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魂魄編:ピュトア泉

まじない

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◆◆◆

痛みが引いていく。息苦しかった肺に澄んだ空気が入って来る。体がだんだんと軽くなる。

《……》

アーサーの核が目を覚ました。ぼんやりとした視界は、先ほどまでの暗闇ではなく、ほんのり明るんだ世界だった。

《目が覚めたかい、アーサー》

《……セルジュ先生……》

アーサーの核はセルジュに抱きしめられていた。セルジュは目じりを下げてアーサーを優しく撫でる。
アーサーは傷だらけの彼の姿を見て、顔をしわくちゃにして大声で泣いた。

《うわああああああん!!》

《怖かったね。もう大丈夫だよ》

《ちがう……っ!! 先生っ……ボロボロじゃないか……っ!》

泣きながらあたりを見回したアーサーは、すぐに自分の身に起こっていることを悟った。

《聖魔法だ……。僕の体が聖魔法で浄化されてるんだ……。そんな……そんなことしたら……先生の魂魄が消えちゃう……!!》

《それでいいんだよアーサー。もとよりそうするつもりだった。だからそんなことで泣かないでくれ》

《いやだっ……。先生がほんとにいなくなっちゃう……!》

セルジュは困ったように笑った。聞き分けのない少年に呆れながらも、失うことに耐えられず涙を流してくれる彼に、喉がキュッと締め付けられる。

アーサーは泣きながら、ずっと心に秘めていたことを吐露する。

《僕にはね、ミモレスの気持ちが残ってるでしょ。だから先生のことが好きで好きでしょうがなくて、モニカには内緒で、寝てるふりをして、記憶の目に残されたミモレスの記憶を何度もこっそり遡ってたんだ。

そしたらもっと先生のことを好きになっちゃって。先生にはもう会えないし、お話もできなくて、つらくて、すごく困ってたんだよ》

《ふふ。そうなのかい? それは知らなかった。嬉しいよ》

《ペンダントの中の魂魄に話しかけてたのは聞いてくれてた……?》

《聞いていたよ。トイレの中で用を足しながらよく話しかけてくれていたよね》

セルジュは首を傾けて、右の口角だけ上げた。アーサーはおたおたしながら弁解する。

《う……そ、それは、モニカに見られたくなかったからで……。別にトイレの暇つぶしとかじゃないからねっ》

《分かっているよ。ずっと聞いていたよ。そしていつもロイの魂魄に、ニヤニヤしているのが気持ち悪いと言われていた》

《あはは》

アーサーとセルジュは二人でクスクス笑った。
だが、アーサーの涙はポロポロと流れて止まらない。セルジュは心配そうに彼の涙を拭う。

《どうしたんだいアーサー。なぜ涙が止まらない?》

《……僕、だいすきな人とお別れなんてしたことがないんだ。悲しくてしょうがないんだ、先生……。お別れなんてしたくないよ……》

《アーサー》

セルジュは、まるで我が子のようにアーサーを優しく抱きしめる。

《私は自分にまじないをかけた。いつになってもいい、いつか普通の人として生まれ変わり、また君に会えるようにと。人に恐れられるほどの武力も魔力も持たない、ただのセルジュの魂を色濃く受け継いだ子がいつか生まれるように》

セルジュの胸に頭を預けながら、アーサーは聞き覚えのある言葉に微かに口角を上げた。

《私とミモレスも会えたんだ。きっと君と私も、いつか会える》

《そのときは、ロイもモニカも一緒が良いなあ》

《そうだね。まじないにそれも加えておこう》

《うん……》

清められつつあるこの場所で、アーサーとセルジュは静かに二人だけの時間を過ごした。ぎゅっと抱きついて離れないアーサーの核を、セルジュの魂魄が包み込む。

《……》

セルジュの魂魄が徐々に薄れていくのが分かる。苦しいはずなのに、セルジュは一切表情に出さず、ただただアーサーと最期の時間を過ごせて幸せそうだった。
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