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異国編:ジッピン後編:別れ

【302話】血と肉

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急に走り出したモニカに、アーサーは声をかけた。

「ちょっ、モニカ急にどうしたの?!」

「分かんない!でも急がないといけないみたい!!」

「さっきはだれと話してたの?!」

「キヨハルさんの屋敷に住んでるあやかしよ!アーサーの目には見えないだろうけど…!」

「へぇー!!今もいるの?!」

「いるわ!うしろで泣いてる!」

「泣いてる…?!」

「きっとキヨハルさんになにかあったのよ…!」

「…それは急がないといけないね」

モニカに手を引かれて走っていたアーサーが、顔色を変えてモニカを追い抜かし妹の手を引っ張った。走る速度が上がりモニカの足ではついていけない。

「アーサー…速いよっ…!」

「だっこしようか?」

「うん…!転んじゃいそう…!」

「分かった」

アーサーはモニカをひょいと抱き上げまた走り出した。彼の速さに足では追いつけないと思ったのか、レンゲとムクゲが風に乗りふよふよ浮きながらついてくる。

「わ!浮いてるぅ!」

「私の術」

「蓮華は風をあやつる」

「そうなんだ!ムクゲは?」

「花をあやつる」

「へー!」

「モニカ、あやかしとお話してるの?」

「うん!」

「いいなあ。僕には声すら聞こえないや」

「魔力持ってたら見えるのかなあ?」

「どうなんだろう…。よし、ついたよモニカ。キヨハルさんのところへ行こう!」

森を抜け、屋敷の前に到着したアーサーはモニカを下ろした。レンゲとムクゲは二人をキヨハルが休んでいる部屋へ案内する。いつもキヨハルがいる部屋ではなく、さらに奥の襖を開けたところだった。

「わ…」

その部屋には床一面にサクラの花びらが敷き詰められていた。香が焚かれており部屋の中に煙と甘い香りが充満している。

キヨハルは部屋の中央で横たわっていた。意識を失っているようで、アーサーとモニカが部屋に足を踏み入れてもなんの反応も示さない。着物は血に濡れており、傷だらけの顔は真っ青だった。妖力が弱っているためか、アーサーの目にはキヨハルがかすかに透けて見えた。彼に駆け寄ったモニカはすぐさま回復魔法を、アーサーは容態を診て薬の調合を始める。

「キヨハルさん…!!どうしてこんな…!!」

「まずい!失血量が…!それになんだか…ちょっと透けてない…?」

「腕…腕…!キヨハルさんの右腕がなくなってるよアーサー…!!」

「と、とにかくエリクサーを飲ませないと…!」

「アーサー!リンクスの指輪をキヨハルさんにつけてあげて!!」

「うん!!」

アーサーはキヨハルにリンクスの指輪をはめ、口移しでエリクサーを飲ませる。それから急いで増血薬を調合し始めた。乳棒を握っている手が自信なさげに薬素材をすり潰している。

「キヨハルさんの血…ちょっと特殊みたいだ…。いつも作ってる増血薬で効くかどうか…」

「そんな…!私の魔法だけじゃこの失血量は…」

「ちょっと待ってね…この血…リアーナに似てる…。ちょっと違うけど…。もしかしてキヨハルさん…ヒト以外の血が混ざってるんじゃないか…?」

アーサーが試行錯誤している中、ムクゲがモニカの服を引っ張った。

「モニカ」

「なに、ムクゲ?」

「クスリの中に、これ入れて」

「…?」

ムクゲが両手で皿を作り息を吹きかけた。すると手のひらいっぱいのサクラの花びらがあらわれる。

「これは…サクラ?」

「これ入れて」

「う、うん」

「神水も飲ませて」

「シンスイ…たしか聖水のことよね」

ムクゲはこくんと頷き、ためらいながら言葉を続けた。

「モニカの血も…欲しい」

「私の血?私の血でいいの?」

「…分けてくれる?」

「もちろんいいわよ。他に混ぜたほうがいいのある?」

「…アーサーの、肉…」

「アーサーの肉ぅ?!」

「え?!僕の肉がなに?!」

「ひとかけら…」

「私の血とアーサーの肉を飲ませたらいいみたい…?」

「僕の肉…?どこの肉にしよう…」

「アーサーに肉なんてついてないわよムクゲ…」

「ついてるよ!!かろうじてついてるよ!!」

双子の会話にレンゲとムクゲは目を見合わせた。体の一部を分け与えることに一片のためらいもない彼らに驚いているようだった。

「…分けてくれるの?」

「ひとかけらでいいのよね?」

「うん…」

「どこでもいいの?」

「うん…」

「アーサー、どこでもいいんだって」

「じゃあふとももでいい?そこならお肉あるよ」

「あるの?」

「あるよ!!」

「だってアーサー私より細いんだもん…」

「それだけは言わないで!!」

「肉、くれるの?」

「良いみたいよ」

座敷童がホー…と安堵のため息をつき、床に頭がつくほど深く頭を下げた。

「アルジサマの力を取り戻すためには」

「神の血を引くあなたたちの血肉が必要」

「えっ!どうしてそれを…」

「アルジサマにソレを捧げてくれること」

「感謝する」

「本当に、ありがとう」

「それでキヨハルさんが元気になるなら、いくらでもあげるわよ。あ、でもアーサーのお肉は少ないからあんまり取らないであげてね」

「うん」

「もう頭を上げて、ね?」

小さなあやかしはゆっくりと頭を上げる。レンゲがアーサーの隣へ、ムクゲがモニカの隣へ座り、モニカに尋ねた。

「血が出ないように術で取っていい?」

「アーサー、ムクゲが術でお肉取りたいって」

「分かった!服脱いだ方が良い?」

「脱がなくていい」

「脱がなくていいって」

「分かった!どうぞ」

アーサーが足を伸ばして座ると、レンゲが両手を彼の太ももにかざした。ふわりと光ったかと思えばその手の上にブルーベリー一粒くらいの大きさの肉が浮いていた。

「え?それだけでいいの?」

「充分」

「モニカの血も…」

「うん。どうぞ」

ムクゲが同じようにモニカの首に手をかざすと、赤い液体が球形となって現れた。少なくない量を採られたモニカの体が一瞬ふらりとよろけたが、すぐに気をとりなおりて回復魔法を続けた。

レンゲとムクゲは肉と血とサクラの花びらを乳鉢の中へ入れる。そこではじめてアーサーの目にそれらが映り、アーサーは驚いて「う、わっ!」と大声を出した。そばで回復魔法に集中していたモニカがビクっと反応する。

「きゃっ!急に大声出さないでよアーサー!」

「ごめん!だってびっくりしたんだもん!急に乳鉢の中に血と肉と花びらが入ってたからぁ…」

「確かにそれはびっくりするかも…。それと聖水を混ぜてね。あとはアーサーが良いと思う素材を混ぜて調合して」

「こんな薬作ったことがないから分からないけど…。とりあえず合いそうな素材を混ぜてみるよ」

「お願い」

エリクサーと回復魔法、そしてリンクスの指輪のおかげで、キヨハルの外傷はほとんど完治した。欠損した腕も、血が止まり切断された部分も肉が巻いている。あとは増血薬を飲ませるだけだ。

「できた!…と、思う!」

「わぁ…色が…」

アーサーが調合した薬は、ドロドロしていてどす黒く、気味が悪い出来栄えだった。とても体に良さそうには見えない。モニカが顔をしわくちゃにしていると、アーサーが顔を真っ赤にして弁解した。

「だ、だってメインが血なんだもん!キヨハルさんの体に合いそうなもの入れてたらこんな感じになっちゃったけど!きっと効果はあるよ!!」

「う、うん…。アーサーの調合センスはボルーノ先生もユーリも認めてるくらいだから信頼はしてるわ…。じゃ、じゃあアーサー、口移しで飲ませてあげて」

「こ、これ僕も口に含まなきゃいけない…?」

「そうしないとキヨハルさん飲めないでしょ?それとも私がしようか?」

「そ!それはだめ!!分かったよやるよぉ…。うぅ…」

アーサー薬を眺めて「うぅぅ…」と呻いたあと、意を決してそれを口に含んだ。

「う"っ…!」

「アーサー!早く飲ませて!」

「うぅ"っ…」

予想以上に不味かったのか、アーサーは薬を口に含みながらえずいている。はやく口の中から薬を出したいと思った彼は、キヨハルの口を強引にこじ開け吐き出すように口移ししていた。

キヨハルに薬を飲ませ終えたアーサーは「オェェッ!ゲホォッ!」と苦しんでおり、口の中をモニカの水魔法でゆすいでもらいやっと落ち着いた。
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