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魂魄編:ピュトア泉

君はきれいだよ

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アーサーは彼女の手を握り、掠れた声を出す。

「それは……。僕たちは、大切な人を目の前で失ったことがないからだと、思う」

「……」

「もともと、僕たちは何も持ってなかった。僕にとっては、モニカと……ミアーナだけが、大切な人だった。だから、君ほど大切なものを失ったことがないんだ。生まれてから今まで、僕の隣には一番大切なモニカがずっといてくれてたしね。僕は独りぼっちになったことがないんだ」

 アーサーはそう言って妹の手を握った。そして、シチュリアに向かって申し訳なさそうに微笑む。

「それに僕たちは、捨てられてから今まででたくさんの人に出会って、愛情をいっぱいもらってきた。そして彼らは今も元気いっぱいに笑ってくれてるんだ」

「……」

「もし、目の前でモニカを殺されてしまったら、僕は生きていけないだろうし、モニカを殺した人たちを殺すまで気が済まないと思う。実際に今までも、モニカに危害を加えた人たちや魔物をたくさん殺した……。それも、むごい殺し方で。それはこれからも変えられないと思う……。今じゃ、モニカだけじゃなくて他の大切な人たちを失ったって、僕は同じことをしてしまうかもしれない。だから僕は、君が言うほど聖女らしい性格なんてしてないよ」

アーサーの言葉にモニカが頷く。

「わたしも同じ。わたしは何もきれいなんかじゃないわ。あなたほうがよっぽどきれいよ。こうして、お母さんを奪ったわたしたちの命を助けてくれたんだもん」

「それはあなたたちのためではなくて……」

「守りたい人のためによね。自分の気持ちを抑え込んででも、守りたい人のためにわたしたちを助けようとしたんでしょ? それってまさに聖女って感じがする」

「そう、でしょうか……」

「うん! そうよシチュリア。あなたはきれいで、優しい。大切な人のために、あなたから全てを奪った人の命を救うことができるほどに」

シチュリアは静かに一筋涙を流した。それを指で拭いながら、アーサーが目じりを下げる。

「シチュリアは聖女だけど、聖女の前に人間で、ただのシチュリアだよ。君の言う”人らしい感情”を持ってもいい。顔をしかめたって、ばかみたいに笑ったって、泣いたっていいんだよ」

「……聖女は微笑みを崩さないものだと、王族に言われました。私は上手にできていませんが」

「おかしいな。王族になったミモレスなんて、いっつも大声で笑ってたし、ぷんぷん怒ってたよ? 確かにそれは、貴族の人たちにはあまり評判が良くなかったけど、平民の人たちはそんなミモレスが大好きだった」

「……? どうして200年も前の聖女様のことを、まるで見知った仲のように言うのです?」

「そっ、それは今は重要なことじゃないよ! とにかく! 聖女だからこうあるべきなんて、そんなのないよ! そうやってシチュリアを型にはめようとするから、シチュリアの心がどんどん寂しくなっていくんだ!」

アーサーは頬を膨らませて怒っていた。ミモレスの感情が残っている彼にとって、聖女として生きる息苦しさはよく分かる。

「シチュリア。泉の水位が君の価値を表してるわけじゃない。それに泉の水位が下がっていくのは、君だけのせいじゃない。僕たちが君をたくさん傷つけてしまったから、王族の人たちが君を聖女としてしか見なかったから、そうなってしまったんだ。だから自分を責めないで。自分を責めるくらいなら、僕に怒りをぶつけてほしい。僕を恨んでほしい」

 クン、と喉に何かがつっかえた。シチュリアは悔しかった。

村人を虐殺されたあの日から今までの6年間、彼女は会ったことがない“不吉の前兆”のことを恨み、憎み、嫉妬に駆られていた。自分を不幸に追いやったのは彼らだと、聖女であるにもかかわらず呪いの言葉を呟いたこともあった。
それなのに、今では彼らに、一番欲しかった言葉をかけてもらっている。

憎しみをぶつけても、それを包み込んで癒し、憎むことを許してくれたアーサーとモニカ。シチュリアにとって、それはどこか屈辱的であり、一方で心が震えるほど感動することだった。

「君はきれいだよ、シチュリア。優しいよ。素敵な人だよ。それは全部、君が聖女だからじゃない。君がシチュリアだからなんだ」

アーサーの言葉に、シチュリアは顔をしわくちゃにして泣き崩れた。モニカが抱きしめると、彼女は泣き叫びながら、16年間押し殺してきた感情をぶつけた。支離滅裂な言葉を吐き出し、拳をモニカの胸に打ち付け、爆発した感情に併せて魔法が放出された。モニカは彼女に優しく相槌を打ち、放たれた魔法をひとつずつ丁寧に打ち消していった。
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