上 下
443 / 718
合宿編:最終日

双子vs貴族生徒3

しおりを挟む
「…え?」

背中からコツンという音がして鋭い衝撃を感じた。シリルが振り返ると、そこには一本の矢が落ちている。射線上にはすでにライラに詰め寄っているアーサーが見えた。

(…!心臓に矢を当てられた…!失格だ…。…でも!心臓に矢一本射られたって数秒は動けるはずだ…!せめてモニカを戦闘不能にする!!)

そう決断したシリルは、S級が失格を言い渡す前に剣と短剣を握りモニカの両腕輪を切りつけた。あまりの速さに反応できなかったモニカは棒立ちで彼の剣を受けてしまう。

「あ…!!」

「シリル、失格だ」

「あの、モニカへの攻撃は有効ですか…?」

失格を告げたカミーユに、シリルがおそるおそる尋ねた。カミーユはニッと笑い頷いた。

「もちろん有効だ。あの矢の威力なら心臓射られたって数秒は動けるだろう。よく粘ったなシリル」

「っ!ありがとうございます!」

「えーーー!!!」

シリルがホッとした表情を浮かべて退場する中、モニカは「そんなぁー!!」と駄々をこねている。

「駄々こねたって切り落とされた腕は返ってこねえぞモニカ。お前も両腕切り落とされて出血多量でリタイアだ」

「あーーーん!!せっかくアーサーが守ってくれたのにーーーー!!」

「そうだなあ。ま、お前は他のやつより動体視力や運動神経が良くねえから仕方ねえよ」

「むぅぅ…」

「やっぱりある程度体を鍛えて体術磨かないとね、モニカ」

ジルはそう言いながらモニカに手招きをした。モニカは口を尖らせながらとぼとぼとダフ、シリル、クラリッサが休んでいるところへ行く。モニカを落とせた貴族組はハイタッチをして喜んでいた。

「すごいわシリル!!」

「ダフが盾になってあそこまで運んでくれたおかげだよ。それに、モニカはダフに苦手意識があるからかなり動揺してたしね」

「いいや!お前の速さと粘りのおかげだ!!それにクラリッサもよくあそこまでアーサーを弱らせたな!見てみろ。なかなかいい勝負だぞ、ライラとアーサー」

モニカもライラとアーサーの戦いに目を向けた。途中まで剣で戦おうとしていたアーサーも、今では弓に持ち替えている。戦い慣れているライラは相手と一定の距離をとるのが上手で、なかなか剣が届く距離を保たせてくれなかったからだ。

(このまま距離を取られて時間を稼がれたら不利だな…。クラリッサにやられた傷が思ったより深い…)

ライラもそれを分かった上で持久戦に持ち込もうとしているようだった。矢を射ながらあちこちへ動き回り、アーサーに立ち止まる暇を与えない。アーサーが動くたびに横腹からドバドバと血が溢れ地面を赤く染めた。失血しすぎて視界がぼやけてくる。アーサーは感覚がなくなった足で必死に踏ん張った。

(ライラも上半身に深い傷入ってるのに平気そうだし体力有り余ってるな…。さすがライラだよ…。対して僕はヘロヘロ…。近距離戦にも持ち込ませてくれないし。うーん、どうしようかなあ…)

(油断しちゃだめ!相手はアーサーなんだから…!)

ライラは、弱り切っているアーサーに勝ちを確信してしまいそうになる自分に喝を入れた。アーサーの粘り強さを、何度も対戦したことがあるライラはよく分かっている。分かっているのだが、ずっと勝てなかった相手に勝てそうな状況に雑念がいやでも入ってしまう。

(とうとうアーサーに勝てる…!ううんアーサーだけじゃない、モニカとアーサーのタッグに勝てるかもしれない…!ま、まあ、4人がかりでだけど…)

(あれ?いまライラ集中力ちょっと切れてる?)

一瞬の油断をアーサーは見逃さなかった。よく観察していると、アーサーがフラついたり苦しそうな顔をする度に一瞬ライラの集中力が途切れることに気付いた。

(ああ、そっか。勝てるかもって思ったときにちょっと集中力が切れちゃうんだ)

ライラとアーサーの弓勝負はしばらく続いた。10分ほどして、ライラの矢が2本アーサーの太ももに命中した。ライラは足輪を狙ったつもりだったのだが、ボロボロのアーサーにとっては足輪に当たるより足に刺さった方がダメージが大きかった。

「ぐっ…!」

アーサーは顔をしかめて地面に膝をついた。負傷と疲労、失血で立ち上がることができないのか、プルプル震えながら悔し気な表情を浮かべ地面に手をつき肩で息をしている。

「勝てる…!」

観戦していた貴族生徒たちがざわめいた。(4人がかりでだが)モニカをリタイアさせ、アーサーをここまで追い詰めたのだ。高揚しないわけがない。彼らの声はライラにも聞こえ胸が高鳴った。

「くそっ…!」

悪態をつきながらアーサーはなんとか立ち上がった。しかし、すぐにライラの矢が勢いよく彼の腕に当たる。今度も腕輪を狙ったつもりが、ズレてずぶりと腕に刺さった。矢の威力に耐えられなかったアーサーはばたりと倒れてしまった。

「きゃー!アーサー!!」

「……」

「勝った…?」

モニカは悲鳴をあげ、貴族生徒はアーサーの様子を見ようと首を伸ばしている。アーサーは倒れたまま動かない。ライラは警戒しながらゆっくりアーサーに近づいた。

「アーサー?」

「……」

「し…死んでないよね…?」

返事がないことに不安になってきたライラはアーサーの顔を覗き込んだ。アーサーは目を閉じうっすら口をあけている。意識を失っているようだった。

「よかった、生きてた…」

「……」

「これ、リタイアだよね…?ってことは…」

「……」

「わたし、アーサーに勝っ…」

ライラの力が抜けたその時、アーサーの目がカッと開き上体を起こした。ハッとして弓を構えようとしたときにはもう遅く、アーサーの射た矢がライラの首輪に当たり地面に落ちた。一瞬の出来事にライラは目を見開いており、言葉も出ない。

「……」

「油断禁物だよ、ライラ」

口から血を流しているアーサーがニッと笑った。呆然としているライラの前でヒョイと立ち上がり、土で汚れたズボンをパンパンとはらう。うーんと伸びをしている姿は、さきほどまでの苦し気にあえいでいたのが嘘のようだった。

「ライラ、首に矢を射られて失格だ」

カミーユがライラにそう告げた。

「アーサーにしてやられたな、ライラ」

「え…?じゃあさっきまでの劣勢は…」

「途中からアーサーはわざと苦しそうにしてた。腕輪や足輪をあえて外して自分の体に矢を射させてたのもお前を油断させるためだ」

「わ、カミーユ気付いてたんだね!」

「当り前だろ。おまえはなんか思いついたときニヤっとするからすぐ分かる」

「だから僕が死んだふりしててもリタイアって言わなかったんだねー!」

「おう」

「わああ…。あともうちょっとで勝てそうだったのに…」

「その気持ちをアーサーに気付かれたんだ。あと、賢い敵はこの手をよく使うから、倒したと思っても容易に近づくんじゃねえぞ」

「はい…。わーん、みんなごめんねえええ」

ライラは「やっちゃったああああ」と頭を掻きむしりながら仲間たちの元へ駆け寄った。貴族生徒たちは苦笑いをしながら首を横に振っている。

「いやあ…あれは仕方ないよ」

「俺たちだって気付かなかった!」

「私もよ。まさか演技だったなんて…。つくづく苦手だわ、アーサーと戦うの」

シリルたちは勝ち星を逃して泣きそうになっているライラを慰めた。一方モニカは、傷だらけのアーサーに回復魔法をかけながら勝ちを喜んでいる。

「もー!!アーサーったらまた無茶な戦い方してえええー!!」

「ごめんごめん!でもああしないとライラに勝てそうになくってさあ…」

「負けちゃうと思ってたもん!…うわぁぁ…クラリッサにつけられた傷すごいね…」

「うん…これが一番きつかったよぉ…。でも勝ったよモニカ!」

「わーーーい!!ありがとう、アーサー!!ごめんねえ、わたし負けちゃったあ…」

「ううん!ダフとシリルを足止めしてくれてたから、僕はライラとクラリッサに勝てたんだし!二人の勝利だよ!!」

「うん!!やったー!!」

双子と貴族生徒との対戦は、辛くも双子が勝利した。勝ち負けはついてしまったものの、生徒全員が善戦していたのでS級冒険者は満足げだった。
しおりを挟む
感想 494

あなたにおすすめの小説

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!

えながゆうき
ファンタジー
 妹がやっていた乙女ゲームの世界に転生し、自分がゲームの中の悪役令息であり、魔王フラグ持ちであることに気がついたシリウス。しかし、乙女ゲームに興味がなかった事が仇となり、断片的にしかゲームの内容が分からない!わずかな記憶を頼りに魔王フラグをへし折って、静かな老後を送りたい!  剣と魔法のファンタジー世界で、精一杯、悪足搔きさせていただきます!

婚約破棄されたので森の奥でカフェを開いてスローライフ

あげは
ファンタジー
「私は、ユミエラとの婚約を破棄する!」 学院卒業記念パーティーで、婚約者である王太子アルフリードに突然婚約破棄された、ユミエラ・フォン・アマリリス公爵令嬢。 家族にも愛されていなかったユミエラは、王太子に婚約破棄されたことで利用価値がなくなったとされ家を勘当されてしまう。 しかし、ユミエラに特に気にした様子はなく、むしろ喜んでいた。 これまでの生活に嫌気が差していたユミエラは、元孤児で転生者の侍女ミシェルだけを連れ、その日のうちに家を出て人のいない森の奥に向かい、森の中でカフェを開くらしい。 「さあ、ミシェル! 念願のスローライフよ! 張り切っていきましょう!」 王都を出るとなぜか国を守護している神獣が待ち構えていた。 どうやら国を捨てユミエラについてくるらしい。 こうしてユミエラは、転生者と神獣という何とも不思議なお供を連れ、優雅なスローライフを楽しむのであった。 一方、ユミエラを追放し、神獣にも見捨てられた王国は、愚かな王太子のせいで混乱に陥るのだった――。 なろう・カクヨムにも投稿

迷い人と当たり人〜伝説の国の魔道具で気ままに快適冒険者ライフを目指します〜

青空ばらみ
ファンタジー
 一歳で両親を亡くし母方の伯父マークがいる辺境伯領に連れて来られたパール。 伯父と一緒に暮らすお許しを辺境伯様に乞うため訪れていた辺境伯邸で、たまたま出くわした侯爵令嬢の無知な善意により 六歳で見習い冒険者になることが決定してしまった! 運良く? 『前世の記憶』を思い出し『スマッホ』のチェリーちゃんにも協力してもらいながら 立派な冒険者になるために 前世使えなかった魔法も喜んで覚え、なんだか百年に一人現れるかどうかの伝説の国に迷いこんだ『迷い人』にもなってしまって、その恩恵を受けようとする『当たり人』と呼ばれる人たちに貢がれたり…… ぜんぜん理想の田舎でまったりスローライフは送れないけど、しょうがないから伝説の国の魔道具を駆使して 気ままに快適冒険者を目指しながら 周りのみんなを無自覚でハッピーライフに巻き込んで? 楽しく生きていこうかな! ゆる〜いスローペースのご都合ファンタジーです。 小説家になろう様でも投稿をしております。

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。 4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。