507 / 718
魂魄編:闇オークション
どちらが本当の僕
しおりを挟む
ロイアーサーはその時のことを思い出し、自嘲的に笑った。
「モニカさん。人ってね、幸せになればなるほど我儘になってしまうんだ」
「……ちょっと、分かるかも」
「ね。僕はお父さまのお城で過ごしてる毎日がしあわせだった。これ以上ないほどしあわせだったんだ。でもね、100年間もずっと同じ生活を過ごしていると、その凹凸のない平和な毎日が、段々とつまらなく感じたんだ。
そのことをお父さまに打ち明けると、一緒に学院へ行こうと誘ってくれた」
「どうして学院へ?」
モニカの質問に、ロイアーサーは首を傾げた。何を当たり前のことを聞いているんだとでも言いたげな顔をしている。
「どうして、って……。もちろん、ミモレスの生まれ変わりに会うためにだよ」
「あ……」
「お父さまは何百年もの間、ミモレスの生まれ変わりに会うために生きてたんだ。お父さまは彼女の願いを叶えたかった。”生まれ変わったミモレスとお父さまで、医院をしたい。片田舎でなんでもない幸せな日々を過ごしたい”っていう、彼女の願いを」
「セルジュ先生……」
「だから、お父さまと僕は学院へ行った。学院にはジュリア王女とウィルク王子がいたから、お父さまは彼らの血を確かめたかった。……はじめのうちはね。そのあとの出来事は、君が知っている通りだよ」
「……」
「それで、学院へ行って僕は、はじめて見た目が同い年の人間と友だちになった。それが、マーサとグレンダ」
「3人は同学年だったもんね」
「うん。それまで僕は、人間のことを餌としか思ってなかった。……でも僕は、吸血鬼になる前の記憶を失ってたんだ。つまり人間が僕にしたことを忘れてた。
だから、マーサとグレンダと仲良くなっていくうちに、自分も人間になりたいって思うようになった。
そして、本当は人間は良い人で、吸血鬼が悪者なんじゃないかって考えるようになった。
それから僕は、自分が吸血鬼であることがいやになって……人間になりたくて、血を飲むのをやめた」
ロイアーサーの声がだんだんと小さくなっていく。
「その時の僕は、お父さまを憎んでた。僕を吸血鬼にしたお父さまを……。今思うと、本当に、恩知らずな行為だった……。僕は……無理やり血を飲ませるお父さまに、何度も何度も”死ね”と言った……」
モニカは唇を噛んだ。かける言葉が、見当たらない。
「でもね、やっぱりお父さまが正しかったんだ。
モニカさんは知らなかったと思うけど、僕の体には、幼少期に付けられた虐待の痕が残ってた。
それをタールたちに見つかって、そこからいじめが始まったんだ。痛いこと、いっぱいされた」
「学院で……そんなことが……」
「学院にも腐った家系の貴族の子どもがたくさんいるからね。普段はみんな、猫を被ってるけど」
「……」
「僕がいじめられてるって知ったお父さまは激怒した。あんなに罵詈雑言を吐いた僕のためのことも、許してくれた。やっぱり僕にはお父さましかいないんだって、実感した。そこから始まったんだ。吸血鬼事件が」
「生徒たちを誘拐したのね」
「うん。誘拐した子たちはみんな、僕をいじめてた子たち。ジュリア王女とウィルク王子、そして君たちは特別だったんだ。お父さまはアーサーとモニカさんが、アウス王子とモリア王女だということに気付いていた。だから、誘拐した」
過去を話し終えたロイアーサーは、深いため息をつき、申し訳なさそうにモニカに微笑みかけた。
「長くなってごめんね。さっき、君が尋ねたこと……生徒としての僕と、吸血鬼事件のとき僕、どっちが本当の僕だって質問の答えはつまりね。どっちも僕なんだ。僕の生きてきた道、環境が、どちらの僕も生み出したんだ」
もしロイが貴族にいじめられていなかったら……。生徒たちにいじめられていなかったら……。
ロイはきっと、優しい人のままだっただろう。それを変えたのは、悪意に満ちた人間。
モニカに同情に満ちた目で見つめられ、ロイアーサーは肩をすくめる。
「でも、僕も結局タールたちにひどいことをしたから。お互い様だよ」
「あの……ロイ?」
「ん?」
「その、タール……に助けを求めてよかったの……? 会うの、いやなんじゃない……?」
「え? ううん。全然いやじゃないよ」
ロイアーサーはケロっとして笑った。
「タールは特別。チムシーに寄生させたタールと僕は仲良しだったから。地下にいるときは、いつもじゃれあってたんだ。吸血欲が満たされず、正気を失い、言葉と理性を忘れた彼は、従順な犬のように僕に懐いてた。だから僕も彼のことがかわいく思えてきてさ。僕は、むしろ早くタールに会いたいと思ってるよ」
「そ、そう……」
ロイアーサーの最後の言葉に、モニカは内心ゾッとしていた。
正気を失わせた人間を、ペットのようにかわいがっていたというロイ。彼はやはり、どこか壊れている。
だが、彼は今では唯一の味方だ。信じるしかない、とモニカは小さく頷いた。
「モニカさん。人ってね、幸せになればなるほど我儘になってしまうんだ」
「……ちょっと、分かるかも」
「ね。僕はお父さまのお城で過ごしてる毎日がしあわせだった。これ以上ないほどしあわせだったんだ。でもね、100年間もずっと同じ生活を過ごしていると、その凹凸のない平和な毎日が、段々とつまらなく感じたんだ。
そのことをお父さまに打ち明けると、一緒に学院へ行こうと誘ってくれた」
「どうして学院へ?」
モニカの質問に、ロイアーサーは首を傾げた。何を当たり前のことを聞いているんだとでも言いたげな顔をしている。
「どうして、って……。もちろん、ミモレスの生まれ変わりに会うためにだよ」
「あ……」
「お父さまは何百年もの間、ミモレスの生まれ変わりに会うために生きてたんだ。お父さまは彼女の願いを叶えたかった。”生まれ変わったミモレスとお父さまで、医院をしたい。片田舎でなんでもない幸せな日々を過ごしたい”っていう、彼女の願いを」
「セルジュ先生……」
「だから、お父さまと僕は学院へ行った。学院にはジュリア王女とウィルク王子がいたから、お父さまは彼らの血を確かめたかった。……はじめのうちはね。そのあとの出来事は、君が知っている通りだよ」
「……」
「それで、学院へ行って僕は、はじめて見た目が同い年の人間と友だちになった。それが、マーサとグレンダ」
「3人は同学年だったもんね」
「うん。それまで僕は、人間のことを餌としか思ってなかった。……でも僕は、吸血鬼になる前の記憶を失ってたんだ。つまり人間が僕にしたことを忘れてた。
だから、マーサとグレンダと仲良くなっていくうちに、自分も人間になりたいって思うようになった。
そして、本当は人間は良い人で、吸血鬼が悪者なんじゃないかって考えるようになった。
それから僕は、自分が吸血鬼であることがいやになって……人間になりたくて、血を飲むのをやめた」
ロイアーサーの声がだんだんと小さくなっていく。
「その時の僕は、お父さまを憎んでた。僕を吸血鬼にしたお父さまを……。今思うと、本当に、恩知らずな行為だった……。僕は……無理やり血を飲ませるお父さまに、何度も何度も”死ね”と言った……」
モニカは唇を噛んだ。かける言葉が、見当たらない。
「でもね、やっぱりお父さまが正しかったんだ。
モニカさんは知らなかったと思うけど、僕の体には、幼少期に付けられた虐待の痕が残ってた。
それをタールたちに見つかって、そこからいじめが始まったんだ。痛いこと、いっぱいされた」
「学院で……そんなことが……」
「学院にも腐った家系の貴族の子どもがたくさんいるからね。普段はみんな、猫を被ってるけど」
「……」
「僕がいじめられてるって知ったお父さまは激怒した。あんなに罵詈雑言を吐いた僕のためのことも、許してくれた。やっぱり僕にはお父さましかいないんだって、実感した。そこから始まったんだ。吸血鬼事件が」
「生徒たちを誘拐したのね」
「うん。誘拐した子たちはみんな、僕をいじめてた子たち。ジュリア王女とウィルク王子、そして君たちは特別だったんだ。お父さまはアーサーとモニカさんが、アウス王子とモリア王女だということに気付いていた。だから、誘拐した」
過去を話し終えたロイアーサーは、深いため息をつき、申し訳なさそうにモニカに微笑みかけた。
「長くなってごめんね。さっき、君が尋ねたこと……生徒としての僕と、吸血鬼事件のとき僕、どっちが本当の僕だって質問の答えはつまりね。どっちも僕なんだ。僕の生きてきた道、環境が、どちらの僕も生み出したんだ」
もしロイが貴族にいじめられていなかったら……。生徒たちにいじめられていなかったら……。
ロイはきっと、優しい人のままだっただろう。それを変えたのは、悪意に満ちた人間。
モニカに同情に満ちた目で見つめられ、ロイアーサーは肩をすくめる。
「でも、僕も結局タールたちにひどいことをしたから。お互い様だよ」
「あの……ロイ?」
「ん?」
「その、タール……に助けを求めてよかったの……? 会うの、いやなんじゃない……?」
「え? ううん。全然いやじゃないよ」
ロイアーサーはケロっとして笑った。
「タールは特別。チムシーに寄生させたタールと僕は仲良しだったから。地下にいるときは、いつもじゃれあってたんだ。吸血欲が満たされず、正気を失い、言葉と理性を忘れた彼は、従順な犬のように僕に懐いてた。だから僕も彼のことがかわいく思えてきてさ。僕は、むしろ早くタールに会いたいと思ってるよ」
「そ、そう……」
ロイアーサーの最後の言葉に、モニカは内心ゾッとしていた。
正気を失わせた人間を、ペットのようにかわいがっていたというロイ。彼はやはり、どこか壊れている。
だが、彼は今では唯一の味方だ。信じるしかない、とモニカは小さく頷いた。
12
お気に入りに追加
4,353
あなたにおすすめの小説
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!
えながゆうき
ファンタジー
妹がやっていた乙女ゲームの世界に転生し、自分がゲームの中の悪役令息であり、魔王フラグ持ちであることに気がついたシリウス。しかし、乙女ゲームに興味がなかった事が仇となり、断片的にしかゲームの内容が分からない!わずかな記憶を頼りに魔王フラグをへし折って、静かな老後を送りたい!
剣と魔法のファンタジー世界で、精一杯、悪足搔きさせていただきます!
婚約破棄されたので森の奥でカフェを開いてスローライフ
あげは
ファンタジー
「私は、ユミエラとの婚約を破棄する!」
学院卒業記念パーティーで、婚約者である王太子アルフリードに突然婚約破棄された、ユミエラ・フォン・アマリリス公爵令嬢。
家族にも愛されていなかったユミエラは、王太子に婚約破棄されたことで利用価値がなくなったとされ家を勘当されてしまう。
しかし、ユミエラに特に気にした様子はなく、むしろ喜んでいた。
これまでの生活に嫌気が差していたユミエラは、元孤児で転生者の侍女ミシェルだけを連れ、その日のうちに家を出て人のいない森の奥に向かい、森の中でカフェを開くらしい。
「さあ、ミシェル! 念願のスローライフよ! 張り切っていきましょう!」
王都を出るとなぜか国を守護している神獣が待ち構えていた。
どうやら国を捨てユミエラについてくるらしい。
こうしてユミエラは、転生者と神獣という何とも不思議なお供を連れ、優雅なスローライフを楽しむのであった。
一方、ユミエラを追放し、神獣にも見捨てられた王国は、愚かな王太子のせいで混乱に陥るのだった――。
なろう・カクヨムにも投稿
ReBirth 上位世界から下位世界へ
小林誉
ファンタジー
ある日帰宅途中にマンホールに落ちた男。気がつくと見知らぬ部屋に居て、世界間のシステムを名乗る声に死を告げられる。そして『あなたが落ちたのは下位世界に繋がる穴です』と説明された。この世に現れる天才奇才の一部は、今のあなたと同様に上位世界から落ちてきた者達だと。下位世界に転生できる機会を得た男に、どのような世界や環境を希望するのか質問される。男が出した答えとは――
※この小説の主人公は聖人君子ではありません。正義の味方のつもりもありません。勝つためならどんな手でも使い、売られた喧嘩は買う人物です。他人より仲間を最優先し、面倒な事が嫌いです。これはそんな、少しずるい男の物語。
1~4巻発売中です。
家ごと異世界ライフ
ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
迷い人と当たり人〜伝説の国の魔道具で気ままに快適冒険者ライフを目指します〜
青空ばらみ
ファンタジー
一歳で両親を亡くし母方の伯父マークがいる辺境伯領に連れて来られたパール。 伯父と一緒に暮らすお許しを辺境伯様に乞うため訪れていた辺境伯邸で、たまたま出くわした侯爵令嬢の無知な善意により 六歳で見習い冒険者になることが決定してしまった! 運良く? 『前世の記憶』を思い出し『スマッホ』のチェリーちゃんにも協力してもらいながら 立派な冒険者になるために 前世使えなかった魔法も喜んで覚え、なんだか百年に一人現れるかどうかの伝説の国に迷いこんだ『迷い人』にもなってしまって、その恩恵を受けようとする『当たり人』と呼ばれる人たちに貢がれたり…… ぜんぜん理想の田舎でまったりスローライフは送れないけど、しょうがないから伝説の国の魔道具を駆使して 気ままに快適冒険者を目指しながら 周りのみんなを無自覚でハッピーライフに巻き込んで? 楽しく生きていこうかな! ゆる〜いスローペースのご都合ファンタジーです。
小説家になろう様でも投稿をしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。