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北部編:イルネーヌ町

血も涙もない次期国王

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 翌朝、ヴィクスは執務室を訪れた。そこにはすでに臣下が集まっており、王子の姿を見てすぐさま跪いた。小さく震えている臣下もいたが、ヴィクスは目もくれずに椅子へ腰かける。

「朝早くに悪いね。国王との会議の前に、君たちと話をしておきたくて」

 王子は机に置かれていた資料をぱらぱらとめくり、ぱたんと閉じる。

「これが今回の件の資料かい?」

「はっ」

 臣下の肯定の返事に、ヴィクスはニッコリと笑った。

「書き直してくれ。今日の会議までに」

「……は?」

「この資料を作ったのは主に誰かな?」

「……私ですが……」

 臣下の一人がおそるおそる手を上げた。

「ソクラス。君か」

「は。殿下、そちらの資料に不備がございましたでしょうか。そうであれば、すぐさま――」

「いいや、素晴らしい資料だよソクラス」

「で、でしたら……」

 ソクラスはそれ以上言葉を続けることができなかった。彼を見る王子の瞳は冷たく、彼の周囲にひんやりと冷気が漂っている。

 彼の滲み出る氷魔法が誰かの死の前触れであることは、王城に住まう者のみなが知っていた。

(次はわしか……)

 死を悟ったソクラスは、虚ろな目で王子を見つめた。
 静かになった彼に、ヴィクスは静かに語り掛ける。

「王妃殿下が裏S級に依頼した、アウス王子とモリア王女暗殺の報告書。君が作成した資料には、暗殺は失敗に終わり、現在王子と王女は行方不明となっていると記載されているね」

「は。ヴァラリアからの報告ですので、間違いないかと」

「いいや、彼らは死んだ。ヴァラリアにより暗殺は完了した」

「い、いいえ殿下。暗殺は完了しておりません。ヴァラリア本人がそう報告しているのですぞ」

 ヴィクスは咳ばらいをして、ソクラスに尋ねた。

「闇オークションで、国王と王妃は出品された王女の髪束を見たかい?」

「は」

「ヴァラリアには、暗殺が完了したら王女の髪束を出品するよう命令をしていた。つまり、それが出品されていたということは、暗殺が完了したということだろう。そうだよね、みんな」

 そう言って他の臣下を見回す王子に彼らは慌てて頷いていたが、ソクラスだけは反論した。

「殿下。何度も申し上げておりますが、ヴァラリア本人から暗殺失敗の報告を受けているのです。にも拘わらず闇オークションに髪束が出品された。さらに、吸血鬼の魂魄を国王と競り合っていた少女がいたという報告も受けております。生存している王女が闇オークションに参加したということは明白。聡明である殿下がそのようなこと、分からないわけではありますまい」

「ソクラス」

 ヴィクスは静かに臣下の名を呼んだ。ソクラスは震える体で必死に王子の目を真っすぐ見ている。

「僕が言ったように、書き換えてくれるかい?」

「……殿下。貴方は私に虚偽の報告をしろと命令されているのでしょうか?」

「いいや、真実だ。僕が言ったことが真実なのだから。それとも君は、僕よりも君が真実だと言いたいのかい?」

 ソクラスはギリギリと歯ぎしりをして王子を睨みつける。

「……そうして、国王陛下と王妃殿下を騙し、道化に仕立て上げ、悪政を続けておりますと……この国は、ヴァランス国は……じきに滅びますぞ、殿下」

 周りの臣下がざわめいた。ヴィクスに対して反抗的な意見を出した人の末路は今まで幾度となく見てきた。巻き添えをくらいたくないと、臣下は必死に顔を背けている。

 一方ヴィクスは、にこやかな表情でソクラスに応える。

「おやおや。その言いぶりだと、まるで僕が悪政を敷いているみたいじゃないか」

「違いますか? ここ数年の増税により民への反感は増すばかり。優秀な臣下を次々と処刑し、内政はガタガタ。見なさい。ここにいる者全て、己の命惜しさに真実を言えない愚か者です。
その上、親交が厚かった貴族との関係もことごとく潰してしまいました。おかげで王族は孤立しておりますぞ。未だ交流が深い貴族は、闇オークションに入り浸っているようなロクでもない者たちばかり。増税も、内政も、親交も、あなたさまが国王陛下をたぶらかして行われたものでございましょう」

「ソクラス。いつもはそこまで僕に歯向かわないのに、何故今日はそこまでの発言をするんだい?」

「私の命運は五分前に決まりましたので。どうせ死ぬのであれば、せめて死ぬ前に殿下に忠告を」

 睨みつけているソクラスは、もう怒りを隠そうともしていない。

ヴィクスは頬杖をつき、小さくため息をついた。

「君ほどの優秀な臣下が、何故僕のしようとしていることが分からないんだろう」

「殿下、あなたは目先の利益ばかりを求め、未来の王族を苦しめることしかしておりません。今後の政策は、よくお考えを」

「……言葉が過ぎたね」

 後ろに控えていた衛兵に目で合図をすると、彼らはソクラスを椅子から引きずり下ろし、跪かせて後ろ手に縛りあげた。ソクラスは抵抗を一切せずに首を垂れている。

 ヴィクスはそっと立ち上がり、ソクラスの耳元で囁いた。

「目先の利益? それは君の方だろう。僕は未来の王族のことしか考えていない。今の王族のことなんて、どうでもいいんだよ」

「……っ! 殿下……まさかあなたは……」

 彼が言葉を言い終える前に、執事室がソクラスの血で濡れた。
 彼の死体を見下ろすヴィクスの服には、やはり返り血ひとつ付いていなかった。
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