘘をついているとサンプソンにはお見通しだった。
彼はしゃがみ、少年と視線を合わせる。
「本当のことを言いたくないのかい?」
「……うん。ごめんなさい……」
「モニカにも言ってないのかな」
「事情は知ってくれてるんだけど、モニカも最近不安定でしょ? だから言い出せなくて」
「そうか。ずっと言えなくて辛かっただろう。気付いてあげられなくてすまない」
「ううん。僕も言ってなくてごめんなさい」
「いいんだよ。人に言いたくないことのひとつやふたつ、誰にだってあるさ。……カミーユにだったら言える?」
「……うん」
「そう。良かった」
「サンプソンさんのこと、信用してないわけじゃないんだ。でもやっぱりちょっと怖いし、迷惑もかけたくなくて……」
「分かってるよ。だって僕たち、知り合って間もないじゃないか。仕方ない」
サンプソンはアーサーの頭をぽんぽんと撫でた。
この洞窟で待っていたらどうかと提案したが、アーサーは首を横に振る。
「足手まといかもしれないけど、モニカが心配だからついて行ってもいい……?」
「もちろん構わないよ。ただ、僕のそばは離れないで。あと、無理はしないで」
「うん。ありがとう、サンプソンさん」
二人が洞窟へ戻ると、マデリアとモニカはすでに準備ができていた。アーサーとサンプソンも慌てて荷造りをして彼女たちのあとを追う。その間ずっと、サンプソンは心配そうにアーサーの肩を抱いていた。
◇◇◇
最下層まで行くために、長い階段を駆け下り、魔物がうじゃうじゃと湧いているダンジョンを最奥まで全速力で突っ切り……を四回繰り返した頃には、モニカは体力切れを起こしてぐったりしていた。
腰を折って息を切らしている彼女に、マデリアがちらりと視線を向ける。
「モニカ、あなたふらふらじゃない」
「はぁっ、はぁっ、こ、こんなっ、走ったことなくてっ……、階段しんどいしっ……、はぁっ」
「そうなの? 意外だわ」
「今まで長距離の移動で走るときはっ、アーサーがおんぶしてくれてたからっ……」
「モニカ。あなたお兄ちゃんに甘えすぎよ。魔法使いでも体力はつけておかないと」
「は、はぁいっ……」
マデリアは双子のことを育成しようとは思っているが、甘やかそうとは微塵も思っていないようだ。カミーユパーティであれば、こんなヘロヘロになったモニカを見たら誰が背負うかで喧嘩を始めそうだ。しかし彼女は手を貸すこともなく先へ進んだ。
(マデリアの言う通りだわ……。わたし、今まで随分みんなに甘やかしてもらってたのね。わたし以外誰も息も切れてないのに……)
実際はそうではなく、アーサー、マデリア、サンプソンの体力が異常なだけで、モニカも他の同年代の子どもに比べたらかなり体力がある方だ。それに気付けないほど、彼女のまわりにはバケモノ級が多すぎた。
(帰ったら筋トレ再会しないとなあ。それと身体強化魔法の練習も……)
額の汗を拭い、深呼吸をしてからマデリアについて行く。キマイラが棲息しているのは最下層の最奥だ。マデリアたちがすでに走り始めていたので、モニカも体力と気力を振り絞って走り出した。
「ん……」
サンプソンに起こされたアーサーは、ぼうっとする頭で上体を起こした。五時間ぐっすり眠ったおかげで疲労はずいぶん軽減された。
(でも……体が重い……)
喉が渇く。手が震える。視界がぼやけ、息がしづらい。
昨日魔物素材を回収している時に、吸血欲に耐えられずこっそり魔物の血を飲んでみたりもしたが、状態は良くならなかった。この喉の渇きは人の血でないと潤わないらしい。
(こんな状態でキマイラを相手にできるのかな……。迷惑をかける前にサンプソンさんに言っといたほうが良いよね……)
「あの……サンプソンさん……」
「ん? どうしたんだいアーサー」
「ちょっと、話したいことがあって……」
思いつめた表情をするアーサーに、サンプソンは真剣な顔で頷いた。モニカとマデリアに聞かれたくないと言うので、二人は洞窟から離れた場所へ移動する。
「それで、どうしたんだい」
「……実は、ここのところ体調が良くなくて……」
「ああ、再会した時からずっと顔色が悪いよね。心配事のせいかなと思っていたんだけど、他にも原因が?」
「……うん、ちょっと風邪気味で」
アーサーはごまかそうとしたが、嘘をついているとサンプソンにはお見通しだった。
彼はしゃがみ、少年と視線を合わせる。
「本当のことを言いたくないのかい?」
「……うん。ごめんなさい……」
「モニカにも言ってないのかな」
「事情は知ってくれてるんだけど、モニカも最近不安定でしょ? だから言い出せなくて」
「そうか。ずっと言えなくて辛かっただろう。気付いてあげられなくてすまない」
「ううん。僕も言ってなくてごめんなさい」
「いいんだよ。人に言いたくないことのひとつやふたつ、誰にだってあるさ。……カミーユにだったら言える?」
「……うん」
「そう。良かった」
「サンプソンさんのこと、信用してないわけじゃないんだ。でもやっぱりちょっと怖いし、迷惑もかけたくなくて……」
「分かってるよ。だって僕たち、知り合って間もないじゃないか。仕方ない」
サンプソンはアーサーの頭をぽんぽんと撫でた。
この洞窟で待っていたらどうかと提案したが、アーサーは首を横に振る。
「足手まといかもしれないけど、モニカが心配だからついて行ってもいい……?」
「もちろん構わないよ。ただ、僕のそばは離れないで。あと、無理はしないで」
「うん。ありがとう、サンプソンさん」
二人が洞窟へ戻ると、マデリアとモニカはすでに準備ができていた。アーサーとサンプソンも慌てて荷造りをして彼女たちのあとを追う。その間ずっと、サンプソンは心配そうにアーサーの肩を抱いていた。
◇◇◇
最下層まで行くために、長い階段を駆け下り、魔物がうじゃうじゃと湧いているダンジョンを最奥まで全速力で突っ切り……を四回繰り返した頃には、モニカは体力切れを起こしてぐったりしていた。
腰を折って息を切らしている彼女に、マデリアがちらりと視線を向ける。
「モニカ、あなたふらふらじゃない」
「はぁっ、はぁっ、こ、こんなっ、走ったことなくてっ……、階段しんどいしっ……、はぁっ」
「そうなの? 意外だわ」
「今まで長距離の移動で走るときはっ、アーサーがおんぶしてくれてたからっ……」
「モニカ。あなたお兄ちゃんに甘えすぎよ。魔法使いでも体力はつけておかないと」
「は、はぁいっ……」
マデリアは双子のことを育成しようとは思っているが、甘やかそうとは微塵も思っていないようだ。カミーユパーティであれば、こんなヘロヘロになったモニカを見たら誰が背負うかで喧嘩を始めそうだ。しかし彼女は手を貸すこともなく先へ進んだ。
(マデリアの言う通りだわ……。わたし、今まで随分みんなに甘やかしてもらってたのね。わたし以外誰も息も切れてないのに……)
実際はそうではなく、アーサー、マデリア、サンプソンの体力が異常なだけで、モニカも他の同年代の子どもに比べたらかなり体力がある方だ。それに気付けないほど、彼女のまわりにはバケモノ級が多すぎた。
(帰ったら筋トレ再会しないとなあ。それと身体強化魔法の練習も……)
額の汗を拭い、深呼吸をしてからマデリアについて行く。キマイラが棲息しているのは最下層の最奥だ。マデリアたちがすでに走り始めていたので、モニカも体力と気力を振り絞って走り出した。
11
お気に入りに追加
4,353
あなたにおすすめの小説
出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
婚約破棄されたので森の奥でカフェを開いてスローライフ
あげは
ファンタジー
「私は、ユミエラとの婚約を破棄する!」
学院卒業記念パーティーで、婚約者である王太子アルフリードに突然婚約破棄された、ユミエラ・フォン・アマリリス公爵令嬢。
家族にも愛されていなかったユミエラは、王太子に婚約破棄されたことで利用価値がなくなったとされ家を勘当されてしまう。
しかし、ユミエラに特に気にした様子はなく、むしろ喜んでいた。
これまでの生活に嫌気が差していたユミエラは、元孤児で転生者の侍女ミシェルだけを連れ、その日のうちに家を出て人のいない森の奥に向かい、森の中でカフェを開くらしい。
「さあ、ミシェル! 念願のスローライフよ! 張り切っていきましょう!」
王都を出るとなぜか国を守護している神獣が待ち構えていた。
どうやら国を捨てユミエラについてくるらしい。
こうしてユミエラは、転生者と神獣という何とも不思議なお供を連れ、優雅なスローライフを楽しむのであった。
一方、ユミエラを追放し、神獣にも見捨てられた王国は、愚かな王太子のせいで混乱に陥るのだった――。
なろう・カクヨムにも投稿
悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!
えながゆうき
ファンタジー
妹がやっていた乙女ゲームの世界に転生し、自分がゲームの中の悪役令息であり、魔王フラグ持ちであることに気がついたシリウス。しかし、乙女ゲームに興味がなかった事が仇となり、断片的にしかゲームの内容が分からない!わずかな記憶を頼りに魔王フラグをへし折って、静かな老後を送りたい!
剣と魔法のファンタジー世界で、精一杯、悪足搔きさせていただきます!
ReBirth 上位世界から下位世界へ
小林誉
ファンタジー
ある日帰宅途中にマンホールに落ちた男。気がつくと見知らぬ部屋に居て、世界間のシステムを名乗る声に死を告げられる。そして『あなたが落ちたのは下位世界に繋がる穴です』と説明された。この世に現れる天才奇才の一部は、今のあなたと同様に上位世界から落ちてきた者達だと。下位世界に転生できる機会を得た男に、どのような世界や環境を希望するのか質問される。男が出した答えとは――
※この小説の主人公は聖人君子ではありません。正義の味方のつもりもありません。勝つためならどんな手でも使い、売られた喧嘩は買う人物です。他人より仲間を最優先し、面倒な事が嫌いです。これはそんな、少しずるい男の物語。
1~4巻発売中です。
王女の夢見た世界への旅路
ライ
ファンタジー
侍女を助けるために幼い王女は、己が全てをかけて回復魔術を使用した。
無茶な魔術の使用による代償で魔力の成長が阻害されるが、代わりに前世の記憶を思い出す。
王族でありながら貴族の中でも少ない魔力しか持てず、王族の中で孤立した王女は、理想と夢をかなえるために行動を起こしていく。
これは、彼女が夢と理想を求めて自由に生きる旅路の物語。
※小説家になろう様にも投稿しています。
家ごと異世界ライフ
ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。