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魂魄編:ピュトア泉
シチュリアの本心
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「あ……」
その時、モニカは気付いた。視線を向けたアーサーに、彼女は小声で話しかける。
「アーサー。見覚えがない? シチュリアの、銀色の髪と、赤みがかった黄色の瞳」
「……?」
モニカにそう言われて、アーサーは記憶を遡った。一年前にも、五年前にも、彼女と同じ瞳の色の人とは出会ったことがなかった。ポントワーブ町での暮らしの中でも、森の中での暮らしでも見つけられなかった。だが……。
「あっ」
見つけた。森に捨てられたあの日、いや生まれてからその日まで、彼とモニカのそばにはずっと、彼女と同じ瞳の色をした女性がいた。
「ミアーナ……」
アーサーの呟きにモニカが頷く。
「そうよ」
「本当だ……。言われてみたら、シチュリアにはミアーナの面影がある。で、でもミアーナは、僕たちが産まれたときからずっと、僕たちのそばにいたよ……」
「そもそもそれは、わたしたちにおっぱいを飲ませてくれるためでしょう? おっぱいが出るってことは……ミアーナにも私たちと同じくらいの子どもがいるってこと……」
「……どうして気付かなかったんだろう。ってことは……シチュリアは生まれてすぐにお母さんと離れ離れになったってことじゃ……」
「……」
「お母様のおちちの味はおいしかったですか?」
「っ……」
双子の会話が聞こえていたのか、シチュリアが彼らに聞こえる声でそう言った。
「夜風に当たってくるね」
何かを察したのか、フィックはスッと立ち上がり小屋を出た。
「……」
「……」
「……」
小屋の中に、耳が痛くなるほどの沈黙が流れる。アーサーもモニカも俯いて何も応えられずにいた。そんな中、シチュリアが沈黙を破る。
「初めて会ったときから気付いていましたよ。あなた方が、アウス王子とモリア王女だということは」
「……」
「ど、どうして……」
モニカが尋ねると、シチュリアは首を横に振る。
「確信した理由は言えません。ですが、ヴァルーダ神の加護紋章が髪にハッキリと刻まれ、心臓に強力な加護魔法が幾重にもかけられている、外見がそっくりな私と同じ年ごろの少年と少女を見て、私がアウス王子とモリア王女を連想しないとお思いですか?」
「ご、ごめん……」
アーサーは思わず謝った。
確かに、聖女であれば加護紋章も加護魔法も目に映すことができるだろう。それに、ミアーナの娘であれば、母親がなぜ自分の元を去ったかも聞かされているはずだ。
アーサーとモニカは、自分たちが今目の前にいる少女から母親を奪ったのだと気付いた。
「分かってて、僕とモニカを助けてくれたんだね……」
「当然です。苦しむ人々を救うのが聖女の役目。そこに私怨など挟みません」
「……」
「ですが、私は少なからず、あなたたちに人らしい感情を抱いています」
「人らしい感情……?」
「憎しみです」
「……」
憎しみ。両親に憎まれ、城の者には蔑まれた彼らにとって、”人らしい感情”を抱かれることには慣れていた。
だがそれを、双子が一番慕っていた人の娘に向けられていたということを打ち明けられたのは、アーサーとモニカの胸を抉るには充分だった。
打ちのめされている双子に構わず聖女は言葉を続ける。
「王族はまだ赤子だった私から母を奪い、7歳の時に母と父を処刑しました。両親だけじゃありません。私の家族と親しい親族は全員処刑された。なぜだと思いますか?」
「……」
アーサーにもモニカにも、その答えは分かっていた。だが、答えられなかった。
「母が、あなたたちの第一王位継承権を守るため、あなたたちを生き延びさせるために、国宝を盗んだからです」
「……」
「どうして私の母は、自分と、自分の家族や親族を犠牲にしてでも、あなたたちを守ろうとしたのですか? あなたたちは、私たち全員の命よりも重いのですか?」
シチュリアの悲痛な訴えに、返す言葉がなかった。
「その時ヴァルタニア家では、あなたたちはどのように言われていたと思いますか?」
「……」
「”やはり双子は不吉の象徴だ”。私もそう思いました。……あなたたちがいなければ……あなたたちが双子でなければ……あなたたちが生まれなければっ……! 私は今も、満たされた泉のそばで佇む小屋で、愛する家族と幸せに暮らしていたのに!!」
シチュリアはそう叫びながら、白湯が入ったマグカップを手に双子にズカズカと近寄り、感情に任せて双子にぶっかけた。
それでも双子は、うなだれるだけで何も言えない。
「森に捨てられた哀れな王子と王女。あなたたちの真相を知っている人たちが、全員あなたたちを憐れむと思わないで。あなたたちは、罪のない人たちの屍の上で生きているの。大切なものを失った色褪せた世界で、無理矢理生かされている人たちを踏み台にして生きているのよ」
「シチュリア。その辺で」
「っ……」
いつの間にか戻ってきていたフィックが、そっとシチュリアの肩を掴んだ。シチュリアは唇を噛み、歪ませた顔を双子から顔を背ける。
そして、小さな声で言い捨てた。
「あなたたちがここにいる間は、面倒を見ます。でも回復したらすぐに出て行ってください」
「……うん」
「……さきほど私は嘘をつきました。あなたたちを助けたのは、あなたたちを救うためじゃない。あなたたちが死んだら、私の守りたい人が死ぬからです。あなたたちのことなんて、どうだっていい」
フィックが、今度は強く彼女の肩を掴む。
「シチュリア」
「……ごめんなさいフィック。ああ、抑えようと思っていたのに。隠していようと思っていたのに。……私、聖女失格ね」
フィックは応えず、彼女を寝室へ連れて行った。
再びリビングが沈黙に包まれる。アーサーとモニカはそっと目を合わせ、何も言わずに手を握り合った。
その時、モニカは気付いた。視線を向けたアーサーに、彼女は小声で話しかける。
「アーサー。見覚えがない? シチュリアの、銀色の髪と、赤みがかった黄色の瞳」
「……?」
モニカにそう言われて、アーサーは記憶を遡った。一年前にも、五年前にも、彼女と同じ瞳の色の人とは出会ったことがなかった。ポントワーブ町での暮らしの中でも、森の中での暮らしでも見つけられなかった。だが……。
「あっ」
見つけた。森に捨てられたあの日、いや生まれてからその日まで、彼とモニカのそばにはずっと、彼女と同じ瞳の色をした女性がいた。
「ミアーナ……」
アーサーの呟きにモニカが頷く。
「そうよ」
「本当だ……。言われてみたら、シチュリアにはミアーナの面影がある。で、でもミアーナは、僕たちが産まれたときからずっと、僕たちのそばにいたよ……」
「そもそもそれは、わたしたちにおっぱいを飲ませてくれるためでしょう? おっぱいが出るってことは……ミアーナにも私たちと同じくらいの子どもがいるってこと……」
「……どうして気付かなかったんだろう。ってことは……シチュリアは生まれてすぐにお母さんと離れ離れになったってことじゃ……」
「……」
「お母様のおちちの味はおいしかったですか?」
「っ……」
双子の会話が聞こえていたのか、シチュリアが彼らに聞こえる声でそう言った。
「夜風に当たってくるね」
何かを察したのか、フィックはスッと立ち上がり小屋を出た。
「……」
「……」
「……」
小屋の中に、耳が痛くなるほどの沈黙が流れる。アーサーもモニカも俯いて何も応えられずにいた。そんな中、シチュリアが沈黙を破る。
「初めて会ったときから気付いていましたよ。あなた方が、アウス王子とモリア王女だということは」
「……」
「ど、どうして……」
モニカが尋ねると、シチュリアは首を横に振る。
「確信した理由は言えません。ですが、ヴァルーダ神の加護紋章が髪にハッキリと刻まれ、心臓に強力な加護魔法が幾重にもかけられている、外見がそっくりな私と同じ年ごろの少年と少女を見て、私がアウス王子とモリア王女を連想しないとお思いですか?」
「ご、ごめん……」
アーサーは思わず謝った。
確かに、聖女であれば加護紋章も加護魔法も目に映すことができるだろう。それに、ミアーナの娘であれば、母親がなぜ自分の元を去ったかも聞かされているはずだ。
アーサーとモニカは、自分たちが今目の前にいる少女から母親を奪ったのだと気付いた。
「分かってて、僕とモニカを助けてくれたんだね……」
「当然です。苦しむ人々を救うのが聖女の役目。そこに私怨など挟みません」
「……」
「ですが、私は少なからず、あなたたちに人らしい感情を抱いています」
「人らしい感情……?」
「憎しみです」
「……」
憎しみ。両親に憎まれ、城の者には蔑まれた彼らにとって、”人らしい感情”を抱かれることには慣れていた。
だがそれを、双子が一番慕っていた人の娘に向けられていたということを打ち明けられたのは、アーサーとモニカの胸を抉るには充分だった。
打ちのめされている双子に構わず聖女は言葉を続ける。
「王族はまだ赤子だった私から母を奪い、7歳の時に母と父を処刑しました。両親だけじゃありません。私の家族と親しい親族は全員処刑された。なぜだと思いますか?」
「……」
アーサーにもモニカにも、その答えは分かっていた。だが、答えられなかった。
「母が、あなたたちの第一王位継承権を守るため、あなたたちを生き延びさせるために、国宝を盗んだからです」
「……」
「どうして私の母は、自分と、自分の家族や親族を犠牲にしてでも、あなたたちを守ろうとしたのですか? あなたたちは、私たち全員の命よりも重いのですか?」
シチュリアの悲痛な訴えに、返す言葉がなかった。
「その時ヴァルタニア家では、あなたたちはどのように言われていたと思いますか?」
「……」
「”やはり双子は不吉の象徴だ”。私もそう思いました。……あなたたちがいなければ……あなたたちが双子でなければ……あなたたちが生まれなければっ……! 私は今も、満たされた泉のそばで佇む小屋で、愛する家族と幸せに暮らしていたのに!!」
シチュリアはそう叫びながら、白湯が入ったマグカップを手に双子にズカズカと近寄り、感情に任せて双子にぶっかけた。
それでも双子は、うなだれるだけで何も言えない。
「森に捨てられた哀れな王子と王女。あなたたちの真相を知っている人たちが、全員あなたたちを憐れむと思わないで。あなたたちは、罪のない人たちの屍の上で生きているの。大切なものを失った色褪せた世界で、無理矢理生かされている人たちを踏み台にして生きているのよ」
「シチュリア。その辺で」
「っ……」
いつの間にか戻ってきていたフィックが、そっとシチュリアの肩を掴んだ。シチュリアは唇を噛み、歪ませた顔を双子から顔を背ける。
そして、小さな声で言い捨てた。
「あなたたちがここにいる間は、面倒を見ます。でも回復したらすぐに出て行ってください」
「……うん」
「……さきほど私は嘘をつきました。あなたたちを助けたのは、あなたたちを救うためじゃない。あなたたちが死んだら、私の守りたい人が死ぬからです。あなたたちのことなんて、どうだっていい」
フィックが、今度は強く彼女の肩を掴む。
「シチュリア」
「……ごめんなさいフィック。ああ、抑えようと思っていたのに。隠していようと思っていたのに。……私、聖女失格ね」
フィックは応えず、彼女を寝室へ連れて行った。
再びリビングが沈黙に包まれる。アーサーとモニカはそっと目を合わせ、何も言わずに手を握り合った。
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