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画廊編:4人での日々
リーノの心労
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仕事が終わり、アーサーとモニカは妹弟を連れてオリバ家の屋敷へ訪れた。カフェからルアン美術館へ行く道すがらにある立派な建物が友人の住まいとは思いもしなかった。双子にとっては二度目の訪問だ。王女と王子を一緒に連れて来た彼らを、オリバ男爵と婦人が快く迎え入れた。
「ジュリア王女、ウィルク王子。お初にお目にかかります。数時間前、ビアンナ先生とカーティス先生が来てくださいまして、お話は伺っております。狭苦しいところで恐縮ですが、ごゆるりとお過ごしください」
「ありがとう。突然悪いわね」
「とんでもないことでございます」
「しばらく世話になる」
「思う存分、ルアンを楽しんでください」
一方、そのことを知らなかったリーノがアーサーの肩を抱き寄せて耳元で騒いだ。
「おいアーサー!?どういうことだ!?なんでジュリア王女とウィルク王子がうちにいる!?」
「実はお忍びでルアンに遊びにきたんだよ。しばらくここで過ごすことになったから、仲良くしてあげてね」
「俺はお二人の実況をしたことはあれど、話したことなんて一度もないんだぞ!!怖すぎるんだが!?」
「大丈夫だよ。二人ともいい子だよ」
「おまえはお二人に好かれているからそんなこと言えるだろうがなあ…」
「リーノ」
「うっ」
彼らの背後からジュリアが呼び掛けた。リーノはびくぅっと飛び上がり、かたかた震えながら振り返る。なぜかリーノに手を握られたアーサーは、よく分からないまま握り返した。
ジュリアとウィルクはリーノに近づき腕を組んだ。
「対抗戦の度にあなたの声を聞いていたから、初めて話す気がしないわ」
「お前とニコロがいなくなってから実況がつまらなくなった。戻ってこい」
「え…あ、はい…い、いえ」
王女と王子にそんなことを言われるとは思いもよらず、リーノはどっちつかずな返事をした。ジュリアはふぅ、とため息をつき、めんどくさそうに首をかしげた。
「そんな緊張しなくてもいいわ。アーサー様たちと同じように接してちょうだい」
「は…はい…」
「そうだ。お前、自分の領地なんだからルアンには詳しいだろう。明日僕たちを案内しろ」
「えっ!?」
「それはいいわね。ビアンナ先生とカーティス先生だって、リーノより詳しいわけないもの。いいわよね。リーノ。安心して。護衛に先生もついてくるから」
「……」
王女と王子を町中へ連れて行くなんて、そんな危険なことをしたいわけがない。しかも彼らとは今さっき初めて話したばかりだ。人懐っこいリーノでも、さすがに楽しめる気がしない。彼は助けを求めて双子に視線を送った。それなのに鈍感な双子は、ニコニコ笑って話している。
「わー!それはいいね!きっといろんなところに連れて行ってくれるよ!」
「え」
「ジュリア、ウィルク!リーノはとっても楽しい人よ!わたしたち、いつもリーノのお話を聞いて笑ってるの!きっと二人のこともたくさん楽しませてくれるわ!!」
「お、おいモニカ…?」
「ええ。そうでしょうね。実況で彼の楽しさは分かっているわ。ふふ。彼と一緒なら道中も退屈しないわね」
「僕の口に合うレストランを探しておいてくれ。魚料理が食べたい」
「ちょ…」
「王女、王子。寝室の用意が整いましたので案内いたします。こちらへ」
話している最中に、メイドが王女と王子を寝室へ連れて行った。リーノは歩いていく彼らをボーっと眺めたあと、ボソッと呟いた。
「アーサー、モニカ。俺は明日死ぬのか…?」
「え!?どうして!?」
「道中、王女を退屈させたら殺されるし、王子の口に合うレストランを見つけられなかったら殺される…」
「まさか!殺しなんてしないよぉ!」
「あはは!リーノは大げさだなあ!!」
楽し気に笑う双子を、リーノははじめて殴りたいと思った。
アーサーとモニカはジュリアとウィルクの良いところをたくさん知っている。だが彼らと関わりのなかった人たちにとって、王女と王子は未だに恐ろしい存在だった。それはリリー寮以外の生徒だけでなく、一般市民全員がそう感じている。
それから一週間にわたり、リーノは王女、王子の世話係となってしまった。寝る間も惜しんで彼らが気に入りそうなルアンの観光地を探し、道中に話すネタをノートにびっしり書き込み暗記した。レストランには「頼むから最上級の食材を使い、全神経を集中させて料理してくれ」と調理場にまで押し掛けた。
おかげでジュリアとウィルクはルアンで最高の観光をすることができた。
「リーノ。やっぱりあなたにお願いしてよかったわ」
「ああ。こんなに楽しい時間を過ごせるなんて思いもしなかった」
「お気に召してよかったです」
労いの言葉に、リーノはホッと胸を撫でおろした。ここ一週間でゲッソリ痩せこけ、目の下にクマができている。仕事から帰ってきた双子が「リーノ、どうしたの?体調悪い?」と顔を覗きこんだとき、アーサーの胸ぐらをつかんで「おまえのせいだろうがよぉぉぉ…」とガラの悪い顔をした。
画廊の仕事が落ち着き、双子と王子、王女がルアンを発った日の夜、リーノは久しぶりにぐっすり眠ることができた。
「ジュリア王女、ウィルク王子。お初にお目にかかります。数時間前、ビアンナ先生とカーティス先生が来てくださいまして、お話は伺っております。狭苦しいところで恐縮ですが、ごゆるりとお過ごしください」
「ありがとう。突然悪いわね」
「とんでもないことでございます」
「しばらく世話になる」
「思う存分、ルアンを楽しんでください」
一方、そのことを知らなかったリーノがアーサーの肩を抱き寄せて耳元で騒いだ。
「おいアーサー!?どういうことだ!?なんでジュリア王女とウィルク王子がうちにいる!?」
「実はお忍びでルアンに遊びにきたんだよ。しばらくここで過ごすことになったから、仲良くしてあげてね」
「俺はお二人の実況をしたことはあれど、話したことなんて一度もないんだぞ!!怖すぎるんだが!?」
「大丈夫だよ。二人ともいい子だよ」
「おまえはお二人に好かれているからそんなこと言えるだろうがなあ…」
「リーノ」
「うっ」
彼らの背後からジュリアが呼び掛けた。リーノはびくぅっと飛び上がり、かたかた震えながら振り返る。なぜかリーノに手を握られたアーサーは、よく分からないまま握り返した。
ジュリアとウィルクはリーノに近づき腕を組んだ。
「対抗戦の度にあなたの声を聞いていたから、初めて話す気がしないわ」
「お前とニコロがいなくなってから実況がつまらなくなった。戻ってこい」
「え…あ、はい…い、いえ」
王女と王子にそんなことを言われるとは思いもよらず、リーノはどっちつかずな返事をした。ジュリアはふぅ、とため息をつき、めんどくさそうに首をかしげた。
「そんな緊張しなくてもいいわ。アーサー様たちと同じように接してちょうだい」
「は…はい…」
「そうだ。お前、自分の領地なんだからルアンには詳しいだろう。明日僕たちを案内しろ」
「えっ!?」
「それはいいわね。ビアンナ先生とカーティス先生だって、リーノより詳しいわけないもの。いいわよね。リーノ。安心して。護衛に先生もついてくるから」
「……」
王女と王子を町中へ連れて行くなんて、そんな危険なことをしたいわけがない。しかも彼らとは今さっき初めて話したばかりだ。人懐っこいリーノでも、さすがに楽しめる気がしない。彼は助けを求めて双子に視線を送った。それなのに鈍感な双子は、ニコニコ笑って話している。
「わー!それはいいね!きっといろんなところに連れて行ってくれるよ!」
「え」
「ジュリア、ウィルク!リーノはとっても楽しい人よ!わたしたち、いつもリーノのお話を聞いて笑ってるの!きっと二人のこともたくさん楽しませてくれるわ!!」
「お、おいモニカ…?」
「ええ。そうでしょうね。実況で彼の楽しさは分かっているわ。ふふ。彼と一緒なら道中も退屈しないわね」
「僕の口に合うレストランを探しておいてくれ。魚料理が食べたい」
「ちょ…」
「王女、王子。寝室の用意が整いましたので案内いたします。こちらへ」
話している最中に、メイドが王女と王子を寝室へ連れて行った。リーノは歩いていく彼らをボーっと眺めたあと、ボソッと呟いた。
「アーサー、モニカ。俺は明日死ぬのか…?」
「え!?どうして!?」
「道中、王女を退屈させたら殺されるし、王子の口に合うレストランを見つけられなかったら殺される…」
「まさか!殺しなんてしないよぉ!」
「あはは!リーノは大げさだなあ!!」
楽し気に笑う双子を、リーノははじめて殴りたいと思った。
アーサーとモニカはジュリアとウィルクの良いところをたくさん知っている。だが彼らと関わりのなかった人たちにとって、王女と王子は未だに恐ろしい存在だった。それはリリー寮以外の生徒だけでなく、一般市民全員がそう感じている。
それから一週間にわたり、リーノは王女、王子の世話係となってしまった。寝る間も惜しんで彼らが気に入りそうなルアンの観光地を探し、道中に話すネタをノートにびっしり書き込み暗記した。レストランには「頼むから最上級の食材を使い、全神経を集中させて料理してくれ」と調理場にまで押し掛けた。
おかげでジュリアとウィルクはルアンで最高の観光をすることができた。
「リーノ。やっぱりあなたにお願いしてよかったわ」
「ああ。こんなに楽しい時間を過ごせるなんて思いもしなかった」
「お気に召してよかったです」
労いの言葉に、リーノはホッと胸を撫でおろした。ここ一週間でゲッソリ痩せこけ、目の下にクマができている。仕事から帰ってきた双子が「リーノ、どうしたの?体調悪い?」と顔を覗きこんだとき、アーサーの胸ぐらをつかんで「おまえのせいだろうがよぉぉぉ…」とガラの悪い顔をした。
画廊の仕事が落ち着き、双子と王子、王女がルアンを発った日の夜、リーノは久しぶりにぐっすり眠ることができた。
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