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画廊編:王女と王子のわるだくみ

王族らしさ

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「何をしているのですか?」

「!!!」

校舎を出て庭を歩いていると、二人の背後から聞き慣れた声がした。ジュリアとウィルクは体をびくつかせてゆっくりと振り返る。そこにはビアンナ先生が静かに立っていた。

「ビアンナ先生…」

「ど、どうして…」

「生徒は知りませんでしょうが、学院の庭には私の探知魔法を張り巡らせてあります。あなたがたが校舎から一歩外に出たその時から、あなたたちの行動は私に筒抜けになるのですよ」

「ちっ…」

ジュリアはビアンナ先生の探知魔法のことを知らなかった。自分のリサーチ不足に舌打ちをしたかと思えば、ジュリアは人が変わったように甘えた声を出した。

「ビアンナ先生。わたくしたち、アーサー様とモニカ様にどうしてもお会いしたいのです。どうか見逃していただけませんか?必ず戻ってくるとお約束いたしますし、町のみなさんにもご迷惑はおかけいたしません」

「いけません。王子と王女が学院の外に出るなど、そんな危険なことを許すわけがありませんでしょう」

「問題ありませんわ。護衛も同行いたしますから」

「そうなのですか?それで、護衛はどちらに?」

「隣町に待機させておりますわ」

「そうですか。ではそこまで私が同行いたします」

「いいえ、結構ですわ。先生の手を煩わせるほどのことではありません」

「…護衛を用意しているということは、国王と王妃の許可がもちろんおりているということでしょうね?」

「ええ。もちろん」

「そうですか。分かりました。では1日お待ちいただけますか?王城にインコを飛ばし許可の確認が取れたらルアンへの滞在を認めましょう」

「その必要はありませんわ。私たちは一刻も早く向かいたいのです。インコを待っている時間はありません」

「いいえ。譲歩してください。もし私があなたがたを今行かせて、万が一護衛がいなかったら?万が一国王の許可が下りていなかったら?」

ビアンナ先生は"万が一"と付けていたが、ジュリアの言ったことが全て口からでまかせだと確信しているようだった。彼女の視線は冷たく鋭い。言いくるめることが難しいと早々に悟ったジュリアは、大きくため息をつき尊大な目つきに変わった。そばで見ていたウィルクは(二重人格…?)と姉のことが少し怖くなった。

「まったく。優秀な人というのは敵に回すと厄介極まりないわ。ビアンナ先生。お察しの通り今私が言ったことはすべて嘘です」

「ええ、そうでしょうね」

「それで大人しく引いてくれたらこんなことをせずに済んだのに」

「…?」

「ビアンナ先生…いえ、ビアンナ。本当に賢い人は私…第二王位継承権を持つ王女の言ったことが嘘だと分かっても従うのよ。そうすれば無駄な血が流れずに済むのだから」

「いいえ。私が黙って行かせたらそれこそ学院の教師全員の首が飛びます」

「お黙りなさい。ウィルク、伝書インコを」

「え…?」

ジュリアの指示にウィルクは狼狽えた。ビアンナ先生は静かにジュリアを見つめている。ジュリアは動かないウィルクに冷たい視線を送り、ため息をつきながらアイテムボックスに手を突っ込み自分で伝書インコを取り出した。羽に王族の紋章が刻印された、黄色いインコが彼女の指にとまる。

「インコ、国王へ伝言を。学院の人…教師も生徒も使用人も一人残らず処刑するように」

「っ?!」

「…ジュリア王女。どういったおつもりでしょう」

「私たちを引き留めるのであればこのインコを飛ばします。つまり引き留めれば学院にいる全員の首が飛ぶ。私たちを行かせたら教師の首だけで済む。さあどうするのビアンナ?」

「……」

「お姉さま…人は殺しては…」

「お黙りなさいウィルク。…ビアンナ。今私たちを見逃すのであれば、ヴィクス王子に伝書インコを飛ばしてあげるわ。私たちが無理に抜け出しただけだから教師の命も取らないようにとね。賢いあなたなら知っているでしょう?ヴィクス王子の発言は国王と同じ…いえ、それ以上の力を持っていることを」

「…ジュリア王女。あなたはそのような方ではないと思っていましたのに」

「なんとでも言うといいわ。さあビアンナ。命が惜しければ大人しく自分の部屋へ戻りなさい」

ジュリアは本気で言っているとビアンナには分かった。冷酷な瞳は揺るぎがない。ビアンナはため息をつき、王女から顔を背けた。

「…せめて、護衛として教師を二人つけていただけませんか」

「かまわないわ。ただし条件がある。同行するのはあなたとカーティス。私たちがアーサー様とモニカ様に接触している間は離れていなさい。あの方たちであれば私たちの護衛としても務まるでしょう。なのであなたたちは必要ありません」

「学院へ戻るまでは同じ町に滞在しても?」

「許可するわ。探知魔法で私たちを監視するといい」

「助かります。あともうひとつ。伝書インコを半日に一度、私たちに飛ばしていただけますか?」

「ええ、分かったわ。私からももうひとつ。王城には私からインコを飛ばすわ。だからあなたからは何もしないように」

「…分かりました」

「出発は今すぐ。滞在期間は未定。はやくカーティスを連れてきなさい」

高圧的な指示に、ビアンナ先生は小さく頷いて校舎へ戻った。すぐにカーティス先生を連れて庭へ戻ってくる。ジュリアは教師二人に別の馬車でついてくるよう命令した。

ルアンへ向かっている馬車の中で、ジュリアはヴィクスに伝書インコを飛ばしていた。

「インコ、ヴィクスお兄さまに伝言を。学院を抜けルアンへ行きます。どうか父上と母上には内密に、悟られないよう手を回しておいてください。くれぐれも学院関係者を処刑しないようお願いします」

伝言を覚えたインコがジュリアの指を離れ暗闇に溶ける。ウィルクはその様子をぼんやりと眺めていた。

「…先ほどのお姉さまは、お姉さまらしくありませんでした」

「私だってあんな手を使いたくなんてないわよ。…でも、王族らしい態度だったでしょう?」

「僕も以前はあのような形で人を従えていたのですね」

「そうよウィルク。人の命を人質に無理矢理従わせる。ビアンナ先生の顔を見た?拒否権のない命令に従えさせられた彼女は、私に対する信頼を喪失した。私はたったひとつの命令をしただけで、ひとりの大きな味方を失ったのよ」

「……」

「あなたがそんな顔をしないで。私はどうしてもアーサー様とモニカ様に会いたかっただけ。それに…」

「……」

「…私とお兄さまはまだ、変わってはいけないの」

「え?」

「なんでもないわ。ウィルク、寝なさい。暗闇が怖いんでしょう」

ジュリアはふいと顔を背け、真っ暗の外に目をやった。何も見えないのではないですかとウィルクが尋ねると、ジュリアはそうねと呟いた。

「明るくなるのを、じっと待つしかないのよ」
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