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異国編:ジッピン後編:別れ
【312話】灰が舞う古桜の木の下で
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小川を越えた森の奥。ひんやりとした空気と清らかな風が双子の頬を撫でる。目の前にひろがる満開の薄い桜色の花に、アーサーとモニカは感動して声も出なかった。立派な大木なのに今にも消えてしまいそうなほど儚く佇んでいるそれは、ひらひらと花びらと灰を風に舞わせている。薄雪はその木によりかかりアーサーとモニカに視線を送った。
「アーサー、モニカ。この木に触れてやってください」
「触ればいいの?」
「はい」
「そっと触れて」
「傷つけないように、そっと」
レンゲとムクゲは心配そうに注意した。双子が触れるまでの間ずっと「爪を立てたらだめ」「指の腹でそっと触れて」「強く押しちゃだめ」「息を吹きかけちゃだめ」と注意ごとを言い続けている。
アーサーとモニカは古桜の前に立ち、目を見合わせて頷いた。緊張した面持ちで、モニカは右手、アーサーは左手をそっと触れさせる。ひんやりとした幹が心地よく、アーサーは穏やかな表情で目を瞑った。静かで、優しくて、今までのつらい過去も犯してしまった罪もすべて赦してくれるような包容力を感じる。
「なんだろう…。すごく落ち着く。ずっとここにいたいなあ。ねえモニカ、モニカもそう思わない?…モニカ?」
妹の方を向くと、モニカは悲しそうな顔をしてボロボロと涙を流していた。驚いたアーサーは幹から手を離し慌ててモニカの肩を抱いた。
「モニカ?!どうしたの?!」
「…ふぇぇん…ひくっ…」
「どうしたの?どうして泣いてるの?」
「分からない…っ。でも、木を触ったらね、とっても寂しくて、ひとりぼっちになった気持ちになっちゃったの…。ふぇぇぇん…アーサァァ…」
「モニカ…。僕はモニカのそばを離れないよ。ずっと一緒だよ。ひとりぼっちになんて、これからもずっとならないよ」
「うん…。ずっと一緒にいてねアーサー…」
アーサーはグスグス泣いている妹の背中を優しく撫でて落ち着かせた。その様子をそばで眺めていた薄雪は困ったように笑っている。
「おやおや…。そんなところまで感じ取ってしまったか。なんだか恥ずかしいね」
「古桜に触れたヒトは」
「苦しみを祓われるのに」
「モニカはヌシサマの中にまで踏み入ってしまった」
「ヌシサマの外は癒し」
「ヌシサマの中は孤独」
「癒すつもりが悲しませてしまった。どうにも私はモニカを怒らせたり悲しませたりしてしまう」
「それはモニカが清らかすぎて」
「ヌシサマが無神経すぎるから」
「何か言ったかい?」
薄雪がそう言いながら座敷童に微笑むと、レンゲとムクゲは顔を真っ青にしてふるふると頭を横に振った。「それならいい」と呟き、薄雪は泣いているモニカの背中に触れた。
「モニカ。悲しい思いをさせて申し訳ありません。さあ、座ってください。もう大丈夫ですよ」
「ひぐっ…うぅ…」
「ウスユキ…モニカどうしちゃったの…?」
「数百年の私の押し殺していた感情がモニカの中に少し流れ込んでしまったようです。ですが心配しないでください。その感情は私のもの。私の元へ戻します」
薄雪がモニカの胸に手を置こうとすると、モニカはその手を振り払い首を振った。戸惑う薄雪に彼女は泣きながら笑いかける。
「これは私が預かってあげるわウスユキ。だってあなたはもう独りぼっちじゃないもの。キヨハルさんもいるし、レンゲとムクゲもいるし、これからは私とアーサーもいるわ。だからあなたにこの気持ちはもう必要ないのよ。元に戻さなくていい。はんぶっこしましょ」
「モニカ…」
「ウスユキあのね。アーサーはね、今まですっごく辛い思いをしてきたの。私はその記憶とか気持ちとかほとんど忘れちゃったから平気なの。だから、ウスユキはアーサーを癒してあげて。そして私がウスユキを癒してあげる」
「じゃあ僕がモニカを癒してあげるね!」
「えへへ、お願いねアーサー」
アーサーがモニカの髪をくしゃくしゃになるまで撫でると、モニカはキャハハと楽しそうに笑った。まだ涙がぽろぽろ流れているところから、ウスユキの感情を持て余しているのが分かる。それでも元気に笑うモニカに、あやかしたちは薄く微笑んだ。
「なんて美しいヒトだろう」
「きれい」
「きれい」
それから双子とあやかしたちは穏やかな時間を過ごした。モニカとウスユキの距離感が妙に近く、アーサーは少しそわそわしたが、座敷童にからかわれてからは平気なふりをしていた。
あまりにも居心地がよすぎたのか、おしゃべりをしている最中で双子が船を漕ぎだした。眠気に抗い必死に話を続けようとしているが、瞼が落ち呂律が回らない。ウスユキはクスっと笑い、双子の頭を膝に乗せて優しく撫でた。柔らかい枕と良い香りにすぐに寝息が聞こえてくる。
「ふふ。眠ってしまった。まるで赤ん坊のように」
「いとおしい」
「愛おしいね。ずっとこうしていたいな」
「だめ。あと1時間で船の時間」
「そうか。残念だな。喜代春ももっと早くこの子たちに会わせてくれたらよかったのに」
「アルジサマ目が覚めたのが今日」
「あと本当は会わせたくなかった」
「だろうね。私だって本当に会わせてくれるとは思っていなかった」
「アルジサマ、約束は守る」
「そうかな。森との約束を破ったばかりだけどね」
「たしかに」
「アルジサマ、悪い子」
「悪い子だね、本当に」
「アルジサマといい、月下といい、ヌシサマは悪い子に好かれる」
「朝霧も」
「良い子、アーサーとモニカがはじめて」
「いとおしい」
「いとおしい」
「ああ、本当に愛おしい」
このヒトの子と次に会えるのはいつだろうか、とウスユキは考える。数年後、もしかしたら数十年後かもしれない。それでも良かった。数百年と比べたら、それほど長い時間ではないのだから。
「アーサー、モニカ。この木に触れてやってください」
「触ればいいの?」
「はい」
「そっと触れて」
「傷つけないように、そっと」
レンゲとムクゲは心配そうに注意した。双子が触れるまでの間ずっと「爪を立てたらだめ」「指の腹でそっと触れて」「強く押しちゃだめ」「息を吹きかけちゃだめ」と注意ごとを言い続けている。
アーサーとモニカは古桜の前に立ち、目を見合わせて頷いた。緊張した面持ちで、モニカは右手、アーサーは左手をそっと触れさせる。ひんやりとした幹が心地よく、アーサーは穏やかな表情で目を瞑った。静かで、優しくて、今までのつらい過去も犯してしまった罪もすべて赦してくれるような包容力を感じる。
「なんだろう…。すごく落ち着く。ずっとここにいたいなあ。ねえモニカ、モニカもそう思わない?…モニカ?」
妹の方を向くと、モニカは悲しそうな顔をしてボロボロと涙を流していた。驚いたアーサーは幹から手を離し慌ててモニカの肩を抱いた。
「モニカ?!どうしたの?!」
「…ふぇぇん…ひくっ…」
「どうしたの?どうして泣いてるの?」
「分からない…っ。でも、木を触ったらね、とっても寂しくて、ひとりぼっちになった気持ちになっちゃったの…。ふぇぇぇん…アーサァァ…」
「モニカ…。僕はモニカのそばを離れないよ。ずっと一緒だよ。ひとりぼっちになんて、これからもずっとならないよ」
「うん…。ずっと一緒にいてねアーサー…」
アーサーはグスグス泣いている妹の背中を優しく撫でて落ち着かせた。その様子をそばで眺めていた薄雪は困ったように笑っている。
「おやおや…。そんなところまで感じ取ってしまったか。なんだか恥ずかしいね」
「古桜に触れたヒトは」
「苦しみを祓われるのに」
「モニカはヌシサマの中にまで踏み入ってしまった」
「ヌシサマの外は癒し」
「ヌシサマの中は孤独」
「癒すつもりが悲しませてしまった。どうにも私はモニカを怒らせたり悲しませたりしてしまう」
「それはモニカが清らかすぎて」
「ヌシサマが無神経すぎるから」
「何か言ったかい?」
薄雪がそう言いながら座敷童に微笑むと、レンゲとムクゲは顔を真っ青にしてふるふると頭を横に振った。「それならいい」と呟き、薄雪は泣いているモニカの背中に触れた。
「モニカ。悲しい思いをさせて申し訳ありません。さあ、座ってください。もう大丈夫ですよ」
「ひぐっ…うぅ…」
「ウスユキ…モニカどうしちゃったの…?」
「数百年の私の押し殺していた感情がモニカの中に少し流れ込んでしまったようです。ですが心配しないでください。その感情は私のもの。私の元へ戻します」
薄雪がモニカの胸に手を置こうとすると、モニカはその手を振り払い首を振った。戸惑う薄雪に彼女は泣きながら笑いかける。
「これは私が預かってあげるわウスユキ。だってあなたはもう独りぼっちじゃないもの。キヨハルさんもいるし、レンゲとムクゲもいるし、これからは私とアーサーもいるわ。だからあなたにこの気持ちはもう必要ないのよ。元に戻さなくていい。はんぶっこしましょ」
「モニカ…」
「ウスユキあのね。アーサーはね、今まですっごく辛い思いをしてきたの。私はその記憶とか気持ちとかほとんど忘れちゃったから平気なの。だから、ウスユキはアーサーを癒してあげて。そして私がウスユキを癒してあげる」
「じゃあ僕がモニカを癒してあげるね!」
「えへへ、お願いねアーサー」
アーサーがモニカの髪をくしゃくしゃになるまで撫でると、モニカはキャハハと楽しそうに笑った。まだ涙がぽろぽろ流れているところから、ウスユキの感情を持て余しているのが分かる。それでも元気に笑うモニカに、あやかしたちは薄く微笑んだ。
「なんて美しいヒトだろう」
「きれい」
「きれい」
それから双子とあやかしたちは穏やかな時間を過ごした。モニカとウスユキの距離感が妙に近く、アーサーは少しそわそわしたが、座敷童にからかわれてからは平気なふりをしていた。
あまりにも居心地がよすぎたのか、おしゃべりをしている最中で双子が船を漕ぎだした。眠気に抗い必死に話を続けようとしているが、瞼が落ち呂律が回らない。ウスユキはクスっと笑い、双子の頭を膝に乗せて優しく撫でた。柔らかい枕と良い香りにすぐに寝息が聞こえてくる。
「ふふ。眠ってしまった。まるで赤ん坊のように」
「いとおしい」
「愛おしいね。ずっとこうしていたいな」
「だめ。あと1時間で船の時間」
「そうか。残念だな。喜代春ももっと早くこの子たちに会わせてくれたらよかったのに」
「アルジサマ目が覚めたのが今日」
「あと本当は会わせたくなかった」
「だろうね。私だって本当に会わせてくれるとは思っていなかった」
「アルジサマ、約束は守る」
「そうかな。森との約束を破ったばかりだけどね」
「たしかに」
「アルジサマ、悪い子」
「悪い子だね、本当に」
「アルジサマといい、月下といい、ヌシサマは悪い子に好かれる」
「朝霧も」
「良い子、アーサーとモニカがはじめて」
「いとおしい」
「いとおしい」
「ああ、本当に愛おしい」
このヒトの子と次に会えるのはいつだろうか、とウスユキは考える。数年後、もしかしたら数十年後かもしれない。それでも良かった。数百年と比べたら、それほど長い時間ではないのだから。
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