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画廊編:4人での日々
生きる理由
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学院へ戻ったジュリアとウィルクは、気の抜けた表情でダンスパーティーに参加して、学期を終えた。
顔も知らない従者が彼らを迎えにきた。馬車の中で、一言も言葉を交わすことなく、長い道のりをかけて王城へ帰る。その日は雪がしんしんと降る、寒い日だった。
王城へ帰ったジュリアは、従者がいなくなってから部屋を抜け出した。長い廊下を歩き、滅多に行かない部屋の前で立ち止まる。
ノックをすると、小さな返事が聞こえた。ジュリアはそっとドアを開けた。
「こんばんは、ヴィクスお兄さま」
「……おや、珍しい来客だ」
ソファに腰を下ろしていたヴィクスが、顔だけ振り向き微笑した。
半年ぶりに見る彼は一段とやつれ、痩せ細っていた。
「まあ。人はそこまで痩せ細ることができますのね。勉強になりましたわ」
「相変わらずだね、ジュリア。君だけだよ、僕に意地悪を言うのは」
「ちゃんと食事は摂っていますの?」
「ああ。摂っているよ。……全て吐き戻してしまうけどね」
「貴族女性のようなことをしていらっしゃいますのね。そんなに痩せたいんですの?」
「違うよ。勝手に吐いてしまうんだ。僕だってさすがにこれ以上はみすぼらしい姿になりたくはないさ」
ジュリアは兄の隣に座り、顔をじっと見た。光を失った瞳。全てがどうでもよくなったかのような、投げやりな表情。骨と皮しかなくなってしまった体。見ているだけで痛々しい。いっそ殺してあげたほうが、彼にとって幸せなのではないかとすら思った。
「……なにかありましたの?」
「いいや、何もないよ」
「まさか計画に抜けでもありまして?」
「それは大丈夫だよ。計画は順調だ」
「では、何は大丈夫ではないのです?」
ヴィクスは少し驚いた顔をして、ジュリアを見た。
「どうしたんだい、ジュリア。今日はやけに僕を気にかけるね。いつもなら、王城へ帰ってきても僕を避けているのに。わざわざ僕の部屋に自ら来るなんて」
「お兄さまの部屋に来たのは、今後のことを尋ねたかっただけですわ。もうすぐ……アレが始まりますし」
「そうだね。もうすぐだ。僕でも少し緊張している。今回は賭けな部分もかなり大きいからね」
「……ですがそれより、お兄さまのそのお姿を見ると……さすがに心配になりますわ」
「……」
「お兄さまはいつもおやつれになっておりますが、今日はいつもと違います。生気が……感じられません」
「ああ、ジュリア。生きることはそういうことさ。人は生きるために生きているのではない。苦しむために生き、贖うために生き、死ぬために生きているんだよ」
天井を見上げ、穏やかな口調で呟くヴィクス。
ジュリアは唇を噛み、彼から目を背けた。
「それはお兄さまだけですわ。私はそうではありません」
「そうか。僕だけか」
「ええ。アウス様とモリア様も、そんなために生きてはおりません」
アウスとモリアの名前を聞き、ヴィクスの表情が歪んだ。唇が震え、必死に何かを堪えている。彼が目を瞑ると、一筋の涙が流れた。
ジュリアは眉をひそめた。いつもであれば、彼らの名前を聞けばヴィクスは嬉しそうにしていた。それが今では、彼らの名前を聞くのも辛いようだった。
「何がありましたの」
「……ん? 何もないよ」
「嘘はおやめくださいません? つくならもっと上手にしてください。 アウス様とモリア様に関係する何かで、辛いことがおありなのでしょう。……やはり今回の計画が……」
「ちがうよジュリア。計画は順調だ」
「では何が……」
「ふふ。くだらないことさ。とてもくだらないこと」
くだらないことでそんな顔をするものか、とジュリアは兄の頬を引っぱたきたい衝動に駆られたが、拳を握って必死に我慢した。
「くだらないことでも構いませんわ。聞かせてください」
「……」
ヴィクスは口を開かない。ぼんやりと天井を見上げ、微かに開いた口で呼吸をしている。
根気強く待ち続けたジュリアに、やっとヴィクスが呟いた。
「……僕は」
「……」
「アウス様とモリア様から、贈り物をいただいた」
「え?」
「おや、君も知らなかったのか。ウィルク経由でいただいたんだよ。指輪や、絵画、異国の茶葉などを」
「まあ。お兄さまにも」
「君たちもいただいたんだろう?」
「ええ」
「それは、どうしてるんだい?」
「学院にいるときに、アクセサリーは身に付けていましたわ。今は外していますが。絵画は部屋に隠してあります」
「さすがジュリアだね」
ジュリアはハッとして口に手を当てた。
「まさかお兄さま……部屋に絵画を飾ったり、指輪をここで嵌めたりなんて……していませんわよね?」
「……」
「嘘。お兄さまがそんな愚行を犯すなんて」
「あはは。ひどい言いようだね」
「彼らが贈った物は全て、王族には見合わない物ばかりでしたわ。特に絵画なんて……悪い評判が立っている画家のものと、理解を示されていない異国の版画。そんなものを王城の壁に飾るとどうなるかなんて、馬鹿でも分かりますわよ」
「そうだね。冷静に考えればすぐ分かることだった。僕は浮かれていたんだね」
「それで……どうなりましたの?」
「全て見つかったよ。見つかったあとは……言わなくても分かるだろう?」
「……」
自分の命よりも大切な、最愛の兄姉から贈られたプレゼントを処分された。贈られたときの喜びと同じくらい、悲しかっただろう。生きている理由が分からなくなってしまうほどに。
ジュリアは深いため息をつき、部屋を出た。
ヴィクスは彼女を引き留めることもせず、ただ天井を眺め続けていた。
顔も知らない従者が彼らを迎えにきた。馬車の中で、一言も言葉を交わすことなく、長い道のりをかけて王城へ帰る。その日は雪がしんしんと降る、寒い日だった。
王城へ帰ったジュリアは、従者がいなくなってから部屋を抜け出した。長い廊下を歩き、滅多に行かない部屋の前で立ち止まる。
ノックをすると、小さな返事が聞こえた。ジュリアはそっとドアを開けた。
「こんばんは、ヴィクスお兄さま」
「……おや、珍しい来客だ」
ソファに腰を下ろしていたヴィクスが、顔だけ振り向き微笑した。
半年ぶりに見る彼は一段とやつれ、痩せ細っていた。
「まあ。人はそこまで痩せ細ることができますのね。勉強になりましたわ」
「相変わらずだね、ジュリア。君だけだよ、僕に意地悪を言うのは」
「ちゃんと食事は摂っていますの?」
「ああ。摂っているよ。……全て吐き戻してしまうけどね」
「貴族女性のようなことをしていらっしゃいますのね。そんなに痩せたいんですの?」
「違うよ。勝手に吐いてしまうんだ。僕だってさすがにこれ以上はみすぼらしい姿になりたくはないさ」
ジュリアは兄の隣に座り、顔をじっと見た。光を失った瞳。全てがどうでもよくなったかのような、投げやりな表情。骨と皮しかなくなってしまった体。見ているだけで痛々しい。いっそ殺してあげたほうが、彼にとって幸せなのではないかとすら思った。
「……なにかありましたの?」
「いいや、何もないよ」
「まさか計画に抜けでもありまして?」
「それは大丈夫だよ。計画は順調だ」
「では、何は大丈夫ではないのです?」
ヴィクスは少し驚いた顔をして、ジュリアを見た。
「どうしたんだい、ジュリア。今日はやけに僕を気にかけるね。いつもなら、王城へ帰ってきても僕を避けているのに。わざわざ僕の部屋に自ら来るなんて」
「お兄さまの部屋に来たのは、今後のことを尋ねたかっただけですわ。もうすぐ……アレが始まりますし」
「そうだね。もうすぐだ。僕でも少し緊張している。今回は賭けな部分もかなり大きいからね」
「……ですがそれより、お兄さまのそのお姿を見ると……さすがに心配になりますわ」
「……」
「お兄さまはいつもおやつれになっておりますが、今日はいつもと違います。生気が……感じられません」
「ああ、ジュリア。生きることはそういうことさ。人は生きるために生きているのではない。苦しむために生き、贖うために生き、死ぬために生きているんだよ」
天井を見上げ、穏やかな口調で呟くヴィクス。
ジュリアは唇を噛み、彼から目を背けた。
「それはお兄さまだけですわ。私はそうではありません」
「そうか。僕だけか」
「ええ。アウス様とモリア様も、そんなために生きてはおりません」
アウスとモリアの名前を聞き、ヴィクスの表情が歪んだ。唇が震え、必死に何かを堪えている。彼が目を瞑ると、一筋の涙が流れた。
ジュリアは眉をひそめた。いつもであれば、彼らの名前を聞けばヴィクスは嬉しそうにしていた。それが今では、彼らの名前を聞くのも辛いようだった。
「何がありましたの」
「……ん? 何もないよ」
「嘘はおやめくださいません? つくならもっと上手にしてください。 アウス様とモリア様に関係する何かで、辛いことがおありなのでしょう。……やはり今回の計画が……」
「ちがうよジュリア。計画は順調だ」
「では何が……」
「ふふ。くだらないことさ。とてもくだらないこと」
くだらないことでそんな顔をするものか、とジュリアは兄の頬を引っぱたきたい衝動に駆られたが、拳を握って必死に我慢した。
「くだらないことでも構いませんわ。聞かせてください」
「……」
ヴィクスは口を開かない。ぼんやりと天井を見上げ、微かに開いた口で呼吸をしている。
根気強く待ち続けたジュリアに、やっとヴィクスが呟いた。
「……僕は」
「……」
「アウス様とモリア様から、贈り物をいただいた」
「え?」
「おや、君も知らなかったのか。ウィルク経由でいただいたんだよ。指輪や、絵画、異国の茶葉などを」
「まあ。お兄さまにも」
「君たちもいただいたんだろう?」
「ええ」
「それは、どうしてるんだい?」
「学院にいるときに、アクセサリーは身に付けていましたわ。今は外していますが。絵画は部屋に隠してあります」
「さすがジュリアだね」
ジュリアはハッとして口に手を当てた。
「まさかお兄さま……部屋に絵画を飾ったり、指輪をここで嵌めたりなんて……していませんわよね?」
「……」
「嘘。お兄さまがそんな愚行を犯すなんて」
「あはは。ひどい言いようだね」
「彼らが贈った物は全て、王族には見合わない物ばかりでしたわ。特に絵画なんて……悪い評判が立っている画家のものと、理解を示されていない異国の版画。そんなものを王城の壁に飾るとどうなるかなんて、馬鹿でも分かりますわよ」
「そうだね。冷静に考えればすぐ分かることだった。僕は浮かれていたんだね」
「それで……どうなりましたの?」
「全て見つかったよ。見つかったあとは……言わなくても分かるだろう?」
「……」
自分の命よりも大切な、最愛の兄姉から贈られたプレゼントを処分された。贈られたときの喜びと同じくらい、悲しかっただろう。生きている理由が分からなくなってしまうほどに。
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