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初夏編:初夏のポントワーブ

【331話】怒らせたら一番だめな人

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翌朝、二日酔いでゲッソリしているカミーユたちが、帰り支度を済ませて立ち上がった。カミーユがユーリの肩に手をまわしながら魔女に声をかける。

「世話になったなばぁさん。助かった」

「ほんとだよまったく。今度来るときは元気な顔で来ておくれよ」

「はは。そうする」

魔女がバシバシとカミーユの背中を叩き、冗談っぽくそう言った。続いてカトリナにハグをする。

「おばあさま。お世話になりました」

「カトリナ、あんたはとってもきれいだよ。今までも、今も、これからも、ずっとね」

「ええ。ありがとう」

優しく頭を撫でながら、魔女はジルに視線を送る。じろじろとジルを見たあと、真剣な顔をした。

「ジル。無理するんじゃないよ」

「…はい」

「あんたにはリアーナの旦那になってもらおうと思ってるんだから。死なれちゃ困るんだよ!」

「はい?」

「はぁ?!」

「ヒヒヒ!!!」

楽し気に笑う魔女の前で、ジルとリアーナの目が合った。二人ともげんなりした表情でお互いを一瞥し、無言で視線を外し首を横に振っている。カミーユは笑いをこらえており、カトリナはにっこり笑って「お似合いじゃなァい」とリアーナの肩をぽんぽんと叩いた。大人はみな冗談だと分かっていたが、純粋な子どもたちは目をキラキラさせて二人に抱きついた。

「わーーー!!ジルとリアーナ、結婚するのー?!」

「ちょっと待って!ちがうから!するわけないから!」

「素敵素敵ィ!!きゃーーー!!きっと良い夫婦になるわー!!…なるかなぁ…?」

「なるわけねーだろ!!!やめろぉ想像しただけでゾワっとする!!」

「どこに住むの?!リアーナはカトリナと二人で暮らしてるから、ジルが住んでるところに引っ越すの?!それともカトリナと3人暮らし?!」

「あらァ。それは私がいやだわァ。アーサーとモニカのおうちに引っ越そうかしらァ」

「来てーーーー!!!」

「カトリナ!話に乗っからないで」

「でもそっかぁー!!ジル、あんなに苦しいときでもずっとリアーナを守らなきゃって言ってたもんねー!!」

「え、ちょ、モニカ」

「うわごとでずーっとリアーナの名前呼んでたもん!!」

「やめてちがうモニカ。あれはただ前線で戦ってたリアーナを守るのが僕の役割だったからなだけで僕は別にリアーナのことを恋愛対象として見てるわけじゃないからほんとやめてそもそもこんなうるさいのとずっと一緒にいたら僕の耳がつぶれちゃうし確かに美人だけど僕の好みはどちらかというとカトリナで寝顔とかかわいいけどそれ以外のときとかでかわいいと思ったことないしそれに」

「すげー早口で喋るじゃん…」

「おいジルやめとけそれ以上喋ったらいらんこと漏らすハメになるぞ」

「はっ」

「ええー!ジルとリアーナ結婚しないのぉ?!」

「しない。しません。するわけない」

「二人ともいい歳なのにぃー?」

「おいおまえらぁ!ジルのことはオヤジ扱いしてもいいけどあたしのことをそんな風に言うなあ!!」

「いやお前ジルより年上じゃねえか…」

「うるせえー!!」

「ふふふ。私はリアーナの2歳年上だからおばあちゃんかしらァ?」

「ひぅっ…」

カトリナの一言で子どもたちはビクリとして口をつぐんだ。後ろを振り向くのがおそろしく、3人は小さく震えながら身を寄せ合う。カトリナはクスクス笑いながら背後から彼らに腕をまわし、アーサーとユーリの耳元で囁いた。

「デリカシーのない男の子はきらわれちゃうわよォ?」

「は…はいぃ…」

「すみませんでしたぁ…」

「カトリナ、そのへんにしといてやってくれ。ユーリとアーサーが震えあがってんだろうが…」

「あらァ、ごめんなさいねェ」

カトリナが手を離した瞬間に、少年たちはカミーユにしがみついた。カトリナは始終ニコニコしていたが冷たい殺気を帯びており、それを感じ取った二人は縮み上がってしまっている。カミーユはため息をついてアーサーとユーリの頭を撫でた。

「大丈夫だ。カトリナは一度目は許してくれるからな。だが…二度目はねえぞ。気を付けるんだな。じゃないと…」

「カミーユ?それ以上はダメよォ?」

「…痛い目見んぞ」

「ひぃぃぃ…っ」

「よし、ひとつ勉強したところで、そろそろ帰るぞ」

「ええ、帰りましょう」

「はーーー!ひっさしぶりに休めるぅぅっ!」

「疲れた。はやくポントワーブ帰りたい」

「だな。帰るぞ、シャナ」

「あら、私はポントワーブに帰らないわよ?」

「あ?」

カミーユに声をかけられたシャナがさらりと答えた。一緒に家に帰って久しぶりにシャナに甘えられると思っていたカミーユは雷に打たれたような顔をしていた。

「お、え?か、帰らねえだと…?」

「ええ。用事があるの。アーサーとモニカも帰らないわ」

「え?!」

「はぁぁぁ?!」

「うそでしょ?」

双子も帰らないと聞き、今度はリアーナとジルが落雷に打たれた。町へ帰って双子とゆっくり過ごせると思い楽しみにしていたようだ。アーサーとモニカも驚いてシャナを見ている。

「用事ってなあにシャナ?」

「僕たちポントワーブ帰っちゃダメなのぉ?カミーユたちと過ごしたいよぉ」

「大丈夫。3日ほどよ。カミーユたちもしばらく町にいるんでしょう?」

「ああ。このあとの依頼はまだひとつも入ってねえからな。…不自然なほどに」

カミーユが最後の言葉を小声で呟くと、カトリナがパーティにのみ聞こえる声量で《この依頼で私たちが死ぬと確信していたみたいね》と返した。一瞬S級冒険者たちの表情が陰ったが、カミーユはすぐにニッと笑い双子の頭を撫でた。

「ま、とにかく当分ポントワーブから出るつもりはねえよ」

「と、いうことよ。だからいいでしょう?アーサー、モニカ」

それでも、一秒でも多くカミーユたちと一緒に過ごしたい双子は、唇を尖らせて体を揺らしている。アーサーがぶーぶー言いながら「どこ行くの?」と尋ねた。

「あら。忘れちゃったの?ブナが泣いちゃうわよ」

「ブナ…ブナ?!」

「あっ!もしかしてブナを呼び戻す準備が整ったの?!」

「ええ。お待たせ。本当はあなたたちがジッピンから帰ってすぐに行こうと思っていたんだけど…。あとまわしになってしまってごめんなさいね」

「ううん!」

ブナを呼び戻されると聞き、アーサーとモニカの表情が一気にパッと輝いた。次は嬉しくてぴょんぴょん飛び跳ねている。

「今すぐ行きたいでしょう?」

「うん!!!」

「ということよ。あなたたちは先に帰っておいて」

「そういうことかー!!だったらさっさと行ってこい!!杖はあたしたち魔法使いの相棒だ!!あたしは杖の声なんて聞こえねーけど、それでもこいつのこと大好きだ!!だからモニカの気持ちわかるぞ!!はやく行ってやれ!!」

「そうだな。じゃあ、シャナ、アーサー、モニカ。またポントワーブで会おうぜ。待ってるからな」

「またすぐ会いましょうねェ」

「できるだけ早く帰ってきて。待ってるから」

リアーナ、カミーユ、カトリナ、ジルがそう言って荷物を持って小屋を出た。続いてユーリ、ボルーノ、ベニート、アデーレ、イェルドもあとをついていく。彼らは魔女に挨拶をしてから馬に乗り、あっという間に見えなくなった。
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